終章:嵐の後始末と爪痕
◆後日談・処刑前◆
王都での尋問で新たに判ったのは、ジェンマが廊下に繋がる扉に鍵を掛けなかった理由は、クロリンダがジェンマの就寝後に寝室を抜け出しトイレで自殺した事にしようと、思ったからだそうだ。
寝間着に着替えていない事や鍵を掛けておかなかった事の言い訳については、全く考えていなかったらしい。
遺書を置いておけば自殺では無いと気付かれる筈が無いと、心底信じていたようだ。
一晩中寝付けなかったらしいが、ファウストが侵入し、自殺の偽装工作をしていた音には気付かなかったらしい。
嵐の所為だろう。
他には、ダヴィデの下僕が食事の用意が出来たと声を掛けに行った時、『ジェンマを起こしに行き、寝室に居ないと驚き慌てる』と言う小芝居をするつもりだったが、鍵が掛かっていたので驚いたらしい。
しかし、その時点では、自分がうっかりかけたのだろうと思ったそうだ。
鍵は、トイレのクロリンダの側に置いたから開ける事は不可能と考え、その内誰かがトイレに行ってクロリンダの遺体を発見するだろうと思っていたらしい。
捜査の結果、ジェンマは一族全員処刑が決まり、ファウストは、本人のみが処刑・家族は、社交界を10年追放・その他の一族は、社交界を5年追放、官吏の職にある者は解雇される事となった。
せめてもの救いは、ファウストがジェンマと共謀しての殺人ではなく、事後共犯だと認められた事だろう。
ジェンマと愛し合っていたと見做されては、死んでも死にきれまい。
「お久しぶりね。兄上。まさか、こんな事で再会するなんてね……」
「そうだな」
クロリンダの葬儀で、私達兄妹は久し振りに顔を合わせた。
はとこのクロリンダは、私の妹のアナスタシアにとっても、幼馴染で友人であった。
「本当に、ファウストは許せないわ。クロリンダ姉様の遺体を損傷させるなんて」
ファウストは、クロリンダの遺体の首にロープを結び、吊るした。
そんな事をしなければ、死刑にならなかったかもしれない。
まだ、執行はされていないが。
「でも、良かったわ。兄上が、ファウストを庇って無かった事にすると言う愚かな事をしなくて」
「出来る訳が無いだろう。菊花やフィオレがいるのに」
二人は、アナスタシア側の人間なのだから、口止め出来ない。
「居なかったら、無かった事にしたと言う事?」
「居なかったら、自殺だと思っていただろうな」
私の返答を聞いて、アナスタシアは呆れた顔で私を見た。
「仕方ないだろう? 私は、素人だぞ。犯罪捜査の小説が山ほどある国で育った菊花と一緒にするな」
「それもそうね」
「それにしても、あの館には二十人以上が居たのに、何故、ダリラが犯人と決め付けて事後共犯になったのか……。本当に愛していたら、他の人間が犯人の可能性を考えるのではないか?」
私がそう言うと、アナスタシアは、辺りにいる使用人達に目を向けた。
「偶に居るでしょう? 使用人は何をされても上の者に憎しみや殺意を抱かないと、思っている人」
「ああ。居るな」
憎しみや殺意を抱かないと思っているのか、抱いても行動に移さないと思っているのかは判らないが。
「そうか。もし、ファウストがそのような人間ならば、犯人は、私・ダヴィデ・エドガルド・ダリラ・菊花の五人の中にしか居ないと思うのだな」
「そうね。そして、その中で怪しいのは、ファウストから見て虐められていたダリラだけ」
「だが、ファウストの知らない諍いが他の友人との間にあった可能性を、何故考えなかったのか……?」
アナスタシアは、ファウストを思い浮かべているのか遠い目で嘲笑を浮かべた。
「愛する人を陰ながら助けるヒーローに、なりたかったんじゃないかしら? だから、ダリラに殺害したかどうか尋ねなかったんでしょう」
「陰ながら助けるヒーロー……」
「他の人間が犯人の可能性なんて、ヒーローになれないから却下したのよ。無意識に」
根拠の無い決め付けだが、これを否定する材料も無い。
ファウストは、ダリラに殺害したかどうか尋ねなかった理由を黙秘しているのだから。
「しかし、誰が犯人か判らないのに、そのような願望の為に、命を賭けられるとは」
「命を賭けたつもりは、無かったでしょうね。菊花が自殺では無いと言い出すまでは、完璧に自殺に見せかけられたと思っていたのだから」
「そうだったな」
自殺では無いと見抜かれ、さぞや、恐怖し・動揺した事だろう。
命を賭けていないつもりだったのに、実は、賭けてしまっていたのだから。
場合によっては、ファウストは菊花を手にかけていたかもしれないな。
◆後日談・処刑後◆
ファウスト達の処刑後、このような噂が巷間に広まった。
女性用トイレを使用する趣味があったファウストとトイレで遭遇したクロリンダが、覗き魔と思って罵倒し、ファウストに横恋慕していたジェンマに殺害された。
ファウストは、女性用トイレを使用する趣味をばらされたくなくて、ジェンマの共犯として自殺の偽装工作をした。
一体、誰がこの噂を流したのだ?
ファウストが女子トイレに入った事は公表されなかった為、自然発生した噂ではない。
クロリンダの家族か?
アナスタシアか?
菊花か?
それとも……?
誰にせよ、あんまりではないか。
ジェンマの方が罪が重いのだぞ?
「仕方が無かったんです」
王宮を訪れ、アナスタシアと菊花に尋ねると、菊花がそう口を開いた。
「どういう事だ?」
「ファウストさんが事後共犯になった理由を、公表しなかったからです」
「ああ。ダリラを守る為だったな。クロリンダを慕っていた者達に虐められない様にと」
「そう。その所為で、ファウストがジェンマに惚れていたんだろうと言う噂が立ったの」
アナスタシアが言うその噂を私は聞いていないが、王都だけで留まったのか?
「ジェンマに惚れていたなんて事が通説になったら、可哀想じゃないですか」
「女子トイレを使う趣味があったと思われた方が、余程哀れだが。しかも、覗きの趣味もあったに決まっていると思われつつあるようだが」
ファウストの家族も、居た堪れないだろう。
「ファウストさんにとっては、ジェンマに惚れていると思われる位なら、変態だと思われた方がマシなのでは?」
「変態と思われた方がマシとは、流石に思わないのではないか?」
「女子トイレ内で女性を叱りたいって、充分変態だと思うのですが」
「いや、それは……体調不良で倒れているなら至急助けなければと思ったのでは?」
「そんな自供は、無かったわね」
本当ならば 何故、取り繕わなかったんだ?
「エイドリアン様なら、ファウストさんが事後共犯になった理由を何にしますか?」
「ダリラ以外で、事後共犯になる動機か……」
ジェンマに弱みを握られて……?
ジェンマが知り得る弱みとは?
「思い付かないが、やはり、変態だと名が知れ渡るよりは、ジェンマを愛していたと思われた方がましだと思う」
「そう。じゃあ、改めて噂を流したら良いんじゃないかしら?」
「そうしよう」
「ジェンマを愛していて、女子トイレを使う趣味もあったと言う事になりませんかね?」
菊花が、嫌な予想をする。
「最初に、ジェンマに惚れていたと言う噂があったのだから、既に両方合わせた噂があってもおかしくないと思うけれどね」
「そうだったな……」
調べさせた所、アナスタシア達の予想通りの噂に変じつつあり、ファウストの名誉は回復出来なかった。