第18話 キングジョーの弱点……? ~嵐の前の静けさ編~
愛する義妹との『プールデート』を直前に控えた、土曜日。
俺は何故か駅前の喫茶店で、私服姿のセブンに呼び出されていた。
「なんだよ、セブン? こんな所に呼び出して?」
「そう邪険に扱うなって。ちょっと確認した事があったんだよ」
そう言って、俺の目の前でマロンパフェを美味しそうに頬張る、セブン。
「……美味そうだな、ソレ?」
「やらんぞ?」
「なんだよ、ケチッ! せっかく妹とイチャコラ♥ するのを我慢して、このクソ暑い炎天下の中を歩いて来てやったのに!」
「欲しけりゃ自分で頼むんだな、シスコン」
セブンはこれ見よがしに「あ~ん♪」と、大きく口を開いて、まむまむっ! とマロンパフェを咀嚼していく。
な、なんて意地の悪い男なんだ……っ!?
こんな事なら、クーラーがガンガン効いた部屋で、コガネとイチャイチャ♥ していた方が100倍マシだったわ!
「……帰る」
「まぁ待て。今から話す事は、おまえにも関係ある話だからさ」
「知るか。俺は帰るぞ? はやく妹とイチャイチャ♥ しなければ」
席を立とうとする俺に、セブンがアイスのスプーンをピコピコ♪ 動かしながら『待った』をかけた。
が、構わず俺は店を後にしようとして――
「その妹に関する大事な話だ。……って言ったら、どうする?」
「――なに?」
聞き捨てならない台詞に、足を止めた。
セブンは『にぃっ!』と、口角を引き上げると、俺が座っていた椅子を指さした。
「食いついたな? じゃあ座れ」
「……チッ」
俺は不承不承といった様子で、椅子へ座り直した。
「それで? ウチの可愛い妹に関する、大事な話ってなんだよ?」
「その前に、何か注文しろや」
「金がない。奢って?」
「……おまえ、この間、早乙女にタイマンを申し込まれただろ?」
コイツ、意地でも俺に奢らない気だな!?
ケ・チ・く・せぇ~っ!?
俺は火照った身体を冷ますように、店員さんが持って来てくれたお冷で、唇を潤した。
「あぁ、断ったけどな。俺は基本的に、レディーは殴らない主義だし」
それが何だよ? と、目だけで言葉の続きを促すと、セブンは声を潜めて、
「おまえが早乙女のタイマンを断った結果、街では『キングジョーがタイマンで、早乙女から逃げた』って、噂で持ち切りだ」
おかげで今じゃ、早乙女乙女は三大天に肩を並べる女傑として、街の不良共はおろか、西日本でも有名な存在になっちまった。
と、苦々しい表情でそう口にした。
「まぁ、その噂を流しているのは乙女戦線の奴らなんだけどな」
「ふぅ~ん?」
「『ふぅ~ん?』って、おまえ……。このまま早乙女を放っておく気かよ?」
「別に。俺の邪魔さえしなければ、好きにすればいいと思うぜ?」
「……相変わらず、変な所で器がデケェな、おまえ?」
セブンはマロンパフェを一気に胃袋へ流しこむと、どこか試すような視線を俺にぶつけてきた。
「ウチの下の者も言ってるぜ?『三大天の時代は終わった』ってな。これからは【森実四天王】の時代だってよ」
「あぁ、早乙女が言っていたアレか」
俺はピッチャーに入っていたお冷をおかわりしながら、小さく溜め息をこぼした。
「おい? そんなくだらねぇ事のために、俺を呼んだのか?」
「そんな怖い目で睨むなって。本題はここからだ」
そう言って、セブンはポケットから数枚の写真を机の上に放り投げた。
どうやら『見ろ!』って事らしい。
どれどれ?
俺は机に放り投げられた写真を1枚手に取り、視線を下ろして……絶句した。
そこには、超絶プリチーな、神が愚かなる人類を救済するために送り込んだとしか思えない、ハイパー美少女が映っていてぇ!?
「テメェ!? なにウチの妹を隠し撮りしてんだ!? はっ倒すぞ!?」
「バカッ! よく見ろ、シスコン! テメェの妹の後ろに居る奴らを」
「後ろの奴ら?」
セブンに言われて、改めて写真に視線を下ろす。
我がプリティ☆マイシスターが映った写真の背後には、隠れるようにして、数人の女の子達が、コガネの様子を窺っている姿が写り込んでいて……って、アレ?
この黒の革ジャンを着込んだレディー達は……。
「おい、セブン。コレって?」
「気づいたか。実は今、九頭竜高校のモンを使って【乙女戦線】について調べさせていたんだが、どうやら連中、テメェの妹を尾行しているらしい。しかも毎日な」
「ハァっ!? なんでっ!?」
「知るか。ただ、どうも嫌な予感がしてな。とりあえず、テメェにだけはこの事を伝えておこうと思って、今日は呼ばせて貰ったワケだ」
セブンは机に広がった写真を回収しながら、
「テメェも知っての通り、俺らの世界には俺らのルールがある。が、あの早乙女って女、どうにもその辺りが分かっていねぇような気がしてならねぇ」
「あぁ~、それは分かるかもしれん」
良くも悪くも、早乙女は結果さえ良ければ、過程なんぞどうだっていい! と思ってそうなタイプだ。
対してセブン達は、結果よりも過程を重視する。
ようは卑怯でダセェマネはしたくないのだ。
正々堂々、真正面から相手を打ち負かす。
それで負けるのなら、しょうがない。
悔しいが、次は勝つ!
セブンに限らず、この森実に住んでいる不良共は、みんなそんな似たり寄ったりな思考回路をしている。
が、早乙女は違う。
何て言うか【勝利】という結果のためなら、どんな卑怯で卑劣な手も平気で使ってくる。
この間、俺にタイマンを申し込んできたのがイイ例だ。
セブンもゼットンも、決して仲間を引き連れて俺にタイマンを申し込んではこない。
アイツらはいつも、1人で俺に喧嘩を売ってくる。
そこら辺が早乙女と、アイツらの違いだ。
「ようは気合が入ってねぇって事だろ?」
「そういう事だ。覚悟はあるが、自分の手を汚すつもりはない」
「セブン、そういう奴、大っ嫌いだもんなぁ」
「ふんっ。女々しいヤツは、男でも女でも嫌いなんだよ」
そう言って、お冷に入っていた氷をバリボリッ! と噛み砕いた。
「キングジョー。テメェが動かねぇなら、オレらがアイツらを潰すぜ?」
「好きにしろよ。ただし、俺と妹には危害を加えるなよ?」
「……マジでおまえ、妹のことを溺愛し過ぎだろ?」
「当たり前ぇだろ! むしろ1人の女として愛してるわ!」
「それは普通にヤベェよ」
義理とは兄妹だろうが、とドン引きした表情で俺を見つめるセブン。
おっとぉ、いけない!
そういえば、セブンは俺とコガネが本当は兄妹で付き合っている事を知らないんだった。
「まっ、テメェら兄妹の仲をどうこう言うつもりはねぇけどよ」
セブンはそれだけ言い残すと、ガタッ! と立ち上がり、スタスタと出口に向かって歩いて行った。
「要件はソレだけだ。じゃあな、キングジョー」
からんころん♪ と、心地よいベルの音と共に、道路へと続く喫茶店の扉が閉まる。
まったく、こういう所は律儀なんだよなぁ、アイツ。
俺はもう1度だけお冷で唇を潤しながら、愛する義妹が待つ我が家へと帰るべく、席を立ち――店員に止められた。
「アイスコーヒーとマロンパフェ、合わせて1060円になります」
「セブン、テメェェェェェェェッ!?」
アイツ、食い逃げしやがった!?




