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接触Ⅱ⑥

 目的地を定めずひたすら走りまくっていたところ、いつしか駅の近くへやって来ていた。駅舎へ続く大通りの左右に商店街のような地帯が広がっていたが、残念ながら午前中のそれなりにいい時間にもかかわらず、ほとんどの店舗がシャッターを下ろした状態で沈黙していた。つまり極端にさびれていたということであり、心なしか付近を動き回っているだけで、腐臭に似た嫌な臭いが時折香って鼻を突き上げてくるような気がした。

 しかし私がやがて自然と足を止めるに至ったのは、何もそういうある種の鄙びた雰囲気にほだされ、運動へ向かう意欲が薄れたためではない。そもそも「(街の)守護者」である私が、その一帯が色濃く醸し出す独特の感じについて、熟知していないなどということはもとよりあり得ない。

 だからそうではなくて私の足を止めさせたのは、簡単に言えば1つの人影だった。

 商店街のある大通りから少しだけ道を外れて奥に入っていったところに、1つのマンションが存在した。Hの根城とは対照的に、敷地は広くないが代わりになかなか高さのある建物で、そのエントランスのすぐ前に、不審な動きを繰り広げる人物の姿を認めたのだ。

 その人物は男で、全身黒ずくめだった。黒のパーカーに黒のジャージ(下)、黒いサングラスに黒マスク(なぜか顎まで下げていた)、さらに黒い靴に黒い鞄……。その時点で、自他ともに認める不世出の権化(=「名探偵」)である私が、大いに警戒心を駆り立てられただろうことは言うまでもあるまい。特に、雨でもないのにフードをかぶっているというのが最も私の注意を惹き付けた。また、「熊」と見まがうレベルで細かなヒゲのようなものが大量に顔面を覆っているにも拘らず、明らかにランドセルにしか見えない小さな鞄を、肩ひもの部分が引きちぎれそうな状態で無理矢理背負っているという部分もまた、受け取りようによっては異様であると言えなくもなかった。昨今「こどおじ(=子ども部屋おじさん)」というのが巷で話題となっているらしいが、まさしくその表現をあてられて然るべき感じだという気がした。 

 しかし出で立ちよりも何よりも、その「こどおじ」の存在を俺に強く意識させてやまなかったのは「行動」である。そのマンションはライオンが入り口付近に寝そべって見張り番をしているという、よくある類いのあれだったのであるが、初め見た時、なんとそいつはくだんのライオンの上に跨っていたのである。それもただ跨っていただけではない。ライオンのそれとほとんど遜色のないレベルで鋭い眼光を湛えながら、密着するように像の上に腹ばいで寝そべっていたのだ。

 世間一般の偉い偉い人間様が同様の場面に遭遇した場合には、あるいは何も感じず、そのままやり過ごしてしまったかもしれないが、私はその眼光を一瞥した瞬間、即座にピンと来た。


 今現在、俺の目の前で何かヤバいことが起こりつつあるのだ。


 いや、正直に告白してしまえば、私が把握した状況は、ただそれだけではない。――「こどおじ」は今まさにマンションの中から出てこようとしている何者かをターゲットとして監視しており、その何者かが何も知らず呑気に口笛なんぞを吹きながら外に出て来た瞬間、ライオンの牙と見まがうばかりの刃渡り3メートルの超大型ナイフで以てのど笛をかき切ってやろうと、そう考えて興奮し、身体と心をともにうずかせているはずだ――


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