小休止①
こうして明らかに犯罪の匂いが香り立つ現場からいったん離れた私だったが、言うまでもなく、そのある種の「退却」は、決して「逃亡」と同値ではない。というよりも、私はその両者の混同を大きな過ちであるとして積極的に是正していかねばならない。
「逃亡」というのは文字通り「逃げる」ことであり、より正確を期せば「尻尾を巻いて逃げ帰る」ことであり、つまりそれは負け犬御用達の恥ずべき敗退行為の代表なのだが、私がしたことは違う。私の「退却」は間違いなく積極的な意義を有している。なぜならそれは最終的に勝利を収め、大きな釣果を得るため、便宜的に屈辱を耐え忍ぶことに置換可能だからだ。使い古された言葉を敢えて用いて言うならば、「臥薪嘗胆」の旗印の下で成し遂げられた「戦略的撤退」ということになる。ただ、私の視野があまりに広すぎ、また、極めて遠大な見通しの下に選択された行動だったために、周囲に真意がうまく伝わらなかったというのは恐らく事実だ。つまり何も事情を知らない有象無象が私の「退却」を目にした場合、まず間違いなくそれを「逃亡」と受け取っただろうということだ。
……話を元に戻そう。
「事務所」のほとんど真向かいに公園があることは以前に述べた通りだが、「事務所」を通過してさらに坂を上り、頂上までたどり着くと、また別の公園が現れる。ベンチとブランコと禿げた動物のオブジェ(乗って喜ぶのだろうか?)ぐらいしかなくて、むしろ単なる「空き地」に近いと言える「事務所」前の公園とは異なり、坂の頂上のその場所には遊具がたくさん設置されており、そのうえランニングコースやバスケットゴールまで備わった、本格的で大規模な遊び場だった。
だが私がそこに足を運んだのは、遊具で遊ぶことを意図したためではなかった。
例えばジャングルジム。あれによじのぼったりして大喜びできるのは、自分の存在が人類全体の発展にとって大きな障害となっていることを自覚できていないクソガキどもか、もしくはあまりに平穏な日々を過ごしすぎて極限まで神経のゆるみ切った偉い偉い人間様たちだけだ。そいつらは単独でも十分すぎるほど迷惑千万な奴らだが、両者が互いに手を取り合ってこちらに迫ってくるというパターンが言うまでもなく一番タチが悪い。……家の中ならいざ知らず、公共空間でクソガキどもが暴れ回ってたら写真なんか撮ってねえで即座に袋叩きにして世間の常識ってのを身体に教え込んでくれよ……。
だからそうではなくて私の目的はトレーニングであった。「名探偵」にとって、「屈強な身体」というのは「必要不可欠」であるというよりもむしろ「必須条件」であると言ってよい。それゆえ遊具を利用し、身体を極限まで鍛えあげることは「名探偵」としての義務に該当する。
例えばジャングルジムは可能な限り高速で上ったり下りたりを繰り返すことで、ただそれだけで体幹や上半身、さらに心肺機能までもを鍛えられる実に有能な遊具だが、それが本領を発揮するのは、むしろ中に入り込んでからのことである。小さな隙間を残して格子状に組み合わされた金属の棒をかいくぐり、最深部にまでたどり着いた後、満を持して正拳突きを開始する。初めのうちは棒を殴りつけてしまうたび、脳天を突き上げるような痛みが指先から全身へと駆け巡るものだが、めげずに空を突き続けるたび、徐々に感覚が失われ、やがて石さえ物ともしない鉄の拳が完成するのである……。
とは言え、純粋に「身体を鍛える」という観点からしてみれば、個人的に最も有用に思われるのは雲梯であった。懸垂やディップス、さらにフロントレバーレイズなど、腕力や体幹をバランスよく鍛えるのにこれほど最適な道具もなかろう。しかもそれが無料というのだから、利用しないという手はない。違うか?
だがその日、私の向かった雲梯には先客がいた。その事実自体がまず私の神経を実に効果的に逆撫でしてくる。




