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接触Ⅱ⑲

 ちょうど玄関の扉の前だった。つまり先ほど私が匍匐前進で近づき、誰もそこにいないと認めたばかりの場所である。

「……いったいどういうことだ?」

 私は思わずこう呟いたが、反面それをもたらしたのは、「別の人物」の出現自体ではない。

 そもそも私が気づかなかったというだけで、その人物が屋内から出てきたという可能性は十分に想定され得るものである。そしてだとすれば、目の前の事象に対して疑問を投げかけるような言葉(「いったいどういうことだ?」)を口にするには及ばない。

 だから翻って考えれば、ここで私に驚嘆をもたらした要因は、当該の人物に備わったいくつかの外見的特徴にこそ求められる。例えばその1つは「服装」である。

 松の木は油断するとすぐにでも枯れてしまいそうな体たらくだとは言え、葉はそれなりに多く茂っており、また木から玄関まではそれなりに距離が開いていたため、結果的に私は良好な視界で確たる実像を捉えられたわけではなかった。だが、遠くから目を細めて眺めやるだけでも、その人物が恐らく「浴衣」と思われる青い着物を身に着けているのは見て取れた。表面に朝顔?の模様がちりばめられており、また足元には鼻緒のついた下駄?を履いている。要するに端的に言えば、今まさに夏祭りに出かけようかというような装いだったわけだ。

 しかしそれだけであれば、私はやはりそれなりに目を引かれこそすれ、強烈な驚きに襲われ、戸惑いを隠せなくなるなどということはなかったはずである。9月も中旬に差し掛かろうとしているとは言え、その時期に浴衣を着てはならないという決まりなどどこにもない。「気温」という観点からすれば、むしろまだまだ十分すぎるほど、夏である。

 また当該の人物が、見た目からすると恐らくかなり幼い「少女」だということ(どれだけ年長に見積もっても、小学校低学年を超えはしないだろうと思われた)は、浴衣着用の正当性をより一層増し増させるだろう。私のように、四十を超えた「オッサンもどき」ならいざ知らず、「少女」が浴衣を着ることは、どちらかと言えば「紋切型」に該当するからだ。

 だからより重要なのはそれ以外の外見的特徴、より詳細を期せば、当該の人物の「表情」である。

 目が合ったように思ったのは、本当にほんの一瞬だった。

 あるいはそう「思った」こと自体が、気のせいだったのかもしれない。

 だが反面間違いなく浴衣姿の「少女」は、お互いの視線が合致した瞬間、まさしく唇の両端が裂けたかと思われるほど大きく口を開くと、気味の悪い笑みを浮かべてこちらに微笑みかけてきた。「ニヤァ」と、音でも鳴りそうな感じで……。

 私はゾッとしてすぐさま視線を逸らした。しかしその時、既に寒気は全身に広がり始めていた。

 しばらく静止したままでいたが、いったん生じた鳥肌にはなかなか消える予兆がなく、それゆえ私は適当なところで動作を再開すると木の最上部までのぼりきった。そして大きく揺れる枝を足場にして勢いよく踏み切り、建物の屋上ではなく、敷地を取り囲む塀の向こう側まで跳躍した。言うまでもなくいったん「退却」を試みたわけであり、そのある種の「心変わり」は、せっかく追い詰めた「マンドリル」をみすみす逃してしまうということに直結する可能性があった。だがそれでも私はさらに速度を上げ、豪邸から遠ざかる方向へと歩を進めた。どこがどうというわけではないのだが、それだけ「少女」の笑みが、あまりに危険なものに感じられたからである。

 いつしか鳴り始めていたサイレンの音が、徐々に大きくなってきているような気がする。それを避けるのではなく、むしろ自ら接近していくようにして、私は俯きながら足を動かし続けた。


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