接触Ⅱ⑨
“人影”はもちろん現れただけではなく、ほんの束の間立ち止まったのち、自動扉を開き、傲岸にも胸を張り、大股で歩くなどしながら私たちの前へと姿を現した。身長は私より拳一つ分ぐらい大きかったので恐らく170センチを少し超えたぐらいだっただろう。なかなかどうして平均的ではある。しかし体格全体を通覧して見れば、平均的どころか、かなり華奢な方だという印象を受けた。ヒョロヒョロの「もやし」もしくは「マッチ棒」のようだったと言えば、伝わるだろうか……?
そして何よりも私の目を引いたのはその男の醸す、所謂「中性的」な雰囲気である。
「男/女」という二項対立に収まらない多様な性の在り方を重んじる現代においては、「男/女らしさ」といった文言を口にしただけであたかも大罪を犯したかのように、ここぞとばかりに叩かれることになるのは必至だ。だがここで私は、自らの陥った状況を可能な限り正確に記述するため、敢えて危険を冒してみることにしよう。
すぐ前で「中性的」と表現しておいたが、要するにその時、マンションの中から私の目の前に現れた人物は、どう見ても男だったのだが、その実、全身から何となく女性的な雰囲気を漂わせていたのである。
より詳細な描写を試みれば、まず髪の毛は金髪で恐らく意図的に縮れさせられており、首元にはレース生地の灰色のスカーフが巻いてあった。色褪せたような藍色のジーンズにはこれ見よがしに無造作な切れ込みが入れられている。上着は恐らく女性物の縞模様のニットのセーターであり、それら上下の衣類はいずれも、身体のラインをはっきりと浮き立たせるためにわざと小さめのサイズを選んだかのように、ぴったりと身体に張り付いていた。しかし反面、顔はマンドリルそっくりだったので、残念ながらバランスがあまりに悪過ぎ、非常に申し訳ないことだが、私は一目見ただけで妙な居心地の悪さと消化不良の感に、同時に見舞われることとなった。……思い起こしてみれば、つい先ごろ遭遇したばかりのRの野郎も、結局最後まで、老爺なのか老婆なのか、よくわからない中間的な存在だった、……つまり今この街では、そういうどっちつかずの曖昧な状態が流行っているということなのか……?
私は男から目を背けるためにこそ「こどおじ」に向き直り、そして尋ねた。
「おいっ! あいつは何だ? いったいナニモンだ?」
それに対し「こどおじ」は所詮「子ども部屋おしさん」の分際で、またしても一丁前に人差し指をさらに脣に近づけると、鋭く、「シッ!」と言い切った。要するに、例の「静かに」のジェスチャーをまたもや飽きもせず見せつけてきたというわけだ。しかも先ほどよりもずいぶんと激しく……。その時点で私が一刻も早く場を離れたくなったのは言うまでもない。……いったい俺はこんなところで何をしているのか……?
だが「こどおじ」の要請とは関係なく、現実問題として、私はしばらくの間、息をひそめてその場でじっとしているよりほかなかった。なぜなら「マンドリル」は文字通り目と鼻の先におり、今動き出そうものなら、私の存在が奴に気取られることは自明だったからだ。もちろん、「私だけ」が「気取られる」のであれば全く問題はないのだが、残念ながらすぐ近くには「こどおじ」がいた。しかもライオンに寝そべった状態で……。つまり「私の存在」が「気取られる」というのは、ここでは「私と「こどおじ」が一緒にいること」ひいては「私と「こどおじ」が何らかの関係を持っていること」を「気取られる」のと同義であり、それは本来世を忍ぶ存在であって然るべき「名探偵」にとって、決して好ましい展開ではない。要するに、そういうことだ。




