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接触Ⅱ⑫

「こどおじ」のそばを離れ、私が向かったのは本屋だった。

 その移動の第一の目的が、「「こどおじ」のそばを離れ」ることの方にあったのは言うまでもないが、「本屋」に「向かった」ことにも、それなりに大きな意味があった。言い換えれば、私はただやみくもに本屋を目指したのではなく、ある目的のもと、敢えてそこへ「向かった」のだということである。そしてその「目的」とは、言うまでもなく、「マンドリル」の捕獲である。

「こどおじ」からの共闘の誘いは一刀のもとに斬って捨てた私だったが、反面、街が異常者で溢れていること、及びあの中性的な存在を野放しにしておいてならないことについては私自身も同じ考えを抱いていた。そしてだとすれば、すべきなのは「名探偵」同士(もちろん私は実際には「こどおじ」を「名探偵」だなどと認めてはいないが)で同盟を組むなどという、ヒーロー然としたパフォーマンスではなく、自分の足を動かして怪しい人物を検挙すること、それ以外にない。だから私は口を動かすより前にまず行動を起こしたのである。「陰徳」とはまさしくこのことだ。

 ところで、「マンドリル」の捕獲と本屋へ向かうこととがいかにして結びつくのか。

 重要なのはその時私に「マンドリル」がどこへ行ったのか、全くわからなくなっていたという点である。それもこれも元凶は「こどおじ」が余計なおしゃべりを持ちかけてきたことにあるが、異常者を責め立てたところでどうにもならないというのは、職業柄重々承知している。それゆえ、このような場合にはきっぱりと頭を切り替え、出来ることから順番に進めていくことが肝要となる。そしてその「出来ること」として、ここで最も優先されるのはもちろん、「マンドリル」の居所を突き止めることであり、それ以外にない。

 そう適切に判断を下した私は、推理に行き詰まりかけた時にいつもするように、まず「参考書」を紐解き、その中に問題解決の糸口を求めようとしたのだ。そもそも単純に考えてみたまえ。本屋で本を読まずしていったい何をするというのか。

 そうして私が行きつけの書店で手に取ったのが、江戸川乱歩の『怪人二十面相』であった。

 その書物と私との関わりは、30年ほど前に遡る。クリスマスの朝、他の何冊かの児童書と一緒に枕元に置かれてあって以来、それは常に私のお気に入りであり続けたと言ってよい。特に「少年探偵団」とかいう、一ミリたりとも「ヒネり」、かつ「衒い」のない名称を自らに与えて大喜びしているクソガキどもが、まだ親の脛をかじりまくっておりくさりやがるにも拘らず、さも一人前であるかのように訳知り顔でそこらへんをうろつき回り、捜査に協力しているつもりになって大変良い気持ちを味わいまくっているというその非常に「盲目的な振る舞い」に、私はやけに強く心をひかれることとなった。当時ははっきり気づいていたわけではなかったが、今から思えば恐らくそれは子ども時代の私にとって、どれだけ望んでも決して許されない類の挙措だったからである。

 私の子ども時代は、常に「崩壊」と隣り合わせだった。

 私がしていなくとも、ふとしたタイミングで私の生活は見事に破壊され、完膚なきまでに叩き潰された。

 例えば、私の誕生日にケーキが用意された時のことを紹介しよう。その「用意」自体はある種の「幸せ」の典型例であり、そして普通であれば、それを食べ、誕生日を祝い、家族みんなが大層よい気分におなり申し上げ仕り候するというのが必然的な流れということになる。むしろそれ以外に何があるのか。

 しかし「我が家」において、その普通は「普通」であるからこそ、実際には決して現実のものとはならない。気づけばいつの間にか、ケーキが宙を舞い、ナイフやフォークが白い壁紙に突き刺さるというイベントが発生している。それが「我が家」の普通である。

 だからこそ私は、そういう「崩壊」の予兆にいち早く気づき、可能な限りそれを延期させるよう、常にアンテナを高く張り、神経を極限まで張り詰めさせたうえで慎重に生活を送っていた。より端的に言い換えれば、起きている間中ずっと周囲の雰囲気や大人の顔色を窺っていたのだということになる。容易に想像できる通り、それはあまりに窮屈で、気を抜けばすぐにでも窒息し、死戦期呼吸に陥ってしまいそうな日々だった。

 そんな私からしてみれば、例えば『怪人二十面相』の最後の場面で、「少年探偵団」とやらを自称するあのクソガキどもが、そこらへんの普通の道で、にも拘らず通行人のことなど全く考慮せず、「バンザーイ」などと大声で叫びまくるというのがどうにも理解できない行動として、そしてであるからこそ非常に魅力的な行動として、感じられてならなかったのである。

 私と『怪人二十面相』、ひいては「少年探偵団」との関わりは以上の通りである。

 要するに非常に情緒的で、一方的に私が思い知っているだけの、言うならば実らない「片思い」のようなものだ。しかしやがて成長した私が「探偵」を目指したことには間違いなく、その書物との出会いや、そこから芽生えた憧れの気持ちが関係している。そしてだからこそ、「名探偵」として至高の頂に達した後でも、何かに行き詰まった時、私は必ずその書物を参照するよう心がけていたのである。


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