接触Ⅱ⑭
まず第一に想定されうるのは、そこが私の「生家」だったという可能性だろう。
つまり、「名探偵」だなどと事あるごとに吹聴していながら、色々な意味合いにおいて追い込まれた際には、泣く泣くママのおっぱいに吸い付き、かろうじて精神的な均衡を保つべく、原点回帰を試みたのだとまず想像がつくわけだが、申し訳ないがここで私がくだんの豪邸を訪れた理由はその実、もっと別のところにある。
もう一度よく思い返してみてくれ。その場所を訪れる前、私はいったい何をしていたのか。
言うまでもなく、『怪人二十面相』を熟読し、そこに現状の突破口を求めていたのだった。
そしてそのことを思い返してみれば、私が「馬鹿でかい「一軒家」を訪れた」意図もまた、自然と、かつはっきりと浮かび上がってくることになるだろう。とは言え、いついかなる時も、天才は凡人のレベルに合わせて物事を執り行う必要があるわけだから、ここでもただ「自然と」「浮かび上がってくることになるだろう」などと断じるだけで済ますのではなく、振れば音が鳴りそうなほど頭蓋内が空っぽの間抜けでも理解できるよう、『怪人二十面相』の中から、私が着目した表現を引用してみて差し上げねばなるまい(以下、『怪人二十面相』の引用は、全て『怪人二十面相/少年探偵団』(講談社・1987)による)。
余がいかなる人物であるかは、貴下も新聞紙上にてご承知であろう。
貴下は、かつてロマノフ王家の宝冠をかざりし大ダイヤモンド六個を、貴下の家宝として、珍蔵せられると 確聞する。
余はこのたび、右六個のダイヤモンドを、貴下より無償にてゆずりうける決心をした。近日中にちょうだい に参上するつもりである。
正確な日時はおってご通知する。
ずいぶんご用心なさるがよかろう。
これは「怪人二十面相」が「実業界の大立物、羽柴壮太郎氏」とやらに送った手紙である。
「大立物」というのがまず何を指すのか私にはよくわからないのだが、文脈と文字面からすると、「非常にすごい人物」だということは容易に想像がつく。もちろん確証はないので、そうでない可能性もなくはないが、もし仮にそうでないとしても、別の箇所に「いくまともしれぬ、広い日本建てと、黄色い化粧れんがをはりつめた、二階建ての大きな洋館とが、かぎの手にならんでいて、その裏には、公園のように、広くて美しいお庭があるのです」などと表現されていることから察するに、その「邸宅」が常軌を逸したレベルで非常に巨大な代物であることについては概ね異論あるまい。
そんな「邸宅」に隠された「大ダイヤモンド」とやらについて、「怪人二十面相」はわざわざ手紙にて、「無償にてゆずりうける決心を」し、「ちょうだいに参上する」などと予めお知らせしてくれたというわけだ。黙って盗めばいいものを、いったい何がしたいというのか。
しかし「二十面相」とかいう名前からして頭のイっていそうな生き物の意図はもとより理解などできるはずもないから、それはさておき、まずは「この私」の意図について、十全に理解していただけるよう努めたい。もはや皆まで言わずとも明らかだろうが、私は要するに『怪人二十面相』を参考にすることで、例の「ヨウギシャ=容疑者=マンドリル」が、その「一軒家」に潜む財宝を狙ってやってくるだろうことを極めて正確に看破し、その上で待ち伏せしておいてやろうと、至極真っ当な考えを起こしたのである。お分かりいただけただろうか?
こう言うと、なぜ他でもなく、その「一軒家」なのかという点に関して、疑問を抱く輩がおられるかもしれないが、そのことについて言葉に出して尋ねることは貴様らの極まりきった馬鹿さ加減を駄々洩れにする以外の効果を持たないのであるからしてやめておいた方がよい。要するに聞くだけ野暮というわけだ。……だがしかしもう一度だけ基準を下げ、可能な限りはっきりと、言明しておこう。全ての要因は、私が「超」のつくレベルで、あまりに優秀すぎる「名探偵」だということだ。
そして「名探偵」の提示する「真相」の真実性は、その「推理」過程の緻密さや正確さに依存するのではない。
それが「名探偵」によって捻出されたものであること。その形式的な事実が、いやより正確を期せばただその「形式(的事実)」だけが、何より重要なのである。
しかし実のところ、そこで私は全く予想していなかった仕打ちを受けさせられることになる。




