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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怪奇小説集・朧

人面魚の塩焼き

作者: とらすけ

連続で食べ物に関するお話しで恐縮です。

山間の観光地で食べる鮎の塩焼きは美味しいですよね。でも、それが鮎でなかったらどうなのでしょう。


 宮前昭義はツーリングが趣味だった。バイクの免許を取って以来、色々な場所にツーリングに出掛けていた。学生の頃はバイトで貯めたお金でテントを積んで北海道を2週間かけて回ったりしていたが、社会人になってからは、そんなに長期間の休みが取れる筈もなく、せいぜい1泊2日や日帰りで出かける事が多くなっていた。

 昭義のバイクは125CCのオフロードバイクと呼ばれる大径でゴツいタイヤが付いた道なき道も走れるタイプのバイクである。若い時には高速道路を飛ばして出かけるのが好きだったが、今ではゆっくりとトコトコ走るのが気に入っているので、高速道路に乗ることが出来ない125CCのバイクでも問題なかったし、その何処でも行けそうな軽い車体と維持費の安さは、今の昭義にとって大きな魅力だった。それに、4サイクル単気筒のエンジンはのんびり走るのに向いているし、燃費も良いので良いこと尽くめだった。


 今日もツーリングでF県の山奥に来ていた。観光地ではあるが、人気の観光地という訳ではなく幾つかの奇岩が渓谷沿いに見る事が出来るだけの特に人を熱烈に惹き付ける要素のない観光地で人影もまばらだった。なぜ昭義がこの観光地に来たかというと、ネットである噂を発見したからであった。

 それは、”人面魚の塩焼き”。この観光地の土産物屋の一画で”人面魚の塩焼き”を販売していると云うのだ。勿論、昭義は頭から信じた訳ではないが、もともと怪奇なもの好きな性格の為、つい釣られてしまったのである。


・・・”人面魚”と言ったって、どうせよく見れば人の顔のように見える模様のついた魚だろう ・・・


 そう高を括っていた昭義だったが、実際に渓谷の奇岩を見学してから土産物屋の建ち並ぶ通りを歩き”人面魚の塩焼き”ののぼりを発見した時にはドキドキした。その店に近付くにつれ魚の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。店先を覗くと炭火のコンロの周りで串に刺した魚が炙られていたが、どれも普通の鮎の塩焼きだった。拍子抜けした昭義は、どうせ噂なんてそんなものだろうと立ち去ろうとした時、その店の奥に別のコンロがあるのを見つけた。


・・・何だろう、あのコンロ 炭はおこされているようだけど何も焼いていない ・・・


 昭義は薄暗い店の奥に入ると一人の初老の男性が出てきた。


「いらっしゃいませ 」


「あの、ここでは何を焼いているのですか? 」


「ああ、人面魚をお望みですか それでしたら、まずこちらでどの魚を焼くかお選びください 」


 初老の男性が昭義に大きな水槽を指し示す。その水槽の中には数匹の魚が泳いでいた。パッと見ると鮎や山女魚等の川魚のような雰囲気だったが、昭義は近付いてみるとぎょっとした。魚の腹の模様が人の顔に見えるのだが、それも鼻は突き出て口は開いているような立体的な感じなのだ。


・・・これは本当に人面魚だ ・・・


 泳いでいる人面魚を驚いて見ていた昭義はさらに驚くことになる。


・・・か、課長……? ・・・


 そこには昭義の会社の村田という課長にそっくりな顔を持った人面魚が泳いでいた。村田の部下である昭義は、毎日のように営業成績の件で攻められており、あまり良い印象は持っていなかった。


・・・そんな馬鹿な どうして村田課長の顔が…… ・・・


 昭義はゾクリと背筋が寒くなったが、初老の男性は、さあどの魚にしますと急かしてくる。


「えっ…… そ、それではこの魚で 」


 昭義は村田の顔を持った魚を指差していた。初老の男性はニコリと笑うと網を使い水槽の中から魚を掬い出す。そして、竹串で魚に串を刺した。その途端……。


「ぎゃぁぁーー 」


 突然の叫び声に文字通り飛び上がった昭義だが初老の男性は慣れたように何事もなく人面魚に串を刺していく。まるで、人面魚に付いている人の顔が叫んだようで昭義は心臓の鼓動が早くなっていた。そんな昭義の様子には一切構わずに初老の男性は、串に刺した人面魚に塩をふり、コンロの横に立て炙っていく。しばらくすると香ばしい美味しそうな匂いが漂ってきた。


「さあ、どうぞ 800円になります 」


 初老の男性は焼き上がった人面魚を差し出してくる。昭義は代金を支払うと人面魚を受け取った。近くでしみじみ見ても村田の顔だった。昭義は店内のテーブル席に腰を降ろすと、思いきって串に刺さった人面魚の塩焼きにかぶり付いてみた。


・・・美味い ・・・


 それは鮎の塩焼きと何ら変わらない美味だった。不気味な人面魚の顔の部分も、さっぱりと程よく塩味が効いて今まで食べた鮎や山女魚の塩焼きより美味だった。昭義は夢中で人面魚の塩焼きを食べていた。何か村田に仕返ししたようで、その点でも満足して店を出たのだった。



 * * *



 会社に出社した昭義は同僚に人面魚の塩焼きの話をしようとしたが、それより早く同僚が大変だと言ってきた。


「あの会社を休んだ事のない村田課長が休みらしい 信じられるか、あの課長がだぞ 」


 同僚は興奮して昭義に大声で報告する。


・・・村田課長が…… ・・・


 同僚の言う通り村田は今まで会社を休んだ事がなかった。古い世代の人間で、這ってでも会社に出て来るというタイプの人間だ。昭義は、村田の顔の付いた人面魚を食べた事が気にかかった。


・・・まさか、関係ないよな だって、あれは魚で、店で売っていた塩焼きだろう ・・・


 そう思うようにしたが、昭義の頭の中では、あの人面魚の村田の顔が浮かび上がり離れなかった。



 * * *



 それから一週間経つが村田は会社を休んでいた。総務には体調不良との連絡がきているようだが、昭義は本当にそれが理由なのかと懐疑的だった。あの課長が体調不良でこんなに長く休む筈がない。昭義は意を決して村田の家に見舞いに行ってみることにした。一日の仕事が終わり昭義は有名な和菓子店で水羊羹10個入りの箱詰めを購入し、村田の家に向かった。村田の家は住宅街の中の二階家だった。特に豪邸という訳ではなく、周囲の住宅と調和している。昭義は門柱に付けられたインターホンのボタンを押す。はいと年配の女性の声がスピーカーから流れる。おそらく、奥さんだろうと昭義は推察した。


「夜分すいません 宮前といいます 課長にはお世話になっておりまして、体調が悪いということで御見舞いに来ました 」


 一息に昭義が言うと、しばらくお待ち下さいとの声がスピーカーから流れた。昭義は道路から村田の家を見上げていると、2階の窓の内に誰かが立ち自分を見つめているような感じがした。昭義が目を凝らして見ると窓にはカーテンがかかっており、それ以外何も見えなかった。


・・・気のせいか ・・・


 昭義がそう思った時、インターホンからまた先程の女性の声が流れた。


「申し訳ありません 宮前さんにはお会いになれないそうです どうか、お引き取り下さい 」


「えっ? どうしたんですか? 課長! 」


 昭義がインターホンに向かって叫ぶが、もうスピーカーから声が返ってくる事はなかった。仕方なく昭義は水羊羹の包みを抱えたまま課長の自宅を後にした。



 * * *



 それからも村田は会社をずっと休んでいた。あれから昭義は何回か村田の自宅へ見舞いに行ったが、いつも丁寧に断られてしまう。ネットで人面魚を食べた人の情報がないかと探し回ったが、見つける事は出来なかった。昭義は悶々とした毎日を過ごしていたが、ある日、出社するとそこに村田の姿を見つけた。


「課長、お早うございます 」


 昭義は鞄を持ったまま村田に駆け寄り挨拶し、村田の様子を確認する。


「おお、宮前君か お早う 見舞いに来てもらって悪かったな 」


 普段と変わらぬ村田に昭義はホッとしたが、村田は急に声を潜めると、ちょっといいかと昭義を応接室に連れ込みドアを閉める。


「どうやら私は君に辛く当たっていたようだな 」


 村田が昭義に頭を下げる。いったいどうしたんだろうと昭義が戸惑っていると、村田は恐ろしそうに昭義を見つめる。


「突然、君に喰われる夢を見たんだ 夢だけならいいが、君に喰われた所に激痛が走って動けなくなっていた それがずっと続いて、もう私は頭しか残っていなかった ここが喰われたら最後だなという自覚があったよ でも、何で君がと考えた時、私は君に恨みをかっているのかと思った 確かに辛く当たっていたようだが、それは君に対してだけではないし、個人的な恨みなど何もない けれど、私は君に対して心の中で謝罪した すると、夢を見なくなり体の痛みもなくなり軽くなったんだ きっと、これは私に対する戒めだったんだと理解したよ これからは、もっと人の気持ちも考えていこうと思う 君には何度も見舞いに来てもらって済まなかった 君は優しい気持ちを持つ人間のようだな ありがとう 」

 

 村田はまた頭を下げると元気そうに歩いていった。昭義は、何となく意味が分かってきた。そして、また人面魚の塩焼きを食べに行こうと思った。今度は、あいつの顔を思い浮かべて……。


お読みくださりありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 巧妙ですね。 途中まで正統派ホラーでゾクリとしました。 ラス前、納得感はあるけどキレイすぎかなぁ・・・と思いきや、最後の行で(そう来るか!)となりました。 怪異と人コワの二段仕込みが秀…
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