プロローグ それは1年前の出来事
新連載(おそらく30話前後で完結)始めました!
「――気に喰わねぇ。そう思うだろ、おまえも?」
不意に男性の声がした。
ピリついた空気に似合わない、落ち着いた声音。
あまりにも似合わな過ぎて、目の前の光景が夢じゃないかと思ったほどだ。
「数人の色男が、嫌がる1人の女に寄ってたかって……テメェらそれでも日本男児か? キンタマはちゃんとついてんのか?」
「な、なんだテメェはっ!?」
「いや、ちょっと待て! こ、コイツはっ!?」
「き、キングジョーッ!? キングジョーだっ!?」
「な、なんであのキングジョーが、こんな所にっ!?」
ボクを囲っていた数人の男たちが、一気に気色ばんだ。
彼はそんな彼らの事など眼中に無いかのように、脇をすり抜け、ボクの前で片膝をついた。
「大丈夫か? あ~あ、可愛い顔が涙でドロドロだよ。ほら、ジッとしてろよ?」
そう言って、白いハンカチでボクの目尻を拭う彼。
白いハンカチが、ボクの汗と涙で汚れる。
「あ、ありがとう……ございます」と、ボクが弱々しく呟くと、彼は「どういたしまして」と柔らかく笑った。
ボクは彼を知っている。
彼の名前は、金城優くん。
ボクが通う『私立マリア女子中学』でも話題になった、ここら一帯の不良さん達が名前を聞いただけで恐れ戦く高校1年生で、そして――
「俺の目の前でレディーを泣かせたんだ。覚悟は出来てるんだろうなぁ?」
――喧嘩最強の不良さんだった。
「10秒やる。神への祈りを済ませろ」
瞬間、彼の身体から尋常ならざるプレッシャーがあたりに充満し始める。
息が苦しくなるほどの圧迫感を前に、数人の男たちの顔色が悪くなる。
肌が痛むほど、細胞が粟立つ。
おそらく彼らも、ボクと同じで、理解してしまったのだ。
彼は『別格』である、ということに。
もはや生物として別次元に存在していることを、頭よりも先に、本能が理解してしまった。
――彼に喧嘩を売ってはならない、と。
「や、ヤヒコやばいって!? キングジョ」に喧嘩を売るのは、流石にヤバいって!?」
「ビビんな! 相手は1人だぞ!? コッチは5人居るんだ。全員で囲めば問題ねぇ!」
「でも相手は、あの西日本最凶の喧嘩屋チーム『グレムリン』をたった1人で潰した、イカレ野郎だぞ!? 人数なんてあってないようなモンじゃねぇか!」
うぐぅっ!? とヤヒコと呼ばれた男が呻いた。
その間にも、金城さんの口からカウントが刻まれ続けていた。
「3、2、1……ぜろ。はい、時間切れ。それじゃ、少しキツめのお仕置き、いくぞ?」
「う、うるせぇっ! ちょっと名前が売れてるからって、調子に乗るなよ!?」
男の1人が、拳を握り締め、金城さんに襲い掛かる。
瞬間、金城さんの拳が、殴りかかって来た男の人の顔面にめりこんだ。
「パルコッ!?」
謎の悲鳴を残しながら、明後日の方向へと吹き飛んで行く男性。
ボクが「あぶないっ!」と声をあげるよりも先に、決着は刹那についた。
に、人間って、地面に垂直であんなに飛ぶモノなの?
軽く6メートルほど飛んで行ったよね、今の?
金城さんの人間離れした腕力に、思わず身震いしてしまう。
「や、ヤヒコッ!?」
「お、金城テメェ!? よくもヤヒコを!」
「や、やっぱり無理だよ!? 逃げようよ!?」
「うるせぇ! 全員で一斉にかかれば、大丈夫だ!」
行くぞっ! と、残りの4人が、一斉に金城さんに襲い掛かる。
が、そこにはもう、金城さんの姿はなかった。
スキンヘッドが風を切り、宙を舞う金城さん。
着地点は、男たちの背後。
「遅ぇよ」
円舞のような、顎へ綺麗な右フック。
それだけで、簡単に男達の意識を断ち切る姿は、まさに鬼のようであった。
「残り3」
「~~~~~ッ!? 調子に乗るなよ、クソガキがぁぁぁぁぁっ!」
獣のごとき咆哮と共に、男の1人の拳が、金城さんの顔面に迫る。
が、それよりも速く、彼の繰り出したアッパーが、男の顎を打ち抜いた。
ふわっ! と、浮き上がる男の身体。
そのまま綺麗な孤を描きながら、背後へと吹き飛んで行く。
「残り2」
もはや瞬きするヒマもない。
――暴力の化身が、そこに居た。
「メンドクセェから、2人纏めてかかってこい」
「こんのっ!? タロウ、挟みこめ! 一気に仕留めるぞ!」
「了解ッ!」
男2人は、彼女を挟みこむようにして、距離を取る。
助けに行かなきゃ! と思うのに、身体が動かない。
いや、違う。
身体の方が理解しているのだ。
ここは彼の舞台。
何人たりとも踏み入る事が許されない、彼だけの世界。
邪魔しようモノなら――
「まったく。歯ごたえのねぇ奴らだ」
――『あぁ』なる。
呻き声すらあげることなく倒れていく、男たち。
気がつくと、不気味なまでの静寂が、辺りを支配していた。
立っているのは、彼1人。
男達の返り血で、頬に一筋の血が滴る。
……キレイだと思った。
圧倒的なまでの力。
そこには『善』も『悪』も超えた、究極の『美』があるような気がした。
「ふぅ……おっ?」
ボクが彼の姿に見惚れていると、金城さんは地面に落ちていたボクの財布を拾い上げ「おーい」と声をあげた。
「えっと、英語で『コレは貴女の財布ですか?』って、なんて言えばいいんだっけ? Do you have……?」
「あっ、日本語で大丈夫です」
「そうなの? よかったぁ~。俺、英語はちょっぴり苦手でさぁ! 綺麗な金髪だったから、てっきり外国の人かと思ったぜ!」
ふわっ! と、どこか誤魔化すように笑う、金城さん。
先ほどまでの鬼神がごとき活躍をしていた人とは思えないほど、やさしい雰囲気を感じる。
今まで会ったことがないタイプの、不思議な男の人だった。
「ち、父がロシア人で、日本とのハーフなんです」
「そうなんだ。あっ、コレ。お嬢さんの財布かな?」
金城さんは可愛らしい装飾のついたボクの財布を見せながら、ニカッ! と笑った。
途端に、ボクの身体に緊張が走る。
ど、どうしよう?
助けた【お礼】にお金を要求されるのかな?
「そ、そうですけど……」
「そっか」
うぅ……っ!? せっかく助かったと思ったのに、またカツアゲされちゃうのかなぁ?
なんて思っていると、
――ぽんっ!
と、ボクの手に財布が置かれた。
……へ?
「はいコレ。カツアゲなんて、災難だったな?」
そう言って金城さんは、とくに何かを要求する事なく、ボクの財布を返してくれた。
呆然としているボクが、気になったのだろう。
金城さんは不思議そうに小首を傾げながら「どったべ?」と口をひらいた。
「いえ、その……。お金、とらないんですか?」
「お金? なんで?」
「何でって、その……助けてくれたお駄賃代わり……」
金城さんは「いらねぇよ」と、少しだけ不機嫌な顔になって、
「その財布の中に入っている金が、どういう金かは知らねぇよ。でも、その金は親御さんが汗水垂らして働いてくれた【お金】だろ? なら、そう簡単に渡しちゃダメだ」
「あっ……」
その瞬間、ボクは自分が恥ずかしくなった。
人を見かけで判断し、お金で解決しようとしてしまった。
自分の矮小が、なんだかとっても恥ずかしくって……金城さんと目を合わせる事が出来なくなってしまった。
目を伏せ、黙りこくっているボクを見かねて、金城さんは申し訳なさそうな声音で、
「ちょっと説教臭かったな。ゴメンよ? それじゃ、俺はそろそろ行くわ」
そう言って、どこかへ歩き出す金城さん。
そんな彼の去りゆく後ろ姿に思わず、
「あ、あのっ!」
と、気がつけば声をかけていた。
理由は分からない。
唇が勝手に動いていた。
それはもう、論理的な思考だとか、冷静な判断とか、全てをかなぐり捨てた直感的な行動だった。
――もっとお話がしたいっ!
「うん? どうした?」
「えっとぉ……名前。そうっ! 名前を教えてください!」
本当は知っていたが、もっとお話したい一心で、ボクは必死に唇を動かした。
ボクの心の内側なんて、もちろん知らない金城さんは、どこまでもまっすぐな瞳でボクを見つめながら、
「名前? 別にいいけど。え~と……お嬢さん、名前は?」
「あっ! ご、ごめんなさい!? 雨晴です。雨晴コガネです。私立マリア女子中学に通う、3年生です」
「1個下だったのか。随分大人びて見えたから、同い年かと思ったぜ」
「それで、そのぅ……お名前は?」
「おっと、ごめんよ。俺は森実高校に通う1年A組所属の、金城優だ。よろしくっ!」
そう言って無邪気に笑う金城さんを前に、
――とくんっ。
と、大きく跳ねた自分の心臓に、ただただ困惑した。
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よければ、腐れゴミ虫が書いた『砂糖 甘め 濃いめ 硬め』で仕上げたもう1つの作品、
《俺のことが好き過ぎて、『女神』と呼ばれている学校1の美人姉妹が【ヤンデレ】化しました!?》(https://ncode.syosetu.com/n5477hz/)
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