フウカにサプライズを
意外と早く出会いました。
試着室にいるということは、現在のエリィは私服姿だということだろう。もしくはフウカの服を着ている最中か。
どちらにせよ受付嬢姿でない珍しい姿だということだ。着替え終わるまで待たせてもらおう。
と思ったのだが、私が店に訪れたことで妙に慌ててしまっている。
大丈夫だろうか?フウカにちょっと聞いてみよう。
「大丈夫かな?」
「少々失礼します」
再開したフウカの髪質は以前会った時とは比べ物にならないほど良くなっている。全体的に艶があるし、柔らかくなっていたのだ。
私がこの店兼家に設置した風呂と一緒に置いておいた洗料を使ってくれているのだろう。
エリィの状態をフウカに尋ねると彼女は私に対し恭しく頭を下げ、試着室へと入っていきエリィを宥め始めた。
「ふぉっ!?フ、フウカサン!?ナンデ!?」
「落ち着いてください、エリィさん。お手伝いいたします」
「よ…!よろしくお願いいたします…!」
効果は覿面だったようで、彼女はすぐに落ち着きを取り戻して着替えも終ったようだ。
試着室のカーテンが開かれ、着替え終わったエリィの姿が露わになる。
着ている服は真新しいし、試着している服なのだろうな。
エリィが現在試着している服はフウカの魔力で生み出された糸で編まれた服ではないようだ。主に綿が素材となっていて所々に絹が使用されていると言ったところか。
絹を使用されている部分は艶があり光を少なからず反射しているため、良いアクセントになっている。
似合っているし褒めておこう。
「あ!わ!ほ、ホントにいる!あ、お、お久しぶりです…!」
「久しぶり。その服は試着した服かな?似合っているよ」
「あ、ありがとうございまひゅっ!」
何だか懐かしいな。エリィと出会って間もない頃も、こんな感じの反応をされてた気がする。本来の性格はあがり症なのだろうか?
「今日は休みだって聞いたからもしかしたら会えないんじゃないかと思ったよ」
「え、えっと…ノア様は今回はどの程度この街にいらっしゃる予定で…」
「今回この街に来たのは寄り道がメインだから、明日にはこの街を発つよ」
「そ、そうですか…」
露骨に残念そうな表情になってしまったな。
どうせなのだから食事にでも誘いたい所ではあるが、生憎と昼食も夕食もウチの子達と食べる以上、エリィをどうこうさせるのは色々と拙い。
アクレイン王国に到着するまではウチの子達の姿を透明化させておく以上、私達の食事風景は不自然に料理が消えてしまう光景になってしまうのだ。
勿論周囲にはそれとなく偽装しておくので私達の食事風景を離れた場所から見た場合は不思議に思われないだろうが、同じ席で食事をする場合、その限りではないのだ。
加えて、昼食にはホーディが用意してくれたお弁当がある。
公園にでも移動してみんなで食べようかと思ったのだが、これもまたエリィや他の知人を加えた状態で行えば不可思議な光景を目の当たりにしてしまうだろう。
そう言うわけだから、食事に誘うのは最初からあきらめている。
そのため、私は別の誘いをエリィとフウカにするつもりだ。そう、最近この街に出来上った風呂である!
この街で親しくなった者達と一緒に風呂に入るのだ!
「どう?今晩一緒に風呂屋に行かない?」
「素晴らしいお考えです!是非ご一緒させてください!」
「え?あの、フウカさん!?」
フウカは私と一緒に風呂に入れると知って素直に喜んでいるが、エリィはかなり動揺してしまっている。何か問題があるのだろうか?
「いや、問題と言いますか、その…。ノア様と一緒にお風呂に入るのはちょっと…」
…私とは一緒に風呂に入りたくないのか。
………なぜっ!?
かなり親しいと思っていた相手から一緒に風呂に入るのを拒否されたのは初めてだったから、かなりショックなのだが!?
一体、どうして私と風呂に入るのが嫌なんだ!?
「ああいえ、ノア様が悪いわけじゃないんです!本当です!ただ、ノア様に裸を見せるのが恥ずかしいと言いますか…」
「気にしなくて良い。私は気にしない」
「そんなこと言われたって無理ですって!私はフウカさんみたいに美人じゃありませんから!」
なんてことを言うんだ。
フウカの器量が整っているのは確かにその通りではあるが、だからと言ってエリィの見目が整っていないわけではないのだ。
そう言えば、エリィは自分にあまり自信を持てないタイプだったな。
ここは1つ、これでもかと彼女の魅力を伝えて彼女がどれだけ周りを魅了しているか分からせた方が良いのかもしれない。
ここがフウカの店で助かった。偶には配下に主っぽい振る舞いができるというものだ。
「フウカ、思い知らせてあげなさい」
「承知いたしました。さ、エリィさん。どうぞこちらへ…」
「え?へ?な、なんですか?私、何処へ連れて行かれるんですか…?」
フウカも私の指示にノリノリでとても楽しそうである。
有無を言わさぬ態度でエリィの背中を押して店の奥へと連れて行ってしまった。
おそらく、フウカのことだから店の奥でエリィの自作の服をこれでもかと着せて見せるのだろう。ついでに化粧も施すのかもしれないな。
いずれにせよ、フウカに任せておけば多少疲れはするだろうがエリィも少しは自分の認識を改めるだろう。
私はフウカが戻ってくるまでの間、店の服を物色させてもらうとしよう。
〈なるほど~。流石、ノア様の服を手掛けてるだけあって腕が良いね~!見てて楽しい!〉
〈今後作る服の参考になったかな?〉
〈バッチリ!ねぇノア様?今回は彼女と私を会わせるつもりなんだよね?〉
フレミーもフウカの服の出来栄えを気に入った…というよりも認めたようだ。服の出来栄えを通してフウカの仕立て屋としての腕前を理解したのかもしれない。
尤も、フレミーには私がフウカから受け取ったり購入した服を一通り見せているので、ある程度は認めていたとは思うが。
フウカの店に来たのは何もフレミーと会わせることだけが目的ではない。
フウカの店兼家に私が設置した風呂の使い心地を聞かせてもらいたいし、魔王国で手に入れたベルガモスの絹帯を渡すためでもあるのだ。
彼女がベルガモスの絹を使用した場合、どのような服が生まれるのか、非常に楽しみである。
じっくり時間を掛けて製作してもらい、今回の旅行の帰りにでも再びこの店に立ち寄り受け取ろうと思っている。
店の奥から戻って来たエリィはやや挙動不審ながらも多少は自分の評価を改めたようだった。
戻ってきた彼女の服装は試着していた服とは違い店に来た時に来ていた服に着替えたようで、別の服を着ていた。
「ワタシ!カワイイ!ワタシ!ビジン!」
「そうです、エリィさんは可愛くて美人です!さぁ、もう一度!」
「ワタシ!カワイイ!ワタシ!ビジン!」
これは俗に言う洗脳と言うヤツではないだろうか?いや、しかし無理矢理言わせているわけではないようだし、自我はちゃんと残っているようだ。
やや頬が赤く染まっているのは、照れているからだろうか?
「今晩一緒に風呂に入ってもらえるかな?」
「ハイ!ダイジョウブデス!イッショニハイリマス!」
「…フウカ、これ、本当に大丈夫?」
「少々刺激が強すぎたかもしれませんが、問題はありません。エリィさんは自分の意思でノア様の質問に答えています」
フウカがエリィに何をしたのか少し気になるところではあるが、少なくともエリィに自己肯定感を高めさせることには成功したようだし良しとしよう。
その後エリィは試着していた服に加えてその他にも何着か服を購入して店を出て行った。
その頃には正気に戻っていて私との会話も問題無くできていたので、やはり気にする必要はなかったようだ。
店を出る時の嬉しそうなエリィの表情が印象的だった。
ただ、店を出た直後外で待機していたリガロウを目の当たりにして驚かせてしまったのは少し悪いとは思った。
さて、エリィが退店したことで店の中には私達とフウカしかいなくなったわけで、彼女の態度も福屋の店員から私の配下としての態度に変化した。
「お久しゅうございます。こうしてお目に掛かれましたこと、更には私にご命令を掛けて下さったこと、至上の喜びでございます」
「うん。元気そうだね。ところでフウカ、今日は色々と貴女に用事があってね」
「私にですか?」
不思議そうな表情をして小さく首をかしげるフウカの様子は、異性が見たら鼓動が跳ね上がるのではないかと思わせるような魅力があった。要するに、可愛らしかった。
先ずは風呂に関してだな。私に変わってこの街の風呂屋の建設でアレコレと動いてくれたようだし、礼を言わないわけにはいかないだろう。
「本当にありがとうね。早速今晩利用させてもらうよ」
「とんでもないことでございます。それに、望外の報酬も前払いでいただきました。一足先にあれほど素晴らしいお風呂を体験できたうえ、上質の洗料まであれほどいただけたのですから…。頑張らないわけにはまいりませんでした」
何か礼を使用と思ったのだが、この店兼家に設置した風呂と洗料がフウカにとっては前払いの報酬として捉えられていたようだ。
使い心地もかなり良かったらしい。両手で頬を抑えて喜びを表現している。
「気に入ってもらえたようで良かったよ。それで、今晩は一緒に風呂屋に行ってくれるって事でいいんだよね?」
「勿論です!ノア様に提供していただいた施設も最高ではありますが、流石に2人で楽しむには少々手狭ですから…。それに、ノア様はエリィさんだけでなく他の方ともお風呂を楽しみたいようですし」
その通り。
私がフウカとだけ風呂を楽しみたいのであればこの店兼家で一緒に風呂に入ればいいだけだ。…1人用の風呂として制作したからやや狭くなってしまうが。
ただ、そんなことよりも私はフウカだけでなくエリィやシンシア。エレノアやジェシカとも風呂を楽しみたいのだ。だったら風呂屋を利用するしかないだろう。
「時間としてはシンシアに会わせるつもりだから、少し早くなるかもしれないね。フウカには『通話』で連絡を入れるよ」
「承知しました。ご連絡をお待ちしております」
ああ、しまった。エリィと一緒に風呂に入る約束はしたものの、彼女が風呂に入る時間帯が分からないじゃないか。
これでシンシアと風呂の時間が完全にズレていたら皆で一緒に風呂を楽しめなくなってしまう。
今更エリィを追いかけるのも変だし、どうしたものか…。
ああ、そうだ。エレノアとも一緒に風呂に入りたいのだから、後でエレノアに声を掛ければ良いのだ。それで時間を合わせよう。
いくらシンシアが子供だから早い時間に風呂に行くとは言え、宿の仕事の手伝いがある以上、私が夕食を終えてから図書館で少し本を読む余裕ぐらいはある筈だ。
今回はウチの子達を連れてきているから、夢中になって時間を忘れるという心配もない。完璧だな!
よし、風呂の件はコレで良いだろう。次の話をするとしよう。
「フウカ、私が先月何処へ行っていたか、知ってるかな?」
「はい!それはもう!今月の始めに魔王国から世界中に向けて通達があった時は、少なくとも魔大陸中で大騒ぎになりました!」
魔王国は予定通り私とルイーゼの関係を世界中に通達したようだ。おかげでそれからの数日間は国中でお祭り騒ぎになっていたそうだ。
エリィが私の来訪を知って慌てだしたのも、この情報が原因と考えてよさそうだ。
しかし、それにしては子供達の反応が今まで通りだった気がするが…。
まぁ、気にしても仕方がないだろう。気になったら風呂に入った時や夕食時にでもシンシアから聞けばいいのだ。
それよりも、魔王国のことを知っているのならば、話は早い。
「魔王国で色々な物を見てお土産として購入してね。フウカにもお土産があるんだ」
「まぁ!過分なお気遣い、感謝に堪えません!」
「喜んでもらうのは、コレを実際に受け取ってからにしてもらいたいかな?」
そうとも。喜ぶのはまだ早い。実際にベルガモスの絹帯をその目にしてどんな反応をするか見せて欲しい。
「………」
『収納』から品物の一部を取り出してフウカに渡すと、フウカが硬直してしまった。
「フウカ?」
「………」
まいったな。ベルガモスの絹帯は私が想像していた以上にフウカに衝撃を与えてしまったようだ。
どうすれば彼女の正気を戻せるだろうか?
〈より大きな衝撃を与えれば意識も回復するだろうし、抱きしめて頭を撫でてあげたら?彼女はそれで凄く喜ぶんでしょ?〉
流石はフレミー。良いアイデアだ。早速フウカを抱きしめさせてもらおう。ついでに洗料を使用した彼女の髪質を確認させてもらうとしようじゃないか。
「っ!?…ノ!ノア、様!?」
うん。健康状態や体型に変化はまるでないな。体型維持には気を遣っているのかもしれない。
それよりも、触れてみて尚更理解できる髪質の向上っぷりだな。以前ドライドン帝国で頭を撫でた時とまるで違う。今の方が断然撫で心地が良いな。香りも良い。
「あ、あの…!一体、何を…!?」
「ん?フウカが固まってしまったから、こうすれば意識を戻すんじゃないかってアドバイスを受けてね。ソレは気に入ってくれた?」
意識も取り戻したようだし、そろそろ離れても問題無いだろう。
というか、これ以上抱きしめて頭を撫で続けたら鼻血を噴き出しそうだったので抱きしめていたくても離れざるを得ないのだ。せっかくのベルガモスの絹帯に血が付いてしまう。
「気に入ったとかそういう話ではありませんよ!?ベルガモスの絹と言えば、魔王国でのみ生産されている、魔王国でも最高級の素材ではありませんか!?それを…!このようにまとまった量渡していただけるなんて…!私は…私は…っ!なんて幸せ者なのでしょう…!!!」
フウカから離れて絹帯についての感想を訪ねたら、珍しく動揺した反応を見せてくれた。
こんなフウカの様子を見たのは、ベルベット生地を渡した時にも見たことが無い。
それはそうと、プレゼントはとても気に入ってくれたようだ。
この様子ならば、渡した素材で素敵な衣服を制作してくれるのは間違いないだろう。
では、そろそろ本題に入るとしようか。
〈ウルミラ、フレミーの分だけ頼める?〉
〈はーい〉
ウルミラに頼み、フレミーに施されている透明化を解除してもらった。
フウカに、フレミーを会わせてあげるのだ。
さて、どんな反応をするかな?
フウカさんはまだ衝撃から立ち直っていなかったりします。




