アトラクションに乗る前に
やっておきたいことがあるようです。
さて、ルイーゼは早々にこのエリアのアトラクションを楽しみたいようなのだが、10分程度で良いから待って欲しい。
私もこれから体験するアトラクションを十全に楽しむために、やっておくことがあるのだ。
「やっておくこと?10分くらいで何かできることってあるの?」
「勿論あるとも、さっき見つけたんだ」
そうして私が指を刺した先にあるのは、一軒の店舗だ。このエリアに関係するグッズを販売している店だな。
「これからグッズを買うつもり?構いはしないけど、そういうのってアトラクションを楽しんだ後にするものじゃない?」
「違う違う。私が欲しいのは、本だよ。このエリアのモチーフになっている物語に、目を通しておきたいんだ」
モチーフになっている物語。即ち小説が販売されているのは確認済みだ。
連載中の作品で、1人の魔族の少年が世界中を見て回る冒険譚だな。
1巻から最新巻まで販売されているようなので、アトラクションを体験する前に読破してしまおうという魂胆である。
何も知らないまま道のアトラクションを体験するのも悪くないかもしれないが、物語をテーマにしたアトラクションと言うのであれば、やはり元となった物語を知っていた方が没入感を得られてより楽しめる筈だ。
「いや、確かにそうだけどさぁ…。外伝含めて43冊分よ?全部読むつもり?」
「勿論。その方がルイーゼとも語り合えるだろう?」
今の私ならばその程度の書物、その気になれば10分程度で読み終わる。
ただ、普段はそこまでして早く小説を読む気は無かったりするが。
技術や情報、知識を網羅した書物を読む場合は自重せずに可能な限り早く書物を呼んでしまうが、娯楽のための物語なのだ。短時間で読み終えてしまったら勿体ない。
小説を読んでいる間は、登場人物に自分を重ね合わせたり、描写されている場面をじっくりと想像したりして物語に没入したいのだ。
まぁ、それでも一般人よりもかなり早く読み終わってしまうのだが。
一応、ルイーゼもこのエリアの元になっている物語を履修していると思ったのだが、正解だったようだ。
物語を語り合えると答えたら嬉しそうにしだした。
エリアの景観を見る目が、初めて見た時の感動と言うよりも、物語の世界を再現したことによる感心が強く感じたからな。物語を知っていなければそう言った反応はしないと思ったのだ。
「ま、まぁ、そうね。好きな物語について語り合えるって言う意の葉、魅力的な話よね。で、10分で読めるの?」
「うん。と言うわけで、ちょっと待っててね?」
43冊分の小説を10分間で読破できる件については何か言いたいことがある様子だったが、許可は貰った。アトラクションを楽しむためにも、さっさと全巻購入してすぐにでも読破して見せよう。
…と、思っていたのだが…。
私は今、腕を組みいかにも不機嫌そうな表情をしているルイーゼに睨まれながら、購入した本を読んでいる。
「…ちょっと?もう30分経ってるんですけど?」
「…ごめん、あと10分…」
「そのセリフ聞くのもう3回目なんですけど!?10分で読破できるんじゃなかったの!?」
できないことはないのだ。文章は読みやすいし、挿絵も加えられていることでより物語に没入しやすくなっている。
面白過ぎるのだ!10分で読み終わらせるのはあまりにも勿体ない!じっくりとこの物語を堪能したい!
「今ちょうどこのエリアの話のところだから…!この巻だけでも読ませて!」
「アンタねぇ…!」
いや、10分で読破すると言ったのにも関わらず、それを反故にしている私が悪いのは理解しているのだ。
しかし、面白いと感じた物語をタダの情報として一瞬で読み終えてしまうことが、私には耐えられないのだ。
とは言え、どれだけ言いつくろうとも私の我儘でルイーゼを不愉快にしたのは間違いない。これ以上彼女を不機嫌にさせないためにも、今手にしている本を読み終えてしまうとしよう。
しかし、困ったな。この街の7つのエリア。その全てがモチーフとなっている物語が今しがた読んだ物語と同じぐらい面白いというのだろうか?
見積もりが甘かったとしか言いようがない。どの作品も10分で読破したくないぞコレは。
「お待たせ。ねぇ、ルイーゼ。この街もやっぱり1日しか滞在できないの?」
「ん?どうして?」
「いや、1日で見て回るのは無理だろう?と言うか、この街のモチーフになっている7つの作品をじっくりと読みたい」
私の懸念は底にある。どうせこの街を見て回るならモチーフになっている作品を読破したいし、どうせ読破するのならじっくりと呼んで作品の世界に入り浸りたい。
それを終えてから各エリアの景観やアトラクションを楽しみたいのだ。
しかし、そんなことをしていたら1日では時間が足りないのだ。望めるのなら、3日間はこの街に滞在したい。
私の投げかけた疑問に対し、ルイーゼは非常に嬉しそうにしている。
「フッフーン!安心なさい!そういうだろうと思ってこの街での滞在時間は5日間を予定しているわ!それと、今回みたいに本を購入する必要はないわよ!モチーフになってる作品は私も全巻持ってるから!貸してあげるから複製しちゃいなさい!」
「…良いの?」
「良いの。ま、この街で売られてる小説の表紙はこの街限定の仕様だから、そういうのが欲しかったら後で買うこふぎゅっ!?」
私の親友は、どうしてこうも私を喜ばせてくれるのだろう?力いっぱい抱き着いてしまうぞ?腕だけでなく尻尾も使って抱き着いてしまうぞ?
嬉しさと愛しさと喜びが、私の心を支配する。
ああ、いけない。嬉しいからとルイーゼを力いっぱい抱きしめたら、また怒られてしまう。こういう時は、彼女から貰ったぬいぐるみを抱きしめるべきだろう。
ああ、なんてこった。ぬいぐるみを抱きしめようとしても不可能だ。私は既にぬいぐるみ以上に抱き心地が良いルイーゼを抱きしめてしまっている。今の私の精神状態で彼女を手放してぬいぐるみを抱きしめるのは、不可能だ。ルイーゼから離れたくない。
〈ご主人ー?ルイーゼ様苦しそうだよー?〉
〈姫様。お喜びのところ誠に申し訳ありませんが、これ以上の抱擁はルイーゼ陛下も不機嫌になるかと…〉
ラビック達が私を諫めてルイーゼを解放しようとしている。
…まだまだルイーゼに対して感情が抑えきれていないが、これ以上は本当に拙そうだ。ルイーゼを解放しよう。
「ぶっはぁっ!!ア…アンタって奴はぁ…っ!」
「…ごめん」
ああ、相当に怒っているな、コレは。理由は分かる。
こういう状況を避けるためにルイーゼはお気に入りのぬいぐるみを渡してくれたのだから。折角渡したぬいぐるみが効果をなさなかったら、渡した意味が無くなってしまうのだ。
今更ではあるが、ぬいぐるみを取り出して抱きしめておこう。
既に私とルイーゼがとても親密な関係になっていると魔王国中に伝わり広がっている筈だ。この数日間の間にルイーゼからぬいぐるみを渡されたと説明が付けられるのだ。
とは言え、ぬいぐるみを出すタイミングが遅すぎた。
「おっっっそいってのよ!最初から出しときなさいよ!」
「それは無理だよ…」
そもそもルイーゼの発言で感極まったのが抱きしめた原因なのだ。彼女が悪いと言うつもりはないが、私にも感情に任せて動く時があるということは理解してもらいたい。
「むしろ、アンタって感情でしか動かないでしょ…」
そんなことはないとも。今回のように感極まっている状況でもなけ…ってラビック達?目を逸らさないでもらえないかな?
「この子達は感情で動くって言ってるみたいだけど?」
「反省はしているんだよ?ただ、今後も感極まったらこうなることは了承してもらいたいな」
「…まぁ、アンタと仲良くなるってのは、きっとそういうことなのよね…」
ぬいぐるみを抱きしめる腕に、つい力が入ってしまうな。
ルイーゼは、感情が暴走して行動してしまう私を、拒絶せずに受け入れてくれると言っているのだ。嬉しくない筈がない。
だが、だからと言ってここで感情に任せて彼女を抱きしめてしまったらいろいろと台無しだ。ぬいぐるみを抱きしめるだけに留めておかなければ。
「いい?努力はしなさいよ?むやみやたらに抱き着いて来るのを許したわけじゃないんだからね?」
「うん。分かってる。ありがとう、ルイーゼ」
「ヨシ!じゃあこの話はおしまい!いい加減アトラクションを楽しみましょ!」
仲直りを終えた時のルイーゼの笑顔は、眩しいほどに可愛らしく、そして愛おしい。この切り替えようも、ルイーゼの魅力の一つなのだろうな。
随分と遠回りをした気がするが、ようやくアトラクションを楽しめる。
少なくともこのエリアについての情報も網羅した。そしてルイーゼが建築物の壁を千切っていたのも納得ができた。
作中の主要な登場人物がやってみたことを実際に自分も行えるとしたら、作品のファンとしては嬉しいに決まっているからな。後で私もやらせてもらおう。
と言うわけで私達は小さな扉が取り付けられた、屋根のない箱を連結させたような形状の乗り物の前に来ている。
箱の中には椅子が2つ、横並びに取り付けられており、椅子の上には拘束具のような物が取り付けられている。箱から振り落とされないような仕組みになっているようだ。
箱を連結した乗り物の先には細い雲の道が続いており、あの細い雲の道を辿っていくのだと予想できる。
さて、この連結した箱の乗り物なのだが、先程私が読みふけっていた小説にも登場したキャラクターに似せられている。
このアトラクションは、主人公たちを乗せてこのエリアのモチーフとなった空の国全体を見て回るシーン。アレを再現させたアトラクションなのだろう。
ところでこの箱、私やルイーゼが乗る分には問題無いだろう。意外なことに、ウルミラのような四足歩行の生物でも問題無く乗れるようだ。
ラビックやレイブランとヤタールも問題無い。椅子の上にある拘束具が据わった者の体型に合わせてある程度形状変化するからだ。
「グキュウゥ…」
問題は、明らかに椅子より大きな体を持つリガロウだな。自分の体が入りきらないと一目見て分かるため、とても悲しそうな表情をしているし、悲しそうな鳴き声を出している。
さて、どうしたものか。リガロウだけこのアトラクションを楽しめないなど論外なので、この子を椅子に何とか乗せたいところだが…。私が縮小化させようか?
などと考えていたのだが、それらは取り越し苦労だったようだ。
「問題御座いませんよ。どうぞ、そのまま扉に触れてみて下さい」
係員に言われるままにリガロウが前足で箱に取り付けられた扉に触れると、瞬く間にリガロウの体が箱の大きさに合わせて縮んでしまったのだ。
これは、魔族の建築物の扉と同じ効果が働いているのか?だが、あの機能を実現させる場合、もっと大きな扉が必要だった筈では?
「そこはもう、お客様に楽しんでもらうために我々も妥協いたしませんから!素材にも予算にも糸目をつけずに開発しましたとも!」
つまり、ただでさえ驚異的な技術を用いて作られたあの扉を更に高性能、小型化させた扉と言うことか。
「魔族の技術力は本当に凄まじいね」
「フフーン、凄いでしょ!ま、私も初めて見たけどね!」
「詳しい性能などにつきましては、また後日しかるべき場所での発表となります」
つまり、最近完成した技術、と言うことでいいのだろうか?繰り返しになるが、本当にすさまじいな。
ただでさえ発展している技術を持ちながら、彼等はそれに満足せずに更に先に進もうとしているのだから。
そうして文明が発展し続ければ、私も退屈することはないし、今後もこういったテーマパークを飽きることなく楽しめるだろう。本当に喜ばしいことだ。
そして、問題無くアトラクションを楽しめると分かったリガロウも、とても嬉しそうにしている。
「キャウ、キャウ!地面にいる筈なのに空にいるみたいです!これからどうなるのか楽しみです!」
そうだな。小説のシーンを再現したアトラクションであるならば、それほど速度は出ないだろう。だが、それで良いのだ。
このアトラクションの目的は、このエリア全体を空からゆっくりと見渡すのが目的なのだから。
小説で見た内容がどこまで再現されているか、確かめさせてもらうとしよう。
速く動くことのないジェットコースターみたいなものです。




