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「A」について①

 突然だが、私は書くことについて、ある一人の人物から全てを学んだ。ここでは便宜的に「A」と呼ぶことにしよう。

「A」は別に頭文字ではなく、つまり「A」であることに特別な意味はないのであるからして、本当は別に「A」でなくとも構わないのであるが、逆に言えば別の文字を選ぶ必要もないのであるからして、とりあえず「A」としておく。よろしいか? 

「A」の職業は作家ではない。しかしもちろん、「著作」は多数世に流布している。ここで「もちろん」と言ったのは、何も「A」の「著作」が誰にでも読まれる類いのものであり、またそれが「多数世に流布している」ことが自明だからではない。と言うよりも世間一般の偉い偉い人間様たちのほとんどは、恐らくその「著作」を目にしたことさえないはずだ。だからそうではなくて、「書くこと」について「学ぶ」ためには、そもそも「A」に「著作」がなければならない、そういう当たり前のことが言いたかっただけである。

 だが悲しいかな、「A」の不幸は、多数の「著作」を刊行していながら、実際には書くことができなかった、という点にこそ求められる。もちろん、ここでいう「書くことができなかった」は、「能力的に不可能だった」ということを意味しない。仮にそうであれば、そのような「不能者」から「学ぶ」ことなど、何もありはしないだろう。だからそうではなくて私が伝えたいのは、「A」の「書くこと」が、世間一般の所謂「記述」とはあまりにかけ離れていたということである。試しにまずある一つの「著作」の冒頭部を参照しておきたい。


【私は〝その男〟について、何も知らない。

 この「宣言」を「分析」するところからはじめよう。もちろんここで行う「分析」は単なる余興の類ではない。「ドイツ古典主義哲学(ドイツ観念論哲学)の祖」などと称され、大喜びしていると思しき、かの有名な故イマニュエル・カント翁が「述語によって主語の概念に何ものも付け加えない、ただ主語概念を分析していくつかの部分的概念に分解するだけだ」(『純粋理性批判』)と名状するところの「分析的判断(=解明的判断)」と同義である。カルナップ=クワイン流に言い換えれば、ここで言われているところの「分析」とは、まさしくある種のトートロジカルな試みであるとして受け取られなければならない。なぜなら今まさに開始され、ここから進められていこうとするこの文書全体こそ、まさしく「トートロジー(=分析的命題)」の一つの具体例として提出されているからだ。】           

(→????????????????????)


 これを読んで何を述べているのかわからなくても、混乱したり、恥じたり、あるいは発狂の衝動に駆られたり、自分を責めたりなどする必要はない。「承認欲求」がそこかしこで渦巻いている現代社会において、所謂「へりくだった」態度をとり得ることは、確かに稀有な美徳の一つとして大いに尊重されて然るべきだが、殊に「A」の言説と相対する際にはそれは不要であり、むしろ邪魔なものですらある。なぜなら、理解できないのが正解であるから。何か理解できることが書いてあるのだと思わないことこそが、絶対確実に間違いなく、妥当な反応なのであるから。

 例えば以上に引用した一節には大量の固有名詞がちりばめられ、さもそれらが何らかの紐帯によって強く結びついていることが当然ででもあるかのように自信満々に論が進められていくが、実際にその想定された「結びつき」、ひいては「A」の立論それ自体が、本当に学術的に認められるものなのかどうかがまず疑わしい。また仮に主張自体の内容にそれなりに信憑性があったとしても、「著作」の「冒頭部」において全く「読者」の心情を考慮せず、いきなりこのような手加減無用な仕方で論を展開し始めてしまうことは、単に衒学的に知識をひけらかして大喜びしているだけのように受け取られてしまいかねないという意味合いにおいて非常にリスキーである。

 だが実際には、こういう他者にストレスを与えることにのみ特化した文字の羅列について、それを「書き手」である「A」の怠慢や傲慢さの証だなどと短絡的に受け取ってしまってはならない。そこらへんの街中に蔓延る有象無象どもが手慰み程度に作成したものであればいざ知らず、殊に「A」によって構築されたものである場合、理解不能であることを理由にその言説に対して糾弾の声を上げるのはやめていただきたい。というよりも、ぜひやめておいた方がよろしいだろう。なぜならそれは「A」を貶めているようでいて、その実、非難する側のあまりに単純で救いようのない浅はかさを露呈することでしかないからだ。

 もう一つ、別の一節を引用しておこう。


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