3:殺人事件
◆事件発覚◆
館と言う打楽器を嵐が一晩中叩き鳴らしていた為に、寝不足である。
朝食兼昼食をとる為に食堂へ赴くと、一人足りない事に気付いた。
「ダヴィデ。クロリンダは?」
「声はかけた筈だよ」
ダヴィデに尋ねると、下僕が食事の準備が出来た事を伝えた筈だと言う。
其処へ、下僕がやって来てダヴィデに報告した。
「クロリンダ様は、就寝中のご様子でした」
「珍しい事もあるものだ」
クロリンダが寝過ごすなど、初めての事だ。
「では、先に食事を始めよう」
食事中の話題は、やはり、嵐の事だった。
「ところで、クロリンダ様って、起こされても起きない方なんですか?」
食事も終わりに近づいた頃、菊花がそんな疑問を口にした。
「いや。そんな事は無かったが」
婚約者のファウストが答える。
「まあ、嵐の所為で眠り付くのが遅くなったとしても、そろそろ起こしても良い頃合いだろう」
食べ終えたファウストは立ち上がり、起こしに行こうとした。
「私も行きます。心配なので」
「心配? 何が?」
菊花の言葉に、ファウストは訝し気に眉を顰めた。
「眠っているんじゃなくて、具合が悪いのかもしれませんから」
「まさか」
ファウストは楽観的にそう言ったが、エドガルドとダリラも心配を始めたので、全員で起こしに行く事になった。
ファウストだけは、最後まで、全員で行くのは大袈裟だと反対していたが。
クロリンダの部屋は、菊花の部屋の隣だった。
寝室の中から鍵がかけられており、起こそうにも起こせないらしい。
ダヴィデが執事に合鍵を持って来させ、扉を開けると衝撃的な光景が目に飛び込んで来た。
「え?」
「クロリンダ様?!」
稲光が、部屋の真ん中で首を吊ったクロリンダを照らし出したのだ。
天井には、かつて照明を吊るしていたフックが在った。
現在この館では、寝室の照明はランタンを使用する事になっている。
そのランタンは、ベッドサイドのテーブルに置く事になっていた。
クロリンダは、撤去されずに残っていたフックに縄をかけ、自殺した事になる。
「ど、どうしてっ?!」
その声に振り返ると、ダリラが今にも倒れそうなぐらい青褪めているのが目に入った。
「は、早く治療を……」
「無理だ。もう死んでいる」
何とか絞り出したようなダリラの声は、震えていた。
しかし、彼女が抱いていた希望は、隣に立つファウストの言葉で砕かれた。
「ダリラ!」
意識を失い倒れかけたダリラを、ファウストが支える。
「ソファに寝かせてやれ」
「あ、ああ」
ファウストはダヴィデの言葉に従い、ダリラを居間のソファへと運んだ。
「クロリンダ……。一体、どうして、自殺なんて……」
はとこであり、幼い頃からの友人でもあるクロリンダの死に、私も深いショックを受けていた。
「自殺ではありませんよ」
何時の間にか寝室へ入り、明かりを灯したランタンを手にクロリンダを見上げていた菊花が、そう言った。
「どういう事だ? どうみても、自殺だろう?」
「そ、それ、遺書じゃないですか?」
私の隣から身を乗り出した侍女が、椅子の側に落ちている紙を指差した。
「『死んでお詫びします』と書かれていますね」
菊花は拾って読み上げると、紙を手に此方へやって来る。
「エイドリアン様。クロリンダ様の筆跡で、間違いありませんか?」
「あ、ああ。何だか震えてぎこちないが、自殺しようと言う時に書いたなら、こんなものだろう」
受け取ってじっくり見た私は、そう答えた。
身分が高いと手紙などは自分で書かずに代筆させるが、私達は一緒に勉強した仲だ。
字の癖も覚えるぐらいに、見慣れている。
「えっと、執事の……ジョバンニさんでしたっけ? 窓の鍵を見てください。折れたりして鍵の役目を果たしていないとか、窓枠が外れるとかありませんよね?」
言われたジョバンニは、窓を念入りに確認した。
「窓は大丈夫ですね。では、クロリンダ様のご遺体を降ろしましょう」
そう言った菊花は、此方を振り向いた。
「勝手に降ろして、捜査の妨害で捕まったりしませんよね?」
「それは、大丈夫だが、自殺ではないとはどういう事だ?」
「何だって?! 誰がどう見ても自殺だろう?!」
窓を確認している間に戻って来ていたファウストが、先程の私と同じような事を言った。
「鍵が掛かった部屋で首を吊っていたんだぞ。それに、其処に落ちているのは、寝室の鍵では無いのか?」
ファウストが指差す先を見れば、扉の陰に鍵が落ちていた。
「い、遺書だって、ありますよね?」
「先ず、ご遺体を降ろしましょう。説明はその後です」
菊花の顔色も悪い。
彼女も、別に死体を見慣れている訳では無いのだ。
「では、ファウスト様。お願いします」
「私がか? こういう事は、下僕の仕事なのだが」
「も、申し訳ありません。直ぐに……」
動き出そうとした下僕は、しかし、直ぐに足を止めた。
「あの。そう言えば、脚立は壊れて、外の物置に……」
嵐は、今も飽きずに活動中だ。
「では、ソファーテーブルに椅子を乗せてみては?」
菊花が提案する。
その言葉に居間のソファーテーブルを思い出してみた。
「その椅子が乗る幅では無かったと思うが」
「そうでしたね。他のテーブルはどうですか?」
食堂のテーブルは大きい。
この部屋の扉は通らないだろうし、そもそも、二階に上げるのも難しいだろう。
談話室のテーブルならば、問題なさそうだ。
高さがあるから、椅子を乗せる必要も無いだろうし。
下僕達がテーブルを運んで来る間、菊花は、鍵が間違いなくこの部屋の物か確かめていた。
鍵が合う事を確認した後は、執事に、同じ鍵を使用する部屋は無いのかと確認していた。
勿論、全て違う鍵だと言う事だ。
その後、テーブルが運び込まれ、少し時間はかかったが、クロリンダの遺体は無事に降ろされた。
菊花が、クロリンダの首に結ばれたロープを調べるのを見ていて気付いた。
クロリンダの遺体は、着替えていなかった。