依頼④
「人生ゲーム」とは言うまでもなく、「人生」をモデルにした双六のことだ。だが、こう言ったからと言って私たち二人を、いや、オオタニがどうかは知らないが、少なくともこの私について、既に四十歳が近づいているにも拘らず玩具を使って遊んで大喜びしているような、そんな幼児性の抜けない気持ち悪いおっさんであるなどと、勘違いしていただいては困る。
「名探偵」にとって何より必要なのは言うまでもなく、類い稀なる思考力である。そして私の「ゲーム」へのこだわりからは、可哀そうなほど重篤な稚拙さではなく、既に類い稀なるレベルまで高まっているはずの思考力を、世のため人のためにさらにもっと先鋭化させていかねばなるまいという飽くなき向上心をこそ読み取ってしかるべきだ。我ながら、さすがと言うほかない。
実際私は日々「街の守護者」としての任務に忙殺されている中で、少しでもスキマ時間ができれば、「人生ゲーム」だけに限らず、トランプやウノ、将棋やオセロ、さらにはテレビゲームなど、その時々で様々な「ゲーム」に取り組み、さらなる高みを目指し続けることを自らに課していた。それは言うまでもなく「名探偵」であるために、絶対確実に間違いなく、必要な心掛けである。
そういう事情で二人して床にあぐらをかき、額を突き合わせるようにして「人生ゲーム」のボードに向かっていた時、インターフォンが鳴った。ちょうど私がルーレットを回した瞬間だった。
間延びした高音が室内に複数回響き渡る。その間、私たちはともに身じろぎさえしなかった。
もっとも、動作としては同じだが、二人のその「膠着状態」を作り出した要因は間違いなくそれぞれ異なっている。私がインターフォンの受話器のところまで行こうとしなかったのは、来客の相手をするのは「助手」の役割であると承知していたためだ。つまりオオタニを立てようとしたわけだが、当のオオタニがそうしなかったのは、恐らくルーレットの目を私がごまかすことを懸念していたからだろう。
オオタニのその態度は、表面的に見る限り、雇い主に対しあまりに礼を失しすぎているように思われなくもないが、私はむしろ心の奥深くで密かに感心させられていた。探偵の「助手」であるからには、いや、どちらかと言えば「スパイ」としての習性なのかもしれないが、いずれにせよ、過剰に思われるぐらいに強力な警戒心を備えているのは決して悪いことではあるまい。
出た目は5であった。
ルーレットが止まるのとほぼ同時オオタニは腰を上げ、受話器のある台所の方へと進んでいった。やはり「目」が気になっていたようだ。少し経った後、内容は聞き取れないがボソボソとした感じの話し声が細切れに流れてきて室内の静寂を破る。それを何とはなしに耳に入れながら、私は自分の化身である小さな棒をぶっ刺した車をこっそり6マス進めた。
……ゲッ、「火星に移住する。$250,000はらう。」だと? バカが、誰も移住なんかしたくねえわ、……うむ、そうだ、やはりズルはよくないな、今のうちに5マス目に戻しておくか……「キクチさん」
声がした方を見ると、オオタニが部屋の入口の辺りに立っていた。「ショウ●イ」ほどではないが、生意気なことにオオタニはガタイだけはよかった(たぶん身長は180センチ以上あり、体重も100キロ近くあったのではなかろうか)ので、立っている姿を下方向から眺めると、より巨大に感じられひどく不気味であった。
私が何も答えずにいると、オオタニはさらに言葉を続けた。




