小学校
「クロ。忘れ物はない?」
「ん」
「教科書とかノートとか、大丈夫? ハンカチは? ちゃんとある?」
「ん……」
クロはお家の玄関で、かなりしつこいお姉ちゃんの確認に少し辟易していました。心配してくれているのは分かるのですが、さすがに返事も疲れます。
クロはいつものローブにランドセルを背負って玄関に立っています。今日は小学校に行くつもりです。とても久しぶりなので、少し緊張しています。
「クロ、誰かにいじめられたら言うんだよ? どうにかするから」
「どうにか。なにを?」
「リオちゃんに相談します」
「だめ」
それはなんだか、とてもまずい気がします。ちらっとリオを見ると、こちらを見ているリオと目が合いました。リオがしっかり頷いて、握り拳を作ってから手を広げます。ばーん。
こわい。何をするつもりなのか考えたくない。これは相談できないやつです。
「クロ」
お姉ちゃんの声。その真面目な声に、クロは顔を上げました。
「お父さんは何か言ってたけど、嫌になったら無理して行かなくてもいいから。すぐに帰っておいで」
「ん」
とても優しいお姉ちゃんの言葉に、クロはなんだか心がぽかぽかするのを感じながら頷きました。
それでは、出発です。
二十分ほど歩いて、小学校にたどり着きました。四階建ての校舎がある、よくある小学校です。
登校中の他の生徒から視線を感じます。理由は分かっています。クロの服装でしょう。いくら服装が自由な小学校とはいえ、真っ黒なローブで登校する子なんて普通はいないでしょうから。
けれどクロは気にしません。どうせあいつらに何かをされても、痛くもかゆくもないですから。
とことこ歩いて、教室へ。ドアの前で一瞬だけ立ち止まって、小さく深呼吸。そうして教室に入りました。
教室の中はとても騒がしかったのですが、クロが入った瞬間、水を打ったように静かになりました。そして、ひそひそと、何かを話す声が聞こえてきます。
クロは師匠から身体強化の魔法について学んでいます。だから、彼らの内緒話の内容も聞こえてきます。
単純にクロのことを忘れている声もあります。誰だろうあの子、みたいなものです。
基本的に関わらない子たちの声もあります。どうして来たんだろう、みたいな。
そして、クロを嫌う声もあります。あの根暗また来たぞ、みたいな声、です。
好意的な声はありません。やはり、来たのは間違いだったのでしょうか。
そう、思っていたのですが。
「あれ? クロちゃん!?」
その声の方を見ると、知っている顔がありました。エナです。魔法少女として活動して、つい最近クロと友達になった魔女がそこにいました。
「エナ?」
「わあ! やっぱりクロちゃんだ! え、クラスメイトだったの!?」
「ん……。エナ。いる。しらなかった」
「わたしもこの間、引っ越してきたところだったから!」
なんと、エナは転校生だったようです。少し驚きましたが、知っている子がいるとなんだか少し安心します。
エナに手を引かれて、クロは教室の奥へと進みます。そうしてエナに連れられて向かう先には、二人の女子がいました。見覚えがあります。クロのクラスメイトです。
その二人はクロを見て、明らかに動揺していました。
「サキちゃん、その子が誰か知ってるの?」
そのうちの一人がエナへと聞きます。エナは首を傾げて頷きました。
「うん。友達だから。それがどうしたの?」
「やめておいた方がいいよ。その子、いつも静かで、何をされても反応しなくて、すごく怖いから」
「そうだよ。そんな子、放っておいた方がいい」
二人の言葉にエナは驚いたように目を瞠り、そしてため息をつきました。こういうことなんだ、と。
「聞いてもいい?」
エナの声は、とても冷たいものでした。
「な、なに?」
「クロちゃんがあなたたちに何かしたの? いじわるなことをしたの?」
「それは……してないけど……」
「だったら」
エナがきっと二人を睨みます。二人はそれだけで竦み上がりました。
「ひどいことを言わないで」
そう言い捨てて、エナは二人から距離を取ってしまいました。
「エナ。けんか。だめ。なかよし。わたし、きにしない」
「だめ。クロちゃんも私の友達なの。クロちゃんが悪いことをしていたならともかく、クロちゃんがとっても優しくていい子だって知ってるもの」
「でも。がっこう。まいにち。こない。ひとりきり。こわい」
クロは毎日学校に来るつもりはありません。多分、一週間に一度、あるかないかです。そんなクロのためにエナが孤立してしまったら、クロはとても悲しい気持ちになります。
けれどエナは笑いながら言いました。
「これぐらいで友達になれないなら、いつかどこかで嫌いになってたよ」
とても力強くて、安心する言葉でした。
魔法少女マジカルエナ。この子がどうして選ばれたのか、何となく分かりました。正しいことをまっすぐにやり遂げる。それは、普通ではできないことで、とてもすごいことです。
「エナ。かっこいい」
「そ、そう?」
クロが素直に口にすると、エナは照れ臭そうにはにかみました。
壁|w・)後日談です。
まずはクロの小学校生活。エナとは同級生。
なおクロはエナと呼んでいますが、本名はサキちゃんです。




