1:嵐に閉ざされた館
エイドリアン視点です。
全ての手掛かりが読者に提示されないかもしれませんが、難易度がとても低いので、問題無いでしょう。
それと、トリックは簡単過ぎて解くまでも無いので、考えなくて大丈夫です。
殺人犯は誰なのか、これだけ推理してください。
◆事件の舞台と其処に集まった経緯◆
私の名は、エイドリアン。
この国の、元王太子である。
自らの愚かさにより廃嫡された私であるが、亡き母上から継承した伯爵位を取り上げられる事は無かった。
母の実家は、母の存命中に流行り病で絶えたのだ。
故に、母上が伯爵を襲爵していた。
それを、母が亡くなった後、私が襲爵したのである。
尚、父上も別の伯爵位を有している。
それはさて置き、私は今、友の招きを受けて彼の別荘を訪れていた。
独りではない。
菊花と言う異世界人も一緒だ。
彼女は、私の婚約者を私の恋人が殺害したのは、自己防衛による事故ではなく計画的犯行だったと暴いた女性だ。
私は恋人が吐いた嘘にまんまと騙され、婚約者を嫌ってしまったのだ。
しかも、殺されそうになったと言う嘘も見抜けず、命を奪われた婚約者に、王太子殺害未遂の罪を着せようとしてしまった。
廃嫡されて当然である。
あの事は、悔やんでも悔やみきれない。
恋人の計画的犯行を暴いた菊花を逆恨みしなかったと言えば、嘘になる。
だが、彼女のお陰で、私が婚約者に着せた汚名は広まる前に晴らされたのだ。
「うわ。降りそう」
菊花が見上げる空には、黒い雨雲の急流が一面に広がっていた。
先程から強い風が、私達の服をはためかせている。
湖は波立ち、転覆するかと思った程だ。
幸いにも、船は転覆せずに我々は島へと降り立つ事が出来た。
「急ぎましょう」
従者のチェルソに促され、私達は、島の中央に建つ友の別荘に急いだ。
飛ばされそうな菊花を引っ張りながら走り館に入ると、友が出迎えてくれた。
「ようこそ。エイドリアン。済まない。こんな天気になるとは思わなくて」
「気にするな。一月後の天気など、判る筈も無い」
彼とは幼い頃からの仲で、名をダヴィデと言う。
会うのは数年ぶりだが、髪型にも体型にも変わりは無い。
彼が寄越した手紙に、噂の異世界人を見たいと書いてあったので、菊花を連れて来たのだ。
「彼女が、異世界人だね?」
その時、雷光が辺りを照らした。
ダヴィデの言葉で菊花に振り向いた私は、彼女が急いで耳を塞ぐのを目にした。
直後、予想外の大きさの雷鳴が轟き、私は驚いて肩を竦めた。
大粒の雨が窓に叩き付けられ、館は本格的な嵐に閉ざされた。
◆客室◆
「ところで、我々が最後か?」
「ああ。そうだよ。先ずは、部屋へと案内しよう」
玄関ホールに、二階への階段が二つある。
向かって左の階段を上り、右の階段と共通の踊り場を通り、更に左の階段を上る。
一番奥が最も身分が高い客用の部屋だった。
「私が此処で良いのか?」
「別に、構わないさ」
室内は三つに分かれ、居間・従者の寝室・主の寝室とされている。
従者の寝室は、通路の分狭くなっている。
廊下から出入り出来るのは、居間だけだ。
「菊花嬢の部屋は、隣だよ」
此処に案内される間に、菊花の紹介は済ませてあった。
私と菊花が案内された部屋の他に、客室は四部屋ある。
他に四名招待していると手紙に記されていたので、客室に空きは無いだろう。
「夕飯まで、部屋で寛いでいてくれ」
「ああ」
ダヴィデが去ると、チェルソは寝室に向かい、鞄の中身をクローゼットなどに移し始めた。
私は暖炉の前の椅子に座り、嵐は何時去るのだろうかと考えていた。
寝室から出て来たチェルソが、お茶を入れてくれる。
「季節外れの嵐ですね。凶兆でなければ良いのですが」
「そうだな」
不作も心配だが、流行り病も怖ろしいものだ。
後は、火山噴火だな。
後に思ったのだが、この嵐は、これから起こる事件の凶兆だったのかもしれない。