表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/167

接触Ⅱ④

 表面的な形式上、先とは異なる様相を呈してはいるものの、やはり「意味不明」という点に関して顕著な特徴を有するその文言に対し、やはりいったんは面食らった私だったが、もちろんそれが「暗号」と分かった今、ただひたすら頭を痛ませて項垂れてばかりいるわけにもいくまい。

 それゆえ気持ちを落ち着かせることもかねて一瞬だけ黙して思案した後、私はこの場で最も適切に思われる文言を捻出し、状況にさらなる進展をもたらすことを試みた。

「アシアイチヨウアデエンタクイトイタルデオコカケオキャアッ!」

「意味不明な言葉」に対しては別の「意味不明な言葉」で応酬する。言い換えればある一定のレベルの意味不明さは、それを上回る言わばダントツの意味不明さで以てしか凌駕し得ない。極めて合理的な方策であり、また経験上、それは一定の、いや一定以上の効力を持つはずだった。

 実際ボクシングの打ち合いを彷彿させるここでのやり取りは、やがて私を一つの結論へと導いていくこととなる。

「アシアイチヨウアデエンタクイトイタルデオコカケオキャアッ!」

「人間が人間であるためには、人間であることをやめなければならない」

「アシアイチヨウアデエンタクイトイタルデオコカケオキャアッ!」

「人間が人間であるためには、人間であることをやめなければならない」

「アシアイチヨウアデエンタクイトイタルデオコカケオキャアッ!」

「人間が人間であるためには、人間であることをやめなければならない」

「アシアイチヨウ……いや待てよ、……そうか、そういうことだったのか」

 私は慌ててRの吐息がかからない位置まで飛び退いた。そしてそのまま動きを止めることなく走り始めた。それはまさしく原始、かの有名なアウストラロピテクスが二足で走り始めた時のような、極めて勇ましく雄々しい走りっぷりだったに違いあるまい。

 もっとも残念ながらその走行の最中、私は誰ともすれ違うことがなく、だから不特定多数の高評価を得て讃嘆される機会も持たなかった。しかし見る人が見ればその時の私の疾走は、まさしくかの有名なアニメ映画『と●りのトト●』において、迷子の「メイ」を探すために巨体を揺らして疾走したあの「ネコバス」とやらを、まず間違いなく彷彿とさせたに違いあるまい。視野がぐっと凝縮されて狭まり、代わりに次から次へと現れては後方へ消え去っていき続ける景色の形づくる線状の軌跡だけが妙にリアルで、記憶にはっきりと残っている。

 しかしそのように慌てて私はどこを目指していたのか。

 こう問われたことに対し、即座に適切な答えが導き出せなかったからと言って、どうして吾輩の頭はこれほどまでに悪いのかなどと、自責の念に駆られる必要はない。世間一般の偉い偉い人間様たちに対して、私が常にそのように、すなわち「貴様らはもう少し自分の頭の悪さを自覚して大人しくしておいた方がよい」と考えてやまないのは一つの事実だが、そしてそれは私の個人的な「考え」ではなくそれ自体確たる事実なのだが、少なくとも殊にこの時に関しては話が別だった。なぜなら正直に告白してしまえば、私自身もまた、「なぜ」かつ「どこへ」自分が走っているのか、そのことがわかっていなかったからだ。

 とは言え、私はそう言うことによって「名探偵」の看板を自ら取り下げるつもりはない。そもそも順序が逆なのである。私はその時、走り始めたにも拘らず頭の中が潰乱しているために考えがまとまらなかったのではない。むしろ私は、自分が何を求めているのか、そのことの手がかりをつかむためにこそ走り出したのである。どういうことだろうか? 

 適切に管理の為された心地の良い温室で純粋培養されてきた偉い偉い人間様たちのふやけきった脳みそでは到底理解できないかもしれない私の、この時の行動の意味を理解するためには、やはりそれを駆動したRの言説に立ち返ることがもっとも有用である。先に紹介した場面において、奴はいったい何と、言っていたのか?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ