第23話 お前の妹は預かった!~勘違い編~
俺の愛する義妹が、ゼットンの妹とウォータースライダーに旅立って1時間。
俺とゼットンは、もう6個目になる【かき氷】を食しながら、妹達が帰ってくるのを、今か今かと待ちわびていた。
「……なぁジョー? 流石に遅すぎひんか、アイツら?」
「そうか? 女の子は大体、やる事はいつも遅ぇし、こんなモンだろ?」
ウィンドウショッピングしかり、お風呂しかり、女の子の用事というのは大抵長くなるモノだ。
それをデカい懐の大きさで許容するというのが、男の甲斐性ってモンだろう?
「いやでも、それにしたって遅すぎひんか?」
「気にすんな。ウォータースライダーが楽しくて、何回も乗ってんだろうよ」
「う~ん。それだけならいいんやが……」
「なんだよ、ゼットン? 珍しくソワソワしてるじゃねぇか? なになに? 妹が恋しくなったのか? このシスコンめ!」
「そ、そんなんじゃないわい!」
ゼットンは珍しく顔を赤らめながら、ムキになって反論してきた。
……可愛くない。
「じゃあ何をソワソワしてんだよ?」
「いや別に……」
ゼットンは少しだけ言いづらそうに、口をモゴモゴさせた。
かと思えば、意を決したように、ウォータースライダーの方を眺めながら。
「ただ、2人とも、あのルックスやろ? ナンパされてへんか、ちょっと心配で――」
「何をしているゼットン? はやく2人を迎えに行くぞ! トロトロするな!?」
「……このシスコンめ」
何か言いたげなゼットンを無視して、俺は素早く立ち上がった。
くそぅ、抜かった!?
そうだ、その通りだ! ゼットンの言う通り、ウチの妹は宇宙で1番カワイイのだ。
そんな女を、世の男たちが放っておくと思うか?
答えは否!
断じて否ッ!
きっと今頃、その1等星の輝きに惹かれた芸能事務所のスカウトマン達に声をかけられ、困っているに違いない!
待っていろ、コガネ!
お兄ちゃんがスグに行くからね!?
「お兄ちゃん、イッキまぁぁぁぁす!」
「ちょい待ち、ジョー。先客や」
「あっ? 先客?」
駆け出そうとしていた俺の肩を、ゼットンの分厚い手が握りしめる。
こんな大事なときに、先客もクソもねぇだろ!?
と、文句を言うべくアフロの方へ振り返り……思わず眉をしかめた。
ゼットンの背後、そこにはプールに相応しくない【乙女戦線】の刺繍が入った、黒の革ジャンを身に纏った5人ほどの女の子が、ニヤニヤ♪ といやらしい笑みを浮かべながら、俺達の方を見つめていた。
「なんや、キサマら? プールへ遊びに来たって面や無さそうやけど?」
「ゼットンの旦那。アンタには用はねぇよ」
「そうさね。アタイらが用があるのはソッチさね」
そう言って、ドレッドヘアーの中々にパンチの効いた女の子が、俺の方へ視線を移した。
「えっ、俺?」
おそらくリーダー格と思われるドレッドヘアーの女の子が、にやぁ~♪ 女の子がしてはいけない笑みを顔に貼り付け、小さく頷いた。
「よぉ、キングジョー? 調子はどうだい?」
「別に? いつも通り絶好調だけど?」
「ソイツぁ良かった! アタイらに負けたとき、体調を理由に言い訳されちゃ堪らないからね!」
ドレッドヘアーの彼女が、キシャ―ッ! と言わんばかりに獰猛に笑った。
あぁ、何となく分かってきた。
いつものパターンの奴ね?
全てを察し、一気に興味が失せた俺は、戦線メンバーに向けて、野良犬でも追い払うように『シッシッ!』と片手を振った。
「何度も言ってるだろうが。俺はレディーは殴らねぇって」
「知ってるよ。だからアンタを選んだんだ」
どこか俺を小バカにしたような視線で、口角を引き上げるドレッドヘアー。
う~む?
なんとも引っかかる物言いだが、まぁ今回は見逃してやろう。
そんな事より、我が愛する妹の方が大切だ!
「要件はソレだけか? なら俺は行くぞ? 妹が待ってんだ」
「安心しろよ、キングジョー。妹ちゃんなら、もうココには居ねぇから」
「……おまえら、ウチの妹に何をした?」
ひぇっ!? と、ドレッドヘアーの背後に控えていたレディー達が、引きつったような悲鳴をこぼした。
人の顔を見て悲鳴をあげるとは、マナーがなっていないにも程がある。
が、そんな事はどうでもいい。
コイツら?
ウチの可愛い妹に、一体ナニをした?
「お、落ち着けよ、キングジョー? 心配しなくても、妹ちゃんは無事だよ。……今のところはな?」
頬をぴくぴくッ!? 痙攣させながら『勝者の余裕』と言わんばかりに笑みを溢す、ドレッドヘアー。
正直、もうプッツン寸前なので、あまり舐めた態度を取らないで欲しい。
いくらレディーでも、許容限界値というモノがある。
俺はレディーは殴らないが、クソ女は平気でブン殴る男だぞ?
「妹をどこへやった?」
「妹ちゃんなら、今頃はウチらの溜まり場、集会場へ着いてる頃だろうよ」
「ソレはどこだ? さっさと言え」
「そうカッカすんなって? 焦らなくても、招待してやるからさ」
ドレッドヘアーは勝利を確信しているかのような、嫌な笑みを顔に貼り付けながら、ワザとらしい口調で、ハッキリとこう言った。
「総長からの伝言だ。『キングジョー。おまえの大切な妹は預かった。返して欲しければ、街はずれのスクラップ置き場に1人で来い。そこでタイマンだ』――以上」
まぁ、もっとも? と、ドレッドヘアーは相変わらず嫌な笑みで笑いながら、
「アタイらを倒して行けたらの話だけどなっ!」
瞬間、戦線メンバー全員が拳を構えて、俺をまっすぐ見据えてきた。
どうやらココで俺を始末する算段らしい。
いやはや、なんというか……
「流石にソレは俺を舐めすぎだろ?」
もはや怒りを通りこして、殺意すら覚える己の感情を、なんとか統率する。
何度も言うようだが、俺はレディーは殴らない主義だ。
……が、今回ばかりはしょうがない。
俺は改めて、目の前のレディー達を『敵』と認識するべく、意識の奥底にあるスイッチを切り替え――
「お兄ちゃ~~~んっ!? 大変だよ、お兄ちゃ~~~~ん!?」
「んっ? んんっ!?」
――ようとして、ウォータースライダーの方から愛する義妹が、コチラに向かって走ってきている姿を目撃した。
んっ!?
あ、あれ!?
「こ、コガネ!? あれ、コガネ!? なんでっ!?」
誘拐されたと思った妹が、普通に出て来た件について。
えっ、どういう事なの!?
意味が分からずドレッドヘアーさんに視線を向けると、ドレッドヘアーさんもこの展開は予想外だったようで、分かりやすくオロオロッ!? と狼狽していた。
「き、キングジョーの妹!? な、なんで!? お、おいっ! 確かに妹は拉致ったんだろうな!?」
「も、もちろんです! 誘拐班からも『任務完了!』の知らせが届いてますしっ!」
ホラッ! と言って、ドレッドヘアーにスマホの画面を見せる、戦線メンバーの1人。
えっと……つまり?
どういう事だってばよ?
向こうも向こうでパニックになっているようなので、とりあえず愛する義妹が無事だった事を喜ぼう!
「良かった! もう心配したぞ、コガネ!?」
「ボクの心配よりも、モモカちゃんの心配をしないと!?」
「おっ、もう下の名前で呼び合うほど仲良くなったのかぁ! 流石はお兄ちゃんの自慢の妹、コミュ力が高いな♪」
「んもうっ!? そんな呑気な事を言っている場合じゃないんだってば!?」
コガネは至極焦った調子で、俺の身体を揺さぶりながら、ハッキリとこう言った。
「どうしよう、お兄ちゃん!?【乙女戦線】って刺繍の入った、黒い革ジャンを着込んだ人達に、モモカちゃんが連れて行かれちゃった!?」
――ゼットンが食べかけの【かき氷】を落とした。




