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接触Ⅱ⑧

 もちろん奴のおぜん立てした「土俵」に乗るようにしてではない。つまり「こどおじ」に倣い、今度は私方が奴を「ライオン」に見立ててその背中に乗るといった方法をとるのではなく、普通に近づいて下から見上げるようにして、しかしそれでいて目線は決して合わせることなく問いかけたのである。

「あなたはいったい……、何様ですか?」

 それに対する「こどおじ」の答えがこうだ。

「まず考えろ、まず自分の頭を働かせろ、はじめから答えを教えてもらおうなど、そんなのはあまりに図々しすぎる、そうだろ? それとも何だ? 考えてもわかんねえのか? そんなわけはねえよな、たとえ貴様が幼稚園児であっても、俺が何者なのかなんて、見れば一秒以内に理解できるもんな、要するに、舐めておりくさりやがるわけだ、ただ尋ねさえすればいついかなる時でも答えを与えていただけると、そういう甘ったれた考えによって頭の中を極限までふやけさせられているというわけだコイツはっ!」

 そのやはり特有の長台詞に対して私がひどく気分を害されたのは言うまでもない。街の治安状態やHを撲滅する方法、さらにどうすれば推理力をより向上させていけるかといったまめまめしい事柄について、四六時中思いを巡らせている私は、どちらかと言えばむしろあまりに多くのことを考えすぎて我ながら心配になるほどだと言ってよい。にもかかわらず、そんな私に対してあろうことか「考えろ」などとほざいてくれたことは、まさしくある種のパワハラとして、本来であれば即座に訴訟を起こされ、前科者の烙印を押されたとしてもおかしくないはずである。というか、むしろこの世界がより多くの人民にとって心地良いものとなるためには、そうあって然るべきだろう。他人に迷惑をかける者や、他人を不愉快する者、さらに他人の人権を侵害する者などは、必ずそれ相応の罰を受けなければなるまい。要するに、そういうことだ。

 だからここで私がただ次のように一言呟くだけで場を収めてやろうとしたことは、翻って考えれば、釈迦や仏よりもよほど寛大な、ある種の比類なき超越者として、大いに讃嘆されて然るべきはずなのだ。

「シヌカ?」

「……」

「オマエ、シヌカ?」

「こどおじ」はそれを聞くと、額に皺が寄るほど目を大きく見開いた状態で硬直した。どうやらさすがに俺の放つただならぬ雰囲気を察したようだと私は解釈し、ほんの少しだけ気分が良くなったように感じる。……そうなのだよ、「名探偵」だからと言って、いつまでも積極的に事象に介入することを避け、傍観者の立場を保ち続けてばかりいると思われていては困るのだよ……。だが、そこで手を緩めてしまうわけにはいかない。この世の摂理というものがまだあまりよくわかっていないらしい「砂利オヤジ(=こどおじ)」には、徹底的に叩き潰してやることで以て、本当は誰が最も尊い存在なのかということを身を以て教え込んでやらねばなるまい。

「もう一度だけ聞くぞ、お前はいったい何様だ? こんなとこでいったい、何やってんだ? 何がしたいんだ? 聞くまでもないのだろうが、もしかして、どこかが、おかしいのか?」

「……ちょっと静かにしていろよ」

 そう言って「こどおじ」は左手の人差し指を口元に持っていき、所謂「しっ、静かに」という紋切型のポーズを形作った。ほぼ同時にもう一方の手、すなわち右手の人差し指を伸ばしてマンションの入り口の方を指示する。どちらの動作も非常に芝居じみており、見る者を苛立たせるしぐさであることに間違いはない。そもそも「こどおじ」の分際で、しかもまったくの初対面でこの私に指図しようなどというのがまず戯けている。いったいなぜ、そんなことが平気でできるのか……?

 だから本当は「指示」に従うどころか、同じ空気を吸っていることさえ癪だったのだが、他にどうにもしようがないということで、私はいったん顔を俯けると、改めて上目遣いで視線だけをその指が指し示す方へ送った。オートロックの自動扉。そのガラスの向こう側に、まるで図ったかのようなタイミングでちょうど人影が現れる。誰かが唾を飲み込む音がやけに近くから大きく聞こえた気がして、でもよく考えてみるとそれは自分自身の喉から発せられたものだった……。


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