落ち着くためのティータイム
モフモフを前に気が気でないので落ち着くための時間を作りましょう。
アリシア、気持ちよさそうにしているなぁ…。とても幸せそうだ。
今はウルミラの毛並みに夢中になっているが、ラビックやレイブランとヤタールも混ざったらどういった反応をするのだろうな?やはりルイーゼの時のようなだらしのない表情をするのだろうか?
「だぁれがだらしのない顔よ。言っとくけどアンタもそう変わんないからね?」
「自分のことは分からないからなぁ…」
だらしのない顔といったことに対してラビックを抱きかかえてルイーゼが苦情を訴えてきた。
彼女は私も似たような表情をしていると言っているが、そんなことは承知の上だ。私は別にだらしのない表情をしているところを他者に見られたところで何とも思わない。
というか、苦情は言うがラビックは抱きかかえるんだな。
「それとこれとは話が別よ。レイブランちゃんもヤタールちゃんもノアの肩がお気に入りみたいだし」
〈どんな止まり木よりもしっかりしてるんですもの!〉〈仕方がないのよ!安定感が段違いなのよ!〉
広場から移動を開始してからというもの、彼女達は特に用件が無ければほぼ私の両肩に止まっている。ルイーゼはそれが羨ましいようだ。
私としても彼女達が両肩に止まってくれているのは嬉しいのだが、ルイーゼを始めとした同行のよしみにもこの感触を味わってもらいたいと思っているのも事実だ。
で、レイブランとヤタールがよく私の両肩に止まっている理由が、単純に安定していて楽ができるかららしい。つまり、止まり木だな。
勿論、慕ってくれているのは分かっているし、決して下に見られているわけでもない。彼女達は心地いいから私の両肩に止まってくれているのだ。
「キュキュルゥー…」
「あーあ、ルイーゼがラビックばっかり構うから、リガロウが拗ねちゃった」
見ての通り、ルイーゼのお気に入りはラビックだ。なにかとあの子を抱きかかえていることが多い。
確かに、私もラビックの見た目はウチの子達の仲でもかなり可愛いと思っている。
加えてルイーゼはラビックに稽古をつけたりもしているからな。他の子達よりも愛着がわいているのだろう。
ただ、稽古をつけられているのはリガロウも同じである。その上この子はまだ子供、幼竜だ。ルイーゼから構ってもらえずに悲しそうな鳴き声を上げている。
可哀想に。優しく撫でて気を紛らわせてあげよう。
「ご、ゴメンって!リガロウが可愛くないわけじゃないのよ?ただ私もアリシアも、モフモフした子が特に好きってだけの話なの!」
「すぅーーーーーっ!」
ルイーゼがリガロウを慰めているが、それでもラビックを抱きかかえるのをやめるつもりはないらしい。
そしてアリシアなのだが、ウルミラの背中に顔を埋めて思いっきり息を吸い込み始めた。
〈ご主人やルイーゼ様もだったけど、みんなそれやるよね?好きなの?〉
好きだぞ?洗料以外の、ウルミラ独自の香りがするからな。というか、ウルミラだけでなく他の子達の匂いも良く嗅いでいる。
毛皮に顔を埋めて深呼吸すると、とても心が満たされるのだ。
「はぁ~…至福ですぅ~!フローラルな香りの中に仄かに香る森と獣の香り…。そして顔に直接伝わって来るこの温もりと鼓動…!堪りません~…!」
「分かるわぁ~!そんでもってこの毛並みの良さ…!スベスベでツヤツヤでサラサラな毛並み!いつまでも撫でてたくなるのよねぇ…!」
「「幸せぇ~!」」
私も幸せだとも。ここにはウチの子達と、リガロウと、同好のよしみがいる。至れり尽くせりと言って良いだろう。
「あの…私は?」
「加わるだけ野暮、かな?」
残念ながら、この状況で宰相が口を挟んだ場合、ルイーゼとアリシアの2者から顰蹙を買うのではないだろうか?
2人が落ち着くまでもう少し待ってあげると良い。私はその間、紅茶でも淹れておくとしよう。
「あ、紅茶でしたら私が淹れますよ?陛下へのお茶はいつも私が用意していますから」
「そう?それじゃあ頼むよ。ルイーゼが信頼しているその手並み、拝見させてもらおう」
「お任せください。必ずや、ノア様の舌を満足させて見せましょう」
ルイーゼは紅茶の味に非常にうるさいらしいからな。
一応、私が彼女に振る舞った紅茶はどれも及第点をもらえていたが、それだけの評価をされる者はそうはいないらしい。
宰相の紅茶の腕は、そんな彼女の舌を満足させ続けている腕前なのだ。期待が高まるというものである。
紅茶も入り、ルイーゼもアリシアもウチの子達から離れてティータイムと相成った。
お茶請けにはスコーンを用意したようだ。収納空間に入れていた物ではないな。先程焼き上げたのだろう。魔王国で採れる果物を用いたジャムも付いているな。
香りからして分かる。あのスコーンは美味い。
紅茶を淹れるとは言っていたが、お茶請けまで用意していたとはな…。しかも私達だけでなくしっかりとウチの子達やリガロウの分も用意してくれている。
宰相、ユンクトゥティトゥス。侮れない男だ。
「お待たせいたしました。どうぞ、ごゆっくり」
「貴方はいいの?」
「この素晴らしき空間に混ざるような無粋な真似、私には到底できませんとも。むしろ、少し離れた場所から眺めていたく存じます」
紅茶とお茶請けを配り終えると、宰相はその場を離れて壁際に待機し始めた。私達と紅茶を飲む気はないようだ。
その様子は、宰相というよりも執事のように見えてくるな。
変わった男だ。
だが、紅茶を楽しんでいるルイーゼやアリシアの様子を見ている表情は非常に満足気だ。
では、私も宰相が淹れた紅茶を楽しませてもらうとしよう。
…うん、いい香りだ。茶葉は魔王国産のようだな。ここまでの旅行で購入させてもらっているし何度か淹れてもいる。
苦味と渋みが少なく、それでいて旨味があり、ほのかに甘い。コレがルイーゼのお気に入りの味だ。
お茶請けであるスコーンの味も文句無しに美味いな。
表面サクッと中身はしっとり。スコーン単体でも楽しめる味だ。これにジャムをつけて食べれば…うん、お見事。
果物の香りと強烈な私の甘みが舌を刺激する。そこにスコーンが加わることで甘さが緩和され、食べやすい甘さになっていく。この辺りの好みは、ジャムをつける量で変化させられそうだな。
で、宰相が私の方を見て見悶えているのだが…。
「おお…!なんと美しい…!名画をそのまま映し出したかのような光景が、今まさにここに…!」
「動作の一つ一つとっても、その全てが美しいだなんて…!ああ、私がここに同席して良いのかしら…!?」
「大袈裟ねぇ…。良いに決まってんでしょ?周りを見てごらんなさいよ」
私の周囲では提供された紅茶やスコーンを思い思いに口にしているウチの子達とリガロウの姿が。
皆紅茶よりもスコーンの方が気に入っているようだ。リガロウは既に2回お代わりをしている。
「サクサクしてて美味しいです!ジャムも好きな味です!」
「お気に召していただけましたこと、誠に恐悦至極に御座います。よろしければ、別のジャムもございますが?」
「食べてみたいです!」
「かしこまりました」
宰相はリガロウをとても気に入ったようだ。何というか、とても愛おしそうに見つめている。
ルイーゼから聞いた話だと、彼はかなりの高齢で何代にもわたって新世魔王を支え続けているのだとか。
そこまで行くと、彼にとってリガロウは孫とかひ孫とかそういうレベルではないのかもしれない。
なお、お代わりを要求したのはリガロウだけではない。そう、ウチの子達で食い意地が張っていると言えばこの子達、レイブランとヤタールだ。
凄まじい勢いでスコーンのみを食べ尽くし、ジャムがあることに気付いて慌ててお代わりを要求したのである。
アリシアや宰相は私の飲食の様子に感激していたようだが、私としてはウチの子達の美味そうにスコーンを食べている様子にこそ感激を覚える。見ていてとても微笑ましく、そして愛おしいのだ。
「「はぅう゛ん゛ん…っ!」」
「…もうそれ、一種の凶器よね」
「少しは耐性をつけて欲しいかな?」
アリシアと宰相が同時に胸を抑えて呻きだした。
この反応は以前も見たことがあるので不可解には思わない。
どうせ彼等は私の顔が尊かったとか言いたいのだろう。実を言うとルイーゼもニアクリフでの宴会時に似たような反応をしたことがあったのだ。
それが今では呆れた表情ができるようになっているのだ。つまり、慣れて耐性が付いたたのである。この2人にも同じように耐性をつけてもらいたいものだ。
この2人は真実を知る、いわば同士とも呼べる者達なのだから。
さて、紅茶もあらかた飲み終わり、アリシアも宰相も落ち着いてきたようだ。そろそろ五大神について聞かせてもらおう。
2人が落ち着いている間に、私も少し考えていたのだ。
果たして私が知るルグナツァリオの姿とアリシアの知る龍神の姿が同じかどうか、疑問に思ったのである。
「まずは、ルグナツァリオから。その姿がどのように映っているか教えてもらえる?」
「はい。かの龍神様の御姿は、空色の輝く鱗を持ったとても大きなドラゴンとして私達の脳裏に写っております」
「そのドラゴンというのは…アレかな?"ドラゴンズホール"に生息するようなドラゴンの姿ってこと?」
「ええ。違いがあるとすれば、龍神様には頭部に立派な黄金の鬣が生えているところでしょうか?」
やはりか。
人間からは人の姿として映っていると聞かされてもしやと思ったのだ。
魔族もまた、本来の姿とは別の姿として映っているのではないかと。
しかし、そうなると私が見たルグナツァリオの姿はどうなのだ?アレは本来の姿なのだろうか?実際に見てもらって感想を聞きたいところだが、そんなことをすればアリシアが卒倒してしまうのは間違いない。
あっそうだ。ルグナツァリオを龍神と呼んでいたのは魔族だけではなかったな。
少し確認を取ってみよう。
ここにいる者達に気付かれないように『通話』を発動させてヴィルガレッドに連絡を取る。
〈ヴィルガレッド、ちょっといい?〉
〈む?ノアか?どうした、今はあの娘っ子の国を堪能しておるところであろう。余に何か用があるのか?〉
そう、ヴィルガレッドはルグナツァリオを見たことがあると言っていたのだ。彼の見たルグナツァリオの姿が私の見た姿と同じならば、私の見た姿が本来の姿の可能性が大きくなってくる。
〈妙なことを聞くのぅ…。龍神様の御姿は、それはもう、神々しく、雄々しく、そして天を覆うほどに長く雄大な御姿よ。そなたが一番知っておろう〉
〈あー…うん。一応確認するけど、こういう姿で良いんだよね?〉
そう言ってヴィルガレッドにルグナツァリオの姿を思念で送り届ける。
〈おお!コレよ!この御姿よ!クカカ!龍神様の前ではそなたも豆粒よりも小さくなっておるな!〉
〈私が小さくなってるんじゃなくて、ルグナツァリオが大きいだけだから〉
失敬な。そもそも豆粒のような大きさだというのならヴィルガレッドと対峙した時点で既にそれほどの比率となっているだろうに。それに、大きさは既にアドバンテージではない。巨大な相手に対する対策は建てられているとも。
しかしそうか。ヴィルガレッドの知るルグナツァリオの姿も私の知る姿と同じだったか。
〈ドラゴン達もルグナツァリオのことは知ってるんだよね?彼等にも同じような姿で伝わってるの?〉
〈うむ。何を隠そう、この余が広めておるでな〉
ヴィルガレッドはドラゴン達にとって巫覡の役割も担っていたのか。
それにしては、初対面で私に宿っているルグナツァリオの寵愛の気配を感じ取れていなかった王だが…。
〈馬鹿者、感じ取っておったわ!余を舐めるでないわ。単に気が立って負ったから気にしなかっただけである〉
〈それはそれで駄目じゃん…〉
まぁ、それだけヴィルガレッドにとって卵が奪われ、あまつさえ卵が孵る前に命が尽きてしまったことが許せなかったのだろう。
〈ええい、既に過ぎた話であろうが!で、確認したかったのはそれだけなのか?〉
〈うん。魔族達もルグナツァリオを龍神と呼ぶけど、彼等の想像する姿は鬣が生えた貴方達に近い姿だったらしいからね。私の知る姿と違っていたから気になったんだ〉
〈ふぅむ、細かいことを気にするのぅ…〉
ヴィルガレッドは特に気にならないらしい。自分は本来の姿を知っているからどうでもいいのか、それともた種族のことに関わるつもりがないのか。
とにかく、五大神の姿がアリシアの説明通りの姿をしている可能性が低いことは理解した。
これから説明される五大神の姿は、種族が分かる程度に思っておこう。
キュピレキュピヌが鳳なのは間違いないですが、本来の姿とアリシアが知る姿は違っています。




