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新たな依頼⑫

 Zはしばらくの間すごい形相で「むらさきババア」目掛けて何事かまくし立てていた。私たちの居場所と門との間にはそれなりの距離があったので、さすがにセリフの中身までは聞き取れなかったが、恐らく剣幕も相当なものだったはずだ。自身のかつての経験から、私はそう考えていた。

 いずれにせよ、Zの予想外の出現により、そのタイミングでの「侵入」を中止せざるを得なくなったというのは明白だった。いくらハギワラが不在とは言え、代わりにZがいるということが判明した場所に、わざわざ接近することほど愚かな行為はあるまい。

 それゆえ私はヤスナガに退却の旨を伝え、一刻も早くその場を離れるべく促そうとしたのだったが、奴の様子を見て動きが止まった。ヤスナガはなぜだか目を大きく見開き、顔をこわばらせていた。先ほどまで醸し出していた「奇妙な不審者」という印象がそれで完全に消え、ただの小汚いオッサンになっている。かと思った矢先、小さな呟きが聞こえた気がした。

「ハナシガチガウ……」

「え?」

 私がそう聞き返すと、我に返ったのか、ようやくヤスナガの目に力が戻った。当惑したような声音はそのままだったが、はっきりとした言葉遣いで次のように返してくる。

「いや……、というか何のことすか? むらさきババアのうしろ? 何も見えないすけど」

「……」

 私はもちろん訝しく思ったが、ここでそれ以上追及しても無駄だと悟り、無言で歩き始めた。持ち前の「名探偵」として能力をもってすれば、誰かが嘘をつけば、正直すぐにそれとわかる。だが、これまでの経験上、反射的に即興で指摘を行ったところで、相手が正直に白状する可能性はそうでない可能性よりも数段低かった。嘘を暴くためには、まず外堀を固める必要がある。絶対的な証拠を集め、そいつが言い逃れ出来ないように根回しを行ってから、満を持して虚を突いてやるのだ。つまりこの時はまだ機が熟していない、そう私は判断したわけである。

 少し遅れて後に続いたヤスナガが、歩きながら尋ねてくる。

「ちょ、どこ行くんすか?」

 私もまた、足を止めずに前を向いたまま答えた。

「わからねえか?」

「え? わかる要素、あります?」

「バカヤロウ、大ありだ、この流れで行くとしたら一つしかないだろ?」

 ちょうど横断歩道の信号が赤になったところで立ち止まり、ヤスナガが追い付くのを待ってから振り返って続けた。

「ハギワラの学校だよ、むしろそれ以外に、どこがある?」


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