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「A」について②

【ところでくだんの「宣言」について、まず初めに抑えておいていただきたいのは、私が「〝その男〟について、(本当の意味で)何も知らない」わけではない、ということだ。世間一般の偉い偉い人間様たちはどうだかわからないが、少なくとも私は、「(本当の意味で)何も知らない」人物についてわざわざ言葉を費やして語ったりするほど暇ではない。だからここで言う「〝その男〟について、何も知らない」は、むしろ「〝その男〟について、知っていることがある」という風に反転させて解釈されて然るべきだ。「反転させて解釈されて然るべきだ」などと偉そうに述べたが、その「反転させ」た「解釈」の正当性については、シェークスピアの「マクベス」における有名なセリフ、すなわち「きれいはきたない、きたないはきれい」を参照しておきさえすれば十分すぎるほど明らかとなろう。それは私の言う「何も知らない/知っていることがある」と、見事なほど完全な相同性を成している。】

(→??????????????????????????????????????????)


 例によって細部が意味不明であることはいったん措いておく。重要なのは、第一の引用箇所に続く形で綴られる以上の文章が、相変わらずの難渋な見た目とは対照的に、内奥からは、極めて配慮的に「読者」に寄り添おうとする「書き手」の姿が立ち上って来るということだ。そのことをはっきり示すのが、一文目の中盤に挿入される、「初めに抑えておいていただきたいのは」という表現である。

 単独で捉えられた場合、特にこれと言って特別な価値を持たなさそうなこのフレーズは、その前段で学術的な固有名詞が大量投下されていたという事実と相まることで、秘められた真の相貌を露わにすることになる。つまり、


  (Ⅰ)専門用語で埋め尽くされた難解な文章

 →(Ⅱ)「【初めに】抑えておいていただきたいのは」の断り


という流れは、(Ⅰ)ではなく(Ⅱ)以降の記述こそが、真に「読者」に向けて宛てられたものであることを明示している。なぜなら「【初めに】抑えておいていただきたい」というのは、「【それより前の部分は】抑えていただかなくてもよい」ということと同義だからだ。つまり(Ⅰ)は殊に「読者」にとっては、異常にゴテゴテした見た目がむしろ目障りな、ケバくて不必要な装飾品の類いでしかあり得ない。要するに、そういうことだ。

 そして、実際これ「以降」、「A」は彼が重視しているらしき「宣言」について、懇切丁寧に解説を行ってくれ始める。繰り返しになるが、その「解説」の内容が理解できるかできないかは問わない。が少なくともこのような記述の流れを踏まえれば(つまり「内容」ではなく「形式」の面に着目する限り)、「A」は間違いなく読者に歩み寄っていると言えるのである。

 さらにここから翻って考えれば、(Ⅰ)の側(「専門用語で埋め尽くされ難解な文章」)にも別の意味合いが生まれることになる。重要なのは先に確認した通り、それが(Ⅱ)以降の記述とは異なり、「読者」に向けられたものではないという点だ。では改めて、「誰」に向けられた論述なのか? 

 この問いに対する答えは、先入観や偏見の類いを廃し、可能な限り虚心坦懐に思考を働かせてみさえすればすぐさまそれとして導き出されてくる。「読者」でないとすれば誰か? そう、「書き手」=「A」である。より正確を期せば、「A」の中にいる「A」である。ここまで、よろしいだろうか?

 それではもう一つ、問いを重ねよう。いったい「A」はなぜ、自らに「専門用語で~」を突き付けることをしたのか? 

 こちらの問いに関しては、考究の「対象」を裏返してみることが大いに役に立つ。つまり(Ⅰ)ではなく、その対極に位置する言葉を想定するということだが、それは何の苦もなく容易に理解することが可能という意味で、ひとまず、〈「透明」な言葉〉と名状することができるだろう。そしてその種の「透明」な言葉は、現代において、それこそそこらへんに腐るほど転がっていると言ってよい。考えることなしに発せられ、考えることなしに理解されている(と思われている)些細な発言、すなわち所謂「円滑なコミュニケーション」において用いられている言葉全般がそれに該当するということだ。

 逆に言えば、敢えてそれとは真逆の言葉を用いたということは、「A」がごく普通の「円滑なコミュニケーション」に疑問を抱いていることを示唆している。

 とは言え、(直接お会いしたことは一度もないものの)「A」の一番弟子をひそかに自称する私の見立てによれば、問題はもう少しだけ複雑である。すなわち「A」が疑問を抱いているのは、「円滑なコミュニケーション」自体ではなく、恐らくそれを成立させている背景、すなわち「相互理解」の可能性が前提され、その結果、言葉の使い方に頓着することがなくなってきているという現状の方なのだ。だからこそ「A」は、それが学問的に正しいかどうかは別にして、まず「著作」の「冒頭部」を、難解な固有名詞をこれでもかというほどちりばめるところから開始した。つまり「無心で書く」ことを自らに禁ずることで以て、逆説的な仕方ではあるが、自ら自身に「書く」資格を与えることを試みたということである。


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