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利成君とのデュエット。

フローライト第十八話。

「あけましておめでとう」と利成が言った。


「うん・・・おめでとう」と返事をしてからベッドの上に起き上がる。点滴と消毒液の匂い・・・ここは産婦人科の病室だった。


妊娠がわかってから三か月目、今回は悪阻がひどくほとんど何も食べれなくなった。結局年末から入院することになり、こうして元旦の日を病院で迎えることになった。


「起きて大丈夫?」と利成が言う。


「うん、大丈夫」


「何か食べれた?」


「ん、少し食べたよ」


「そっか、良かった」


「利成は今日はやすみ?」


「そうだよ、だからずっといるよ」


「そう」と笑顔を作った。やっぱりここのところ精神不安定で不安だった。


「何か足りないものない?」


「うん、大丈夫。・・・いつ頃退院できるかな」


もう早く退院したかった。


「少しでも食べれるようになったら退院できるよ」


「ん・・・」


利成が椅子からベッドに移って明希の手を握ってくれた。ここは個室なので気にしなくてよかった。


コンコンと病室がノックされて看護師が入って来た。


「あ・・・」と利成を見て驚いている。


「あ・・・天城さんって・・・」と利成と明希の顔を見比べている。


初めて見る顔の看護師だったので知らなかったのだろう。かなり驚いてうろたえていた。利成がベッドからよけて場所を開けると、不意に我に返って看護師が明希のそばまできて点滴の落ち具合や量を確認している。


「天城さん、吐き気はどう?」と聞かれた。


「だいぶ収まりました」


「そう?じゃあ、もし何かあったら呼んでね」


そういって利成に頭を下げて看護師が出て行った。病室から出た途端、「えっ!」という女性の声が聞こえた。どうやら他の看護師に話している様子だ。


「利成、大丈夫?」と明希は聞いた。


「何が?」


「だって看護師さんたち、きゃあきゃあ言ってるよ?」


「ハハ・・・そうだね。大丈夫だよ」


「私は何かやだな・・・」


「何で?」


「何となく・・・」


そう言ったら利成がまたベッドに座って明希の手を握った。


「明希は気にしないでちゃんと身体良くなるように集中しないと」


「うん・・・」


夕方利成がトイレに出て行った時に利成がしばらく戻ってこなかった。どうしたんだろうと思っているとやっと戻って来た利成が言った。


「ごめん、何かサイン求められて・・・」


「そんなことかなって思ってたよ。看護師さんに?」


「うん、だけど看護師さんにしてたら他の患者さんもきちゃって・・・」


「なるほど」とちょっと不機嫌な返事になってしまった。どうも妊娠してからずっと精神不安定だ。


「ごめんね」と利成がキスしてきた。


「うん・・・」と利成に抱きついたらドアがノックされて急に開いた。看護師が点滴の袋を持って入って来たので、明希は慌てて利成から離れた。


(何だかやたら看護師さんが入ってくるんですけど・・・?)と複雑な心境だ。


夜の食事が出されて半分ほど食べた。まったく食べれなかったのだからかなり進歩だ。


お膳を片付けに利成が行って戻ってくると、「そろそろ帰るね」と言われた。


「もう?」とすごく寂しくなった。


「ごめんね、ちょっとやらなきゃならないことあって・・・」


「うん・・・」


「だいぶいいみたいだからすぐ退院できるよ」


「うん・・・」と利成にしがみついた。どうも妊娠してから甘えっ子になってしまった。自分が子供のようだ。


「明希」と背中をポンポンと叩かれる。


利成が病室から出て行ってしまうとシーンと静まった個室が逆に寂しくなる。


(ああ、早く退院したい・・)


そう思って横になった。


 


そして退院できたのがお正月もあけた一月六日だった。その日は利成は仕事だったので一人で退院の準備をした。利成は誰かに迎えにきてもらうの頼むと言ったが、父や義理の母に来てもらうのもやだったし、利成がそれなら自分の母親に頼もうかと言われたけど、実は利成の母親は苦手だったのだ。


(でも、子供が生まれたらやっぱり色々利成の実家にも行かないとダメかな・・・)


あー・・・それはちょっとキツイと思った。利成の母親はわりと何でもはっきり言うので、明希とはあまり合わなかったのだ。


一人で退院の手続きをして病院から出ようとして入り口のドアで誰かにぶつかりそうになった。


「あっ」と思ったら相手の人が「明希?」と言った。


「翔太、どうしたの?」と驚いた。とにかく病院から出ると、「あれ?退院?」と聞かれた。


「うん、どうして知ってるの?」


「まあ、情報は色んな伝手があってね」と曖昧に言う翔太。


「でも行き違いになるところだね」というと、「ほんと、良かった」と翔太が言った。


帰るんなら送ると言われて翔太の車に乗った。ものすごく久しぶりに翔太に会って、やっぱり懐かしかった。


運転をしている翔太が急に「プッ」と吹き出した。


「何?」


「いや、明希とはいつもぶつかってばかりだなって」


「ぶつかる?」


「高校ん時は、バスケットボールを明希にぶつけたし、それから明希がぶつかって来て俺が肩をぶつけた」


「あ、ほんとそうだね」と明希も笑った。


「身体大丈夫?」


「ん、だいぶいいよ」


「そっか、良かった」


マンションの前に着くと、翔太が「ほんとすごいところだな」と車からマンションを見上げた。


「・・・翔太、ありがと。助かった」


「うん、明希、身体気をつけて。また連絡するよ」


「ありがと。あの、翔太は・・・」


結婚とかしたのだろうかと思った。


「何?」


「結婚とかは?」


「ハハ・・・してないよ」


「そうなんだ」


「安心した?」と言われて少し頬が熱くなった。


「じゃあな」と頭を撫でられた。


車から降りて翔太に手を振った。やっぱりなんだろう。翔太には思いがいつも残る。もう妊娠までしてるというのに、いつまでもこれで自分に呆れた。


 


家に帰ってから少し入院していた時の荷物を片付けてたら利成から電話がきた。


「退院できた?」


「うん、大丈夫できたよ」


「良かった。帰りはタクシー乗った?」


「うん・・・」と嘘をついた。やっぱり翔太のことは言えなかった。


「今日は無理しないで寝てるんだよ」


「うん、わかった」


「なるべく早く帰るから」


「うん」


 


寝てろと言われたけど何となく寝れなくて起きてユーチューブを久しぶりに見た。自分のチャンネルをみたら、コメントが入っていた。最近は利成の歌ばかりアップしていた。


<すごく雰囲気がいいです>


(え?)とすごく嬉しかった。昔利成がコメントをくれて、リンク先に飛んだことが縁で利成と再会できたことを思い出す。


なので今回もその人のアカウントに飛んでみた。


「えっ?」と思った。と同時に、なんだと思う。


それは翔太のアカウントだった。そう言えばだいぶ昔に自分のユーチューブを見せたことがあった。あれから翔太は見に来てくれてたのだろうか?


翔太のアカウント内に翔太のバンドのアカウントのリンクもあったので、そっちに飛んでみた。翔太のバンドの方はあまり見たことがなかった。


「へぇ・・・」


前にも一度だけ見たけれど、女性のボーカルの人が素敵だった。けれど明希にはこのバンドがどのくらい有名なのかも売れているのかも知らなかった。でも翔太の話じゃ一度テレビに出たとか言っていた。ならばそこそこ有名なのかもしれない。


 


夜になって夕食はどうしようとキッチンに立った。冷蔵庫を開けたけれど何もとぼしいものはなかった。利成はきっと外食でもしていたのだろう。


(どうしようかな・・・)


買い物に行く元気はなかった。


結局またリビングに戻ってパソコンを開いた。思いついて利成のことを調べた。するとたくさんの情報が出てきた。その中に<天城利成 結婚していた>という少し古い記事をみつけた。


あの時は大変だったな・・・。子供が死産になって精神的にもボロボロで・・・なのに利成と離れなければならなくなった。


結婚していても女性関係がたえないみたいな記事もあった。どうやら噂はあの女優さんだけだはなかったらしい。そしてその後に出てきた内容を見て(え?)と思った。


<現在の奥さんは子供ができたことをたてに結婚をせまった>


<パニック障害などの精神的な疾患があり・・・>


利成が今の妻に縛られているみたいな内容がたくさん出てきた。


<妻が死産した後精神病で・・・>


<家庭は冷え切っている>


── あることないこと面白おかしく・・・


利成の言葉を思い出した。


(でも、酷い・・・)


自分のことがこんなに言われてるなんて・・・知らなかったと思った。利成も何も言わなかったし・・・。


一度見始めるとどんどんリンクしていくのがネットの仕組みだ。明希は自分の悪口や利成の結婚に対して批判的な内容、利成の女性問題など、そういう自分にとってつらい記事ばかり読んでいってしまっていた。気がつくと気持ちが沈み切って、利成に対しても不信感しかなくなっていた。


(私っていらない存在かも・・・)


涙がどんどん出てきて止まらなくなった。


ガチャと玄関から音がして明希はハッと我に返った。ムカムカとまた吐き気がしていた。


「ただいま」と利成が言う。


「おかえりなさい」とようやく言ったけれど、利成が知らない人のように見えた。


「大丈夫?少し顔色悪いけど」


利成が心配そうに明希の顔をのぞきこんだ。


「うん・・・」


利成がコートを脱いでいる。明希は悲しい思いでいっぱいになっていった。どうしてこんなに言われなきゃならないの?


記事には明希の容姿のことまで書かれていた。“ブス”だとか利成に合ってないとか・・・。


「明希?ご飯は?食べれそう?」


利成の声が聞こえた。


「ううん・・・」


キッチンから利成が来る。


「大丈夫?おかゆでも作ろうか?」


「ううん・・・いい」


「じゃあ、お茶いれてあげるね」と利成が言って立ち上がろうとしたので明希は利成を呼び止めた。


「私って利成に合わない?」


「え?何のこと?」と利成が立ち上がりかけていた身体を止める。


「私ってそんなにブスなの?」


「・・・何の話し?」


「私・・・結婚してなんて頼んでない・・・」


「・・・・・・」


「ひどい・・・そんなこというなんて・・・」


涙がこぼれた。そんな明希の顔を見てから、利成が明希の開いているパソコンに気がついた。そして明希の隣に座ってパソコンをのぞきこんだ。


マウスを操作して利成が明希の見ていた記事を読んでいく。それからマウスから手を離すと「明希、ちょっとおいで」と言われてソファの上に座らせられた。その隣に利成も座って来て、明希の肩を抱いて引き寄せた。


「明希はあんまりネットの記事みない人だから油断してたよ」


「・・・・・・」


「明希、こないだのフィルターの話思い出して」


「・・・・・・」


「事実はないって教えただろ?その人の解釈があるだけだって」


「うん・・・」


「今後のこともあるから言うけど、まず明希は綺麗だよ。結婚は俺がしたくて言ったよね?子供ができなくても結婚してたよ。これが俺の気持ちね」


「うん・・・」


「明希にとってこれ以外に必要なものある?ここに書かれている根も葉もないことや、他人が他人のフィルターで見えてる世界なんて必要?」


「ううん・・・」


「そうだよね」


「うん・・・でも・・・」


「・・・明希、今は大事な時だからインターネットはやめよう」


「え?でも・・・」


「仕事はもちろんいいよ。後は・・・俺がいるときに一緒にみよう」


「んー・・・でも、利成遅いから・・・」


「うん、どうしても見ちゃう?」


「見ちゃうかも・・・最近一人で家にいるのが怖くて」


「怖い?」


「ん・・・寂しいっていうか・・・」


「・・・そうか」


利成が考える顔をした。インターネットは確かに前は見ていなかった。でも最近は何故か一人でいると寂しくて見てしまう。それが今日みたいに見なきゃいいのにみたいな記事を読んでしまうのだ。


「明希、明希はユーチューブやってるでしょ?」


「うん・・・」


「場所はカラオケ屋で録ってたよね?伴奏の音源も準備したりしてたよね?」


「うん、そういうのは適当だったよ。ネットで探して」


「俺の歌、練習してたんでしょ?」


「うん・・・まあ」


それはちょっと恥ずかしい。


「じゃあ、俺とやろう」


「えっ?」


「ユーチューブ」


「どういうこと?」


「一緒に歌うんだよ」


「えー・・・そんなの無理」


「無理じゃないよ。明希ならできるよ」


「えー・・・利成は忙しいじゃない?」


「ユーチューブも仕事の一つにすればいいでしょ?」


「でも・・・」


「そうして少しでも明希と一緒にいる時間作るよ」


「でも・・・」


「明希、“でも”って言葉、少し減らそう」


「・・・ん・・・」


「身体は無理しないようにやろうね」


「ん・・・わかった・・・」


(何か変なことになっちゃった・・・)


 


二人で歌う・・・実際に実現したのは一か月後だった。明希の悪阻の方もだいぶ良くなっていた。利成に連れて行かれたところは本格的なスタジオで、明希はいきなり尻込みした。


「やっぱり無理・・・」と利成にこっそり言うと、「大丈夫だよ」ととりあってくれない。「体調わるかったらすぐに言ってね」と言われる。


けれど歌い始めると何だかすごく気分が良くなった。利成が家で歌い方についていくつか助言してくれていたので、いつもよりすんなり歌えてた気がした。


ヘッドホンから聞こえてくる音はすごく良い音質で聴いてるだけでも気分がいい。歌い終わったのを聴いてみて自分がいつも録っているのとはまったく違ったのに驚いた。


「明希、すごい良かったよ」


利成に言われてすこし照れ笑い・・・。


三日後にそれが利成のユーチューブにアップされた。たちまちSNSで拡散された。顔は出さなかったが妻と一緒に歌っているということでかなりな再生回数になった。


明希はすごく嬉しい気持ちになった。幼い頃に唯一父に褒められたのが歌だった。それをやっぱり他の人が褒めてくれると嬉しい。もちろんいつだってその逆の人もいるのだけれど・・・。

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