表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/169

接触Ⅱ③

 よくよく考えてみれば、意味不明な言葉が、Rからしてみれば見ず知らずの相手であるはずの私に対して発せられた時点で察して然るべきだった。なぜなら私は「名探偵」なのであり、そのことを踏まえれば、自らに向けられた「意味不明な言葉」については常にそれが「暗号」であるという可能性を考慮されなければならないからだ。

 そして同時に、「暗号」の「意味不明」さの度合いが高ければ高いほど、そのサインの発し手の陥った窮地はより深刻なものであると想定し、即座に対応策を講ずる必要が出てくるというのも自明である。今一度「意味不明な言葉」に関して、やはり先入観の類を全て排して虚心坦懐に眺めやってみたまえ。すると、大半の有象無象どもにとっては頭を痛ませる代物であり、それゆえ反射的に意識外へと排除することを誘発しかねない類の言説が、実際には「ごく少数のわかるひとだけにはわかる」ということと表裏一体になっていることが浮かび上がってくる。つまり一見ただ不快でしかないRの「叫び声」のような言表は、例えば「名探偵」のような、それを見抜くことのできる能力者、言い換えれば「覚者」に限定する形で何かを伝えようとするには極めて有効な手段となるのだ。

「R=依頼人」という構図は、こうして成立する。

 それゆえ私はパーソナルスペースが1メートルを決して下りはせぬということで、またその挙動のいちいちが生理的な嫌悪感を強く喚起するものであったということで、背筋に冷たいものを感じながらも、結果的にRとの距離をさらに詰め、改めて問い質すことをしてしまった。

「めい、あい、へるぷ、ゆー?」

 我ながら、なかなかどうして深い思いやりの込められた発言であろう。だがRはと言えば、私に読み解かれたことで、やはり「暗号」としての役割を終えたのか、「明日~」とかいうセリフを垂れ流しにするのは辞め、代わりに今度は「これから始まるゲームに勝つっ! リアルッ、に奴、身勝手で嫌ぁう、そぉんな日々をもぉうそう(妄想)にかぶせてぇ、担わせてぇ、キマァルッ!」とか何とか、あたかもラップのようなものを披露し始めた。しかもゆらゆらと目障りな手の動きさえ伴われている。

 それで私の中でさらに混迷とイラつきの度合いが高まったのは言うまでもない。

 それでも他に選択肢がないということで、仕方なく私はもう一度繰り返した。

「めい、あい、へるぷ、ゆー?」

 ちなみにここまで全く断りを入れてこなかったが、このセリフは言うまでもなく、「May I help you?」、つまり「何かお力になれることはありますか?」の英訳である。なぜ敢えて英語を用いたのかと言えば、堪能な語彙力を披露したかっただとか、そういう戯けた理由からではない。もしそうだとすれば、私は英語ではなく、サンスクリット語を披露したはずである。

 翻って考えれば、だからそうではなくてここで英語を口にしたのは、ひとえに盗聴対策のために他ならない。すぐ前の場面でRが「暗号」を使って私にメッセージを届けてきたということは、極めて近接した位置に話を聞かれるとマズイ奴が潜んでいることを端的に示唆する。だから不本意ではあるものの、私もRに倣い、極力警戒を緩めず、細心の注意と共に発言を行ったわけである。

 ところで2度目の繰り返しによってようやく私の言葉の意味と意図とを理解できたのか、はたまた単なる気まぐれなのかはわからぬが、Rはそれまでとは打って変わってやけにはっきりとした声音で言葉を返して来た。幸いなことに、何を言っているのかという点に限って言えば、Rの新たなセリフは極めてクリアな形で私の理解可能性を刺激してきたということだ。

 しかしお言葉を返すようで恐縮だが、結局のところ、「クリア」なのは声音だけだった。つまりそれ以外の部分ではやはり容易に解しがたい、言わば縺れた毛糸の塊のような形態に乗せ、Rの名文句は私の前に示現することとなった。

「人間が人間であるためには、人間であることをやめなければならない」

「……」……??????、???????????????????????


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ