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番外編・レイの好み

注意! やや下ネタです。

こちらは以前、活動報告に載せたお話です。



「これでラスト!!」 

 レイが叫んで、最後の一匹の魔獣の首を切り落とした。

 辺りは小型魔獣の死骸が散乱している。巨大でないぶん攻撃力は弱めだけど、動きが素早く魔法攻撃が効きにくいうえ、群れで出現するやっかいな種だ。レイとのふたり旅、たまたま立ち寄った宿場町のど真ん中で遭遇した。


 どこからか拍手が起きる。建物内に避難した人たちだろう。

 タタタッと軽い足音がして、可愛らしい女性が飛び出してきた。十七、八歳くらい。私たちが来たとき彼女は、魔獣に噛みつかれる寸前だった。危ういところを救ったの私じゃない。レイだ。


 女性はレイに一目散に駆け寄る。

「ありがとうございます!」甲高い、興奮した声。

「おう、危機一髪だったな」にかりと笑うレイ。

「私の父は町長です」と女性。「今日はぜひうちにいらっしゃってくださいな! 父と共に歓待します!」

「そうか? じゃあ、ありがたく招待を受けよう。コレを片付けたらな」

「はい!」

 レイってば、また勝手に決めて。


 彼と一緒に魔獣退治をするようになって半年。気が合うし、なにより仕事がやりやすい。まるで何十年も前から共に魔獣と戦ってきたかのように、息がピッタリ合う。お互いに最高の相棒と思っている。


 でも欠点がない訳じゃない。今みたいに、レイは他人の意見を聞かずに決めてしまうことが多々ある。悪気はなくて、単に私も同意見だと思っているからだ。


 笑顔のレイが歩み寄ってくる。突き出される拳。私も手を丸めて、タッチする。

「やったな」とレイ。「久々に夜は豪華ディナーだ」

 まったく。私がイヤがっているとは露ほどにも思っていないのだから。かといってなぜイヤなのかを説明したくはないので、拒否はしない。 


「レイの目的は彼女だろ?」それだけを言う。

「目の保養」と彼はだらしない顔をして小声で答える。「あの胸はすごい」


 町長の娘を盗み見る。ボリュームたっぷりの胸がたゆんたゆんと揺れている。


「確かに」

 話を合わせてうなずく。本当はまったく興味がない。なにしろ私は女だから。認識変更魔法を使って隠しているけど。


 なにも知らないレイは、私を男だと思っている。だから平気で好きな女のタイプなんかを話してくる。

 タイプ、イコール体つきで、それは彼女のような立派な胸だ! サイズはどうで触り心地はこうでといったディープな内容をレイは時々熱く語る。

 こっちは花も恥らう乙女だというのに。


 ……まあ外見は男だし、男だらけの対魔獣騎士社会で長年過ごしているから、乙女と言うのは図々しいかもしれないけど。


 それにレイは口ではあれこれ言うけど、それだけ。女遊びはしない。もしかしたら私が気づいていないだけで夜、宿を抜け出して遊んでいるのかもしれないけど。少なくとも私が見ているところでは、遊んでいない。


 そこは大いに助かっている。

 私はレイが好き。だから目の前でいちゃつかれるのはイヤだ。


 実は女性だと名乗り出る気もないのに、ずいぶんとワガママな感情だとは思う。でも仕方ない。こんなに誰かを好きになるのは初めてなんだもの。できることならずっと、レイと魔獣退治の旅をしていたい。だけど無理なことだ。

 私は王子と婚約中で、いずれ結婚しなければならないから。


 できることなら出奔でもして逃げてしまいたい。でもそれではお父様やお兄様に迷惑がかかる。国王が決めた婚約だから、下手をしたら家門取り潰しになってしまう。大好きな家族をどん底に叩き落としてまで、この恋を貫きたいとは思わない。


 ちらりとレイを見ると、黙々と魔獣の死骸に魔法を掛けて片付けている。決まった術をかけると死骸は消えて、代わりに小さな宝石が現れる。フリーランスの場合はこれが収入になるから、片付けは面倒だけど大切な作業だ。


 少し離れたところでは、町長の娘がレイに熱視線を向けている。だけどレイは気づいていないのか、魔獣しか見ていない。さっきはあんなに鼻の下を伸ばしていたのに。


 ほっとする。

 一緒にいられるのはあと数ヶ月。その間だけは恋愛や劣情よりも、仕事と友情を優先してほしい。

 ワガママな願いだとはわかっている。でもレイに伝えはしない。心の中で思うだけだから、願うくらいは許してほしい。


 レイがこちらを見る。バチリと合う視線。

「どうかしたか?」

「いや、別に。――数が多いなと思って」

「そうだな」とレイ。「ヴァルと俺でなければ倍の時間がかかっただろう」

「さすが俺」と私。

「いや、俺のほうが多く倒したし」

「自惚れ。俺だね」

「なにを言う」

 やいやい言い合いながらも、手早く死骸を片付けていく。


 ここ半年の、いつもの日常

 辺りが血なまぐさくても私にとっては、幸せな時間――。



 ◇◇



「そういえばレイってさ」

 ふと思い出してラウレンツを見る。ロランディ邸の中庭で、鍛錬の合間の休憩時間。

「女性の胸が大好きだったよね」

 冷えたお茶を飲んでいたラウレンツが、ブッと吹き出した。

「汚いなあ。ほら」

 テーブルにあったタオルをとって王子に放る。

「最近、語らないよね。やっぱり私に遠慮しているの?」


 我が婚約者は微妙な面持ちでタオルで口周りを拭いている。


「ごめん、立派な胸じゃなくて」

 けっして小さくはないけど大きくもない。好事家としては残念だろう。私もツラいところだ。


「あのなあ、ヴァネッサ」とラウレンツ。「俺をなんだと思っているんだ。婚約者に性癖を語る痴れ者だと?」

「そうじゃないけど。あれだけよく語っていたのに、今はさっぱりだから」


 ラウレンツはため息をついて、タオルをテーブルに戻した。こころなしか頬が赤い。

「あれはワザとだ」

「いやいや、今更誤魔化さなくていいよ」

「誤魔化してないって。――まあ、もちろん嫌いじゃないけど。いやむしろ好きだけど」

 視界の隅で侍従が頭をガクリと下げた。きっと公爵令嬢に向けて言うセリフではないと、悲しんでいるのだろう。


 それは見なかったことにして――

「ほらやっぱり」とラウレンツに言う。

「だけど頻繁に話題にしていたのは、ワザとなんだってば」

「どうして?」

「ヴァルに好きな気持ちがバレたら、逃げられるかもしれないと思っていたんだよ。親友の立場でいいからギリギリまで一緒に旅をしたかった」

「――もしやおっぱいのないヴァルには興味ありませんよアピールだった、ということ?」

「そのとおり」

「本当かなぁ」

「本当だ!」

「いいよ、そういうことにしてあげる」

「あのな――」


 言いかけたラウレンツの口に人差し指を当てる。


「『ギリギリまで一緒にいたかった』というのは嬉しい。私も同じ気持ちだったから」

 婚約者の顔がほころぶ。

「ヴァルとのふたり旅は最高に楽しかった」

「うん、ずっと続いてほしかった」

「早くまた魔獣退治に行きたいな。――ふたりだけで」

「私も。でも他の女の子にニヤケていたら、容赦しないから。覚えておいて」

「するわけないだろ。ヴァネッサしか目に入らないよ」


 ラウレンツが私の頬にちゅっとキスをする。

 お返しに私もラウレンツの頬にちゅっとする。


「――思うんだ」と彼が真面目な顔で言う。「あのころ出奔してヴァルとの旅を続けることも考えていたけど、そうしなくてよかったな、とね」

 ラウレンツのゴツゴツとした指が頬を撫でる。

「令嬢としてのヴァネッサに出会って、ますます君を好きになった」

「そうね、私も。ラウレンツ王子は予想外に素晴らしい人だった」

「ちょっと待て。元々はどう思っていたんだ」

「美貌を鼻にかけた、つまらない王子」


 ふはっと吹き出す音。侍従を見ると、急いで表情を整えている。だけど私と目が合うと、降参したかのように肩をすくめた。

「事実と対極です」と侍従。

 うむ、とうなずくラウレンツ。

「ですが」侍従がことばを継ぐ。「そのほうが我々はずっと楽だったでしょう!」


「ひどいぞ、お前!」ラウレンツが声をあげる。「いつ俺が侍従たちを苦しめた」

「普通は王子とその妃がふたりきりで魔獣退治の旅になんて出ないんですよ!」叫ぶ侍従。「どうせ止めても聞かないのでしょう?」

「当たり前じゃないか」ラウレンツが私を見る。「なあ?」

「ええ」


 あああと侍従が頭を抱える。

「結婚したら落ち着くと思っていたのに、倍になる!!」


 ……なにが倍になるのかは、尋ねないでおこう。


「ラウレンツ。鍛錬、再開しましょ」

「そうだな」

 テーブルから離れる。


「そうだヴァネッサ」とラウレンツ。

「なあに」

「今俺が触りたいと思う胸も、ヴァネッサのものしかないから安心しろ」

「そう。良かった」

「なんて会話をしているのですか……」

 侍従の嘆きが聞こえる。


 でもいいじゃない。婚約者一筋の王子。マナーに外れるとしても、素晴らしい人だもの。侍従たちはわかっていないなあ。


 《おしまい》





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