依頼②
以来、「人質」=オオタニは私の事務所で働くようになった。
と言っても、アニメとかラノベとかでよく見られる通り、助けてやった側が助けられた側にさらなる救いの手を差し伸べ、居候させてやるようになったとか何とかいう、劇的な展開があったわけではない。
後日お礼の品(なぜか「ひよ●」)を持って改めて訪問してきたオオタニが、「ここで働きたいんです」、「ここで働かせてください」などと、どこかで聞いたことがあるようなセリフを吐き散らかしてきたので、書類審査と面接による厳正な選考を経て、そのうえで採用を決めたのだった。既に五ヶ月近く前のことになる。
とは言え、この流れから、「探偵」には往々にして「助手」がつきものであるという「紋切型」に、私もまた絆され、それに沿うように行動選択を行ってしまっただなどと勘違いしていただいては困る。そもそも私は「【名】探偵」なのであり、そこらへんに掃いて捨てるほど溢れるごく普通の「探偵」と同列に位置づけられるのは心外だ。と言うよりも論理的に間違っている。「名探偵」とはその人ただ一人だけで十分に完結した存在でなければならず、逆に言えば、そのような完璧な人間にこそ与えられて然るべきなのが「名探偵」という称号なのだ。
だから「探偵」(を名乗ることさえご勘弁いただきたいほどの鈍物)がいくらそれを頼りにしていようが、少なくとも私には「助手」など全く必要ではなく、むしろどう好意的に見積もっても「足手まとい」にしかなり得ないことはもとより明々白々だった。オオタニが「ひよ●」を持って事務所を訪ねてきた時の服装がボーダー柄の長袖長ズボン(恐らく上下セット)で、「シマウマ」というよりも「囚人」を連想させるその出で立ちが、顎のあたりまで縮れて長く伸びたモミアゲと相まって、私の警戒心レベルを即座に最大限に引き上げたことは言うまでもない。
だが、そこで「それが人にものを頼むときの態度か? もう一度、子宮に宿るところからやり直してこい」と正しく切って捨てるのではなく、相手の気持ちを汲んだうえで、きちんと誠実に対応して差し上げるところに、私のやはり「名探偵」たるにふさわしい余裕と寛大さとが透けて見えると言うべきだろう。
しかし恥を忍んで告白してしまえば、その「採用」には、本当は別の思惑があった。
オオタニの年齢は、履歴書の記載が正しければ二十五歳らしかったが、「たまたまそこらへんを歩いていた」ことからわかる通り、それまでは全く働いていなかった。昨今は所謂「コンプライアンス」の問題が厄介なので、あまり深く問い詰めたわけではないが、面接の際の返答によれば、大学院の修士課程(オオタニ本人は偉そうに「マスター」だの何だのとわざわざ横文字で表現していた)に進んだが、そこで教授に精神的にひどく痛めつけられ(オオタニ本人は「虐められた」と表現していた)、対人関係に困難を覚えるようになり、中退してからひたすら隠遁生活を続けていたのだそうだ。本人曰く、「鴨長明を参考にした」らしい。
正直、言っていることの意味と、実際の行動の意図とが全く理解できず、だからもちろん、採用したくなる要因など、本当の意味で全くもって皆無であった。
だが繰り返しになるが、実際には私はオオタニを採用し、かつすぐにクビにすることもなく、数ヶ月もの間、雇い続けてきた。……いったい、なぜだろうか?
ほとんど賃金を払っていないのに何も文句を言わないからではない。
端的に言えば、私はオオタニが「スパイ」である可能性を疑っていたのだ。




