第19話 がるるるるるるるっ!
セブンの食い逃げが発覚し、しぶしぶ代金を立て替えた、翌日の日曜日。
俺は高鳴る鼓動と共に、人工ビーチで愛する義妹を待っていた。
そうっ! 今日は待ちに待った、コガネとの水着デートである!
「楽しみで仕方がないよぉぉぉ~~~っ!」
「ママぁ? あそこのお兄ちゃん、太陽に向かって何か吠えてるよ?」
「シッ! 見ちゃいけません!」
我が子の瞳を片手でサッ! と隠し、スタスタと俺から離れて行く水着ママンと子ども達。
ふふふっ♪ コガネがあのエロい赤ビキニで俺の前に立つ、それだけでプライス・レス!
デートに誘った意味があるというモノ!
「それにしても、プレオープンというだけあって、今日は人が多いなぁ」
レジャープール施設というだけあって、周りにはカップル連れや親子連れが大いに賑わっていた。
おかげで、俺1人だけポツーンッ! としている感じだ。
は、はやくコガネとイチャイチャ♥ したい!
「まだかなぁ♪ まだかなぁ♪」
「――あのぉ? すいませぇ~ん」
「んっ?」
わくわくっ! と、股間と胸を膨らませながら、水着義妹を待っていると、
――ちょんちょんっ!
と、女子大生と思われる水着お姉さまが、俺の右腕を人差し指で突いてきた。
お、おふぅ……っ!?
な、なかなか可愛い♪
「どうかしましたか、お姉さん?」
「いやぁ、カッコいいお兄さんが1人で居たから、ちょっと声をかけちゃった!」
そう言って、カラカラと笑いながら、俺の二の腕にやんわり抱き着いてくる、お姉さん。
おっとぉ?
これはぁ~……?
「ねぇ? もし暇なら、アタシと一緒に遊ばない? 女1人だと、どうもテンションが上がらなくてさぁ!」
「うひぃっ!? あ、あの!?」
「んっ、なに?」
「も、もしかして、コレは世間一般的に言うところの、な、ナンパでしょうか!?」
「や~ん♪ バカ正直に聞いてきた、可愛い♥」
ふにょん♪ と、お姉さんの水着に収まったパイパイが、俺の二の腕で柔らかく潰れてててててててっ!?
「あぁ~、赤くなってるぅ~っ! にしし♪ 可愛いなぁ、もうっ!」
「あ、あばっ!? あばばばばばばばっ!?」
お姉さんは「うりうり♪」と言いながら、これみよがしに水着おっぱいを俺の腕に密着させてくる!
で、デカいっ!?
――じゃなかった、どうしよう!?
じ、人生で初めて逆ナンされちゃったよ、俺!?
脳内で『遅れてきたモテ期 ~加速するエロス~』というサブタイつきのタイトルが、脳内でファンファーレの共に浮かび上がってくる。
ど、どどどど、どうしよう!?
どうしたらいいの、俺!?
「実はアタシぃ~、お兄さんみたいなぁ~、女の子慣れしていない男の子がぁ~、大好きなのぉ~♪」
そう言って、俺の胸板で『の』の字を書き始める、水着お姉さん。
ちょっ、お姉さん!?
乳首コリコリしないで!?
「あっ、居た居た! お兄ちゃ~んっ! お待たせ――」
「ねぇねぇ? ここじゃなんだし、向こうの人が少ない所へ行かな~い? イ・イ・コ・ト……してあげるよぉ? にひっ♪」
「――はっ?」
更衣室から笑顔でコチラに向かって走ってきていたコガネの表情が、ピシリッ!? と固まった。
(あああああぁぁぁぁぁっ!?)
ヤバイ、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバいっ!?
水着に着替えたコガネの視線は、俺の腕に抱き着くお姉さんにロックオン☆
そのまま瞳孔が開ききったガンギマリの瞳で、お姉さんと俺を交互に見返す。
その表情からは完全に感情の色が抜け落ちていた……な、なにアレ!?
あ、あんな妹、俺知らないよ!?
コガネはしばし俺達のやりとりを観察し、ニッコリ♪ と顔に笑みを張り付け、
「おいコラ? そこのCカップ? 人の彼氏に何か御用ですか、ゴルァ?」
――笑顔でお姉さんに喧嘩を売りに行った。
(ひぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?)
こ、怖ぇぇぇっ!?
コガネちゃん、怖ぇぇぇっ!?
な、何あの目?
カタギの目じゃないよ!?
なんで満面の笑みで、あんな脅し文句が言えるワケ?
ウチの妹は一体、どんな特殊な訓練を積んできたと言うんだ!?
「えっ、彼氏!? お兄さん、彼女いたの?」
「え、えぇ。まぁ一応……」
「……『一応』?」
「ッ!? い、居ました! 自分、彼女いました! はいっ!」
スッ! と、日本刀を彷彿とさせる、切れ味抜群の義妹の視線が、俺の身体を貫く。
間違っても、彼氏に向ける瞳じゃない。
何なら兄貴に向ける瞳でもない。
コガネは、お姉さんが抱き着いている反対側の腕を
――むぎゅっ!
と掴むと、勝ち誇った笑みを浮かべて、
「そんなワケなので、空気を読んで退散してくれると嬉しいです♪」
「はいはい、分かりましたよぉ~。……ちぇっ、せっかくアタシ好みのイイ男だったのに」
お姉さんはブツクサ文句を口にしながら、人混みの中へと消えて行った。
ちょっと勿体なかったかなぁ? と思ってしまうのは、男の子ならしょうがないよね♪
俺は胸に芽生えた後悔の念を握りつぶすように、不機嫌オーラを隠すことなくバラまいている義妹の方へと視線を向けた。
「ま、まぁまぁ? 落ち着けよ、コガネ? 向こうも悪気があって誘ってきたワケじゃないんだからさ?」
「がるるるるるるるっ! ぐるるるるるるっ!?」
コガネは去って行ったお姉さんの後ろ姿めがけて、ワンちゃんみたいに威嚇していた。
ウチの妹、前世は犬だったのかな?
「もうっ、お兄ちゃん! しっかりしてよね!?」
「えぇっ!? な、なんでお兄ちゃんが怒られる流れになってるの!? お兄ちゃん、何も悪い事してないよね!?」
瞬間、コガネの瞳がキッ! とキツく吊り上がった。ひぇっ!?
「こんな場所で無警戒にボケ~♪ としているからだよ!」
「は、はぁ……?」
「むぅ~っ! むぅむぅむぅ~っ!?」
コガネは目尻に涙の粒を浮かせながら、ペシペシッ! と俺の肩を叩いてくる。
おっと、これはぁ?
コガネの奴、マジで怒ってるぞぉ?
妹の涙を拭うのは兄の務めだから、今すぐ彼女のお顔を笑顔でいっぱいにしたい所なのだが……何がイケなかったのか、正直皆目見当もつかない。
えっ? 何がイケなかったの、俺?
「いい、お兄ちゃん!? 海やプールは男に飢えた腐れビッチがたくさん居るんだから、ナンパには細心の注意を払ってよね!」
「ちょ、ちょっと待て!? 落ち着け、コガネ!」
分かった!? と、念を押してくる義妹に、俺は若干後ずさりしながらも、苦笑を浮かべてしまう。
あぁ、なるほど。
そういう事か。
やっとコガネが何に対して怒っているのか理解できた俺は、愛する義妹の心配を取り除いてやるべく、やさし気な口調を心掛けて、
「安心しろ、コガネ。今のレアケースだ」
「レアケース?」
「おう。ほら? お兄ちゃんをよく見てごらん? 人様にナンパされるような、イケメン・スペックの持ち主じゃないだろう?」
「ほらやっぱり!? 分かってない! お兄ちゃんは全然分かってないよ!」
瞬間、コガネが烈火の如く怒りだした。えぇっ!?
「お兄ちゃんはね、お兄ちゃんが思っている以上に素敵な人なんだよ!」
「う、うん? つ、つまり俺様はイケメンだって事かい?」
「ううん、イケメンじゃない。調子に乗っちゃダメだよ、お兄ちゃん?」
間髪入れずに否定された。
おいおい?
俺じゃなければ、心が砕け散っている所だぞ?
「お兄ちゃんの魅力は顔じゃない! だから容姿に関しては安心していいよ!」
「あれ? コレ、もしかしてお兄ちゃん、バカにされてる?」
「褒めてるんだよ! お兄ちゃんの魅力は顔じゃなくて中身だって言いたいの!」
そう言って、さらに俺の腕に抱き着いてくる義妹。
う~ん?
引っかかる所は多々あったけど……まぁいいや!
ここはコガネに死ぬほど『愛されている♪』と思うことにしよう!
「とりあえず、プールの中へ入ろうぜ?」
「うんっ!」
少しだけ機嫌を取り戻した義妹を引き連れて、俺達は波の出るプールへと歩いて行った。




