閑話 師匠の世界
クロの魔法はちょっと特殊な魔法です。一度繋がりができた異世界には、願えば自由に行き来ができるびっくり魔法。師匠と一緒に完成させたこの魔法は、クロのささやかな自慢です。
クロはその魔法で、とある世界に来ていました。ミリアの世界ではありません。もちろんミリアの世界にも行きたいのですが、そっちにはお姉ちゃんと一緒に行きたいなと思っています。
今回クロが訪れたのは、師匠であるリオの世界です。せっかくだから来てみる? と聞かれて、クロは早速来てみました。隣には師匠も一緒です。
「ようこそ、クロ。私の住む世界へ」
師匠の世界は、とても深い森の中でした。ログハウスのような木造のお家があって、ちょっと広いお庭があります。お家とお庭の周りは、とても大きな木で囲まれていました。
ちょっと前に、クロはテレビでこういう森のことを聞いたことがあります。確か、原生林とか、そういう名前の森です。人の手がほとんど入っていない森。神秘的な光景です。
「クロ。忠告しておく」
「ちゅうこく」
「勝手に森に入らないように。死ぬよ」
「え」
なんだかとても怖い忠告をされた気がします。森に入ると死んじゃうそうです。なにそれすごく怖い。
「どうして?」
「んー……。危険な魔獣がとても多い。当然のように人間も食べる。危ない」
「…………。はい」
なんだか、とんでもない世界に来てしまった気がします。
師匠に案内されて、お家に入りました。
中はちょっと広いリビングでした。部屋の中央にはテーブルや椅子があって、のんびりとくつろぐことができそうです。本棚もたくさん並んでいて、本がぎっしりと入っていました。
部屋の左右と奥にも扉があります。そっちにも部屋はあるらしいですが、今回は入っちゃだめとのことでした。師匠の私室もあるらしいです。ちょっと気になります。
「だめ?」
「だめ」
「どうしても?」
「どうしても」
「わかった」
そこまで言うなら諦めましょう。師匠を困らせたいわけじゃないのです。
師匠に促されて椅子に座ります。そうしてから、師匠が言いました。
「この部屋にある本は自由に読んでいい。今のクロだとまだまだ難しい本ばかりだろうけど、今後の研究にきっと役立つ」
「ほん……!」
早速読んでみることにします。師匠が持ってきてくれた本を開くと、見たこともない文字が並んでいました。間違い無く日本語ではありません。けれど、不思議と読めるという妙な感覚でした。
師匠が言うには、クロの魔法には翻訳の効果も含まれているそうです。きっとその恩恵なのでしょう。
意気揚々と読み始めたクロでしたが、師匠が言うようにとても難しい内容でした。ちんぷんかんぷんです。
「わからない……」
「ん。気にしなくていい。これはとても難しいから」
「師匠。わかる?」
「もちろん」
「すごい……!」
「これでも長生きしてるから」
師匠は見た目こそクロとあまり変わらないように見えますが、実際には数百年を生きるエルフだそうです。しかもハイエルフという特殊な種族なのだとか。
何が違うのかは分かりませんが、とってもすごいと思います。なんかすごいってやつです。
そう言うと、師匠は薄く笑ってくれました。優しく頭を撫でてくれて、なんだかとても心地良いです。もっと撫でてほしいとすり寄ると、師匠は仕方ないなと薄く苦笑いしていました。
師匠の表情はとても薄いです。お姉ちゃんが言うには、いつも無表情なんだとか。でもクロには、そんな師匠の感情がなんとなく分かります。クロも感情を出すのが苦手だからかもしれません。
「んー……。師匠も、こんな気持ちだったのかな……」
「師匠? 師匠の師匠?」
「そう。私のお父さんみたいな人だった」
そう言う師匠は、なんだかとても優しげで、そしてちょっと寂しそうでした。今はもう会えないのかもしれません。どうして会えなくなっているのか、クロには分かりませんでした。
クロは師匠のことが大好きです。もちろん一番好きなのはお姉ちゃんですが、お姉ちゃんの次に師匠のことが好きです。師匠にはそんな顔をしてほしくありません。
だから、甘えてみます。ちっちゃい師匠に抱きついて、お腹にぐりぐり。師匠は少し驚いているようでしたが、いつもみたいに小さく笑って頭を撫でてくれます。とても気持ちいいです。
「クロ」
「んぅ」
「私はクロに魔法を教えるけど、でも全部を覚える必要はない。十分だと思ったら言ってほしい。その後は、クロの自由に生きればいいから」
「師匠。おわかれ。やだ」
「いなくなりはしない。私にとって、人間の一生は長いものじゃない。最後まで見守ってあげる」
それは、クロにとってはとても嬉しいことです。師匠とはずっと一緒にいたいから。
「だから、クロ。長生きしてね。すぐにいなくならないでほしい」
「ん。ながいき。まかせて」
「分かってるのかな……?」
ハイエルフはとても長生き。もちろんそれは理解しています。きっと、クロがたくさん生きても、師匠はそれ以上に生きてしまうということも。
だからクロもがんばります。せめて少しでも、師匠が寂しくならないように。
だから、その代わりに。
「師匠。いなくなる。だめ」
「ん? ああ……。私からいなくなることはない。約束する。退屈なだけだし」
それなら安心です。できればずっと、師匠とは関わっていきたいです。
「師匠。ここ。わからない」
「ん? どれ?」
先のことはまだまだ分からないけれど、とりあえず今は少しでも師匠の教えを吸収したいと思います。だから今日もクロは魔法の勉強を頑張ります。
師匠に甘えながら、クロは本を読み続けました。
うん……。やっぱり師匠のなでなでは、とっても気持ちいいです。
そうして、ちっちゃい魔女のクロとちっちゃい師匠は、今日ものんびり過ごすのでした。
壁|w・)師匠にとってもクロはかわいい弟子。なでなで。




