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浮気と書いて、マジと読む①

 人気のない特別棟の廊下をコツコツと歩く。気候は春のうららかさがなくなり、夏のハツラツとしたうっとうしさに切り替わりつつあるが、本校舎の南側に立っている特別棟は薄暗く、やや涼しい。涼しさに何となくの心地良さを持ちながら、廊下を奥まで進むと目的地『第三音楽室』にたどり着いた。

 僕は目的地の前で後悔をし始めた。その特別教室は異様な雰囲気を放っている。重そうな両開きの扉一面に、大量の落書きがされている。落書きの内容は「クソヤロー!!」「ぶっ殺す!!」「FACK!!」など、頭の悪そうな罵詈雑言が目立った。一応、書いたのは高校生だろうから「ファッ〇」の綴りは正しいものを書いてほしい。

 僕は先輩に渡された紹介状に目線をやり、教室のプレートをもう一度確認する。『第三音楽室』の文字を黒のマーカーペンで荒く塗りつぶし、上から『諜報部』と白いマーカーで可愛らしい丸文字で書いてある。どうやらここであっているらしい。ドアの前で、やっぱりやめようかと、考えていたところ

「ふざけんなぁーー!!」と、ドスの聞いた女子の怒号とともに、勢いよく男子が吹き飛んできた。男は僕の肩をかすめ、2メートルくらい飛んでいった。少し遅れて、声の主がつかつかと出てきた。170センチ後半はありそうな背丈に、長い手足、深い黒髪の毛先が緑の三つ編みという、パンチの効いたいでたち。ただ、わかりやすく美人だ。けど、顔が超怖い。

「てめぇー、男のくせに、猫の一匹もまともに捕まえられねぇのかぁ!?」

 その女子は吹き飛ばした男に吐き捨てるように言った。

「違う、違う! あれは、猫じゃなかった! 絶対、猫らしき別の何かだったぞ!? だって俺より、デカかったもの!? トラとかヒョウとか!? そう言った肉食類の何かだった!!」

 男は情けなく命乞いをするように言った。男は流行りのセンターパートの髪型に、なかなか整った顔をしているが、全体的なオーラがなんか情けない感じだ。というか、モテたいという欲が制服の着こなしと、髪型からあふれ出ていた。

「肉食類だろうが何だろうが、依頼があったら、死ぬ気で捕まえてくるんだよ! お前の使わないチ〇コちぎって餌にして、捕まえてこいや!」

「まだ、使わないかどうかわかんないだろぉ!?」

「使わねぇーよ! 人生十七年も生きてきて、まだ、使ってねぇんだから、次使うときはピンサロか、風俗だろうが!」

「なぁにぃお!? ピンサロと風俗ってなんか違うのか?」

「そこじゃねーよ!」

 男は蹴っ飛ばされ、あと1メートルほど、飛んでいった。

 男を蹴り飛ばした後、落ち着いたのか、背丈の高いその女子は僕の存在に気付いた。乱れた髪をなおして

「ご依頼ですか? 紹介状はお持ちですか?」と、優しく微笑みかけてきた。あまりの切り替えっぷりに、「違います」と言いそうになったが、気づいたときには、僕の手元にあった紹介状は女に奪われ、

「部長ぉー。依頼きましたー」と、部屋に入って行ってしまった。僕はぴくぴくと倒れこんでいる男をしり目に、女の後について諜報部の部室に入ってしまった。


 

 部室の広さは、特別教室だけあって、普通教室二つ分くらいの大きさがあった。少し薄暗く、ほこりっぽい室内には、明らかに教師用であろうデスクが四つに、社長用みたいな無駄に大きく豪奢な机が一つ、応接用らしきテーブルとソファがひとセット配置されていた。社長用のデスクの後ろには、うまいのか下手なのか判定の付きづらい文字で『人生 山あり 谷あり メメントモリ』と書かれた座右の銘らしきものが、額に入れて飾られていた。ともすれば、金貸しの事務所みたいだ。本物見たことないけど。

「1年生の服部源蔵君ね……。どうしてまた、こんな伊賀学舎辺境の地に来ちゃったの?」

 勧められるままに、ソファに座っていた僕の対面に、諜報部の部長さんは紹介状の内容を読みながら言った。部長さんは、3年生らしくしっかりとしたガタイに、バチっと決められたオールバックがすごく大人っぽく見えた。ただし、顔が幼い。顔だけ切り取れば小学3年生みたいだ。声も、変に甲高い。

「えっと……先輩に、こういうお願い事をするならここだと、おしえられて……」

 僕は自分の依頼の後ろめたさから、返答が少し口ごもってしまった。それに対して、部長さんは表情をうかがうように眉をひそめ、しばらくした後、

「……ああ、悪かったね。気が利かなくて。キャリー、お茶かコーヒーかなんか飲み物出してあげて」と、先ほど部室の前で大立ち回りをしていた女子に声をかけた。キャリーさんは、自身のデスクらしき場所で、何やら熱心にパソコンとにらめっこしている。

「いやです。自分でやってください」と、キャリーさんはこちらを見もせずに言った。

「なんだよぁー。もー、それぐらいやってくれてもいいじゃない。俺部長だよ」

「セクハラです」

「えーっ? しょうがないなぁ。でも、俺この流れで席立ったら、口滑らせちゃうかもな。ホントのことと、うそのこと混ぜて、いろんなこと()()()に行っちゃうかもなぁー」

 部長さんは、芝居がかった声と表情で言った。キャシーさんは「ちっ」と舌打ち。机を思いっきりガンっと蹴り上げ、立ち上がり、部長を睨みつけながら、部屋の奥の給湯室らしきところへ入って行った。この部屋、給湯室もあるんだ。すげぇーな。

「あの、キャシーさんって……?」

「んん? ああ、キャリー中村。うちの部員の一人だよ。おっかないだろぉー。基本的に色仕掛け担当だけど、うちの暴力担当の一人でもある。そんで、さっき扉から飛んでった―――」

 部長さんが紹介をしてくれようと、話している言葉を遮るように、先ほどの男がどんっと扉を激しく開けて、入ってきた。

「あのくそアマぁ!! どこ行きやがった!? こっちが下手に出てりゃ、いい気になりやがって!!」

「あれは、バディ都内。馬鹿だ」

「なんだ? なんだ? 依頼人かぁ?」

 バディさんは、こちらの様子に気付きつかつかと寄ってきた。若干の暑苦しさを感じた僕は、少し身を引いた。身を引く僕の前に、バディさんは手を差し出した。

「ある時は、教室の隅で寝たふりをしている平凡な男子。また、ある時は、女子のふとしたボディータッチにどぎまぎする鈍感系主人公。潜入捜査のエキスパート!諜報部のエース!人呼んで『伊賀学舎の怪人二十面相』バディ都内だ。よろしく!」

(全部冴えない男子高校生じゃねーか)と思ったが、初対面の人にそこまでのツッコミをする気概のない僕は「……はぁ」と、間の抜けた返事を返し、握手をした。バディさんは、僕の手を力強く握った。バディさんの手はちょっと汗ばんでいた。

「全部冴えない男子高校生じゃねーか。あと、お前エースじゃねーから」

 いつの間にか給湯室から戻ってきたキャリーさんが、僕の気持ちを代弁するように、バディさんの頭を叩いた。

「まぁ、こんな感じだが、変装と情報収集能力だけは、まぁまぁあるから、安心してくれ。

 それで? キャリー、コーヒーは?」

 部長は、キャリーさんの方を見ながら言った。

「インスタントコーヒー切れてたんで、部長のこれ持ってきました」

 キャリーさんはテーブルに黒と緑のパッケージのエナジードリンクを2本ごとりと置いた。

 部長さんは、「えー、お客さんにエナジードリンク?」と、眉をひそめたが「まぁ、いいや。飲んで飲んで」と、人懐っこそうな笑みを浮かべ、缶の蓋をカシュッと開けた。

 



「はぁ、浮気調査ねぇー」

 部長さんはエナジードリンクを持ったまま、ソファにもたれこんだ。バディさんとキャリーさんは、自身のデスクに座って、こちらの話に耳を傾けている。

「……はい。彼女とは、中等部のころからの付き合いなんですが、最近様子がおかしくて」

「おかしいってどんな風に?」と、緊張している僕をリードするように部長さんは相槌を打ってくれる。僕はエナジードリンクに少し口をつけ、話をつづけた。

「高校に入ってしばらくは、彼女と一緒に下校してたんです。けど、部活やら委員会やらで、断られることが多くなって……」

「それだけで、浮気って? それは時期尚早じゃない?」

 キャリーさんは怪訝な表情で言った。

「メッセージを送っても返事がそっけなくて、中学の頃は、休み時間とか、それなりに二人で過ごす時間を作っていたんですが、それもやんわり断られるようになって……それで、昨日クラスの友達が、彼女が陸上部の先輩とカラオケボックスに二人で入って行くのを見たって……」

「なぁーーにぃーー!!?」

 突然、バディさんがデスクから立ち上がって叫んだ。

「うるせぇ、バカ」と、キャリーさんが吐き捨てるように言ったが、バディさんは続けた。

「それは……つまり何か? 健全な高校生ともあろう奴らが、公共の場でランデブーしたり、ドッキングしたり、してるってのかぁ!?」

「バディ。そこまで言ってないし、ランデブーはいいけど、ドッキングは直接的過ぎて気持ち悪い」と、部長さんは、たしなめるように言った。

「だって、そうでしょ部長ぉー! こんなもんネトラレですよ!ネトラレ!」

「あのなぁ、落ち着け。童貞」と、キャリーさんは、あきれた顔で言った。キャリーさんは続けて、

「おまえ以外の高校生は、中学校卒業するまでに、童貞も卒業してるもんなんだよ。おまえが特殊なんだ。スペシャルなんだ。童貞なんだ。男として終わってるんだ」と、かなり偏った持論を諭すように言った。

「言いすぎだろ!? 世の中そんなに乱れてるわけがねぇ! この服部君だって、付き合ってただけで、絶対最後までヤってねーよ! Bだぁ! Bどまりの顔だぁ!」

 バディさんは声を荒げて僕を指さして言った。


 僕は黙った。室内が鎮まる。遠くの方で、女子バスケ部のランニングの掛け声が聞こえる。

 

「……っえ? 服部君? こっち見て? ねぇ? そんなのだめですよ? 許しません。今、君高校1年生で、入学して二カ月もたってませんよ? ねぇ? いつ? ねぇ?」

 バディさんは、じりじりと、僕に近寄ってくる。圧が強い。瞳孔が開いている。

「落ち着け『童貞二十面相』。そんなプライベートなこと聞くんじゃないよ」

「誰が『童貞二十面相』ですか。部長!」

 バディさんはそれはそれは悲しそうな表情で言った。

「それで、服部君はどうしたいの? 彼女のことボコにして、ついでに寝取った先輩のこともボコにする?」

 部長さんは、さも当たり前のことのように言った。部長さんの言葉と同時に、キャリーさんが立ち上がって、指の骨を鳴らしている。“いつでも行けるぞ“という意味らしい。

「えっ、いや、そっそこまでは求めてません」

「えっ? ボコにしなくていいの?」

 部長さんはきょとんとした顔で言った。キャリーさんも、悲しそうに座りなおす。 

「そのボコにするって表現やめてもらっていいっすか。怖いんで」

「えー、だってその子絶対やってるよ? いいの? 調査だけでも、痛い目に合わせるのも、料金変わんないよ?」

「なんでそんなにバイオレンスなんですか。いいんです。僕は、ただ、決定的な証拠を見て、自分の中でけじめをつけたいだけなんで」

 僕は自分の素直な気持ちを言った。彼女のことは疑いたくはないけど、正直、もやもやしたまま、今の関係を続けることはできない。

「はぁー。まじめですなぁ」と、部長さんは感嘆の声を漏らし、ソファに深く沈み込んだ。しばらく、うーんと考え込んだ後、部長さんはエナジードリンクの残りを飲み干し、テーブルにカンっと置いた。

「よし分かった。その依頼、我が『諜報部』で引き受けましょう」

「『童貞二十面相』お前は、彼女ちゃんの女友達周辺の噂話を集めてこい」

「それ引っ張るんっすか。了解っす。教室の隅で寝たふりしてる男子なら、女子の会話何て丸聞こえだぜ」

(なんて気持ちの悪い返答なんだ)と、口からでかかったが、自分の依頼で動いてもらっている手前、それは喉元でとどめておいた。

「キャリー。お前は、その先輩とやらに近づいて、話を聞いてこい」

「嫌です」

「……お前、また同じやりとりするのか?」

「……ちっ、了解」

 部長さんは口元をニヤニヤさせながら言った。キャリーさんは、本気で嫌そうな顔をしている。そんなに()()()とやらに、報告されたら困ることがあるのだろうか。

「それじゃぁ、服部君。また、明日の放課後にでも、この部室に来てよ。証拠写真とまではいかなくても、ある程度の流れは分かると思うから。料金の話も、その時に、追々ね」

 そう言った部長さんの表情は、余裕綽々といった様子だった。その表情に、僕はうさん臭さを感じつつも「よろしくお願いします」と、深々と頭を下げた。

 先輩から『諜報部』の話を聞いたときは、正直半信半疑だった。自分の記憶を担保に、どんな依頼も受けてくれる部活動があるなんて。

読んでいただきありがとうございました。感想等、いただけると嬉しいです。

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