閑話 "楽園"へ向かった者達
12話の時の話です。
―――"楽園浅部"にて―――
獣の鳴き声、風によって植物の葉が擦れる音、虫の羽音、水の流れる音。天気は快晴。だが、周囲は若干薄暗い。生い茂った樹木の葉が日光を遮ってしまっているからである。
この森に存在するあらゆる物質が良質な素材である。地面ですら、栄養度は極めて高くまた、高濃度の魔力が浸透しているため、この地面の土自体も良質な素材となる。
不要なものなど無く、全て余すところなく恵みとなる、正しく楽園だ。
そんな楽園の"浅部"に、森の住民では無い者達の姿がある。
貴族の依頼によって"楽園浅部"の調査に来た冒険者達だ。さらに、依頼主に仕える騎士も三人同行している。
テントを張り、見張りを付け、この場所を一応の拠点として行動しているようだ。
調査は順調らしく、彼らの表情には疲れは見えるが、不満はないようだ。手慣れた動作で、食事の準備をしている。
「調査を始めてどれぐらいたったっけ?」
軽装の小柄な男性が口の悪い女性"アジー"に鍋をかき混ぜながら訊ねる。聞かれた側は、やや面倒くさそうな表情をしながら答える。
「今日で17日だ。ちゃんと数えとけよ」
「もう折り返しを過ぎてたんだね。この分なら調査も問題なく終わりそう」
帰ってきた答えに安堵の溜息を吐く。尤も、それで気を抜いていい訳ではないことは重々承知しているのだが。
「ンフフ…二十日もせずにこれだけの素材、ンフフフフフ……」
「おい、エンカフ。気持ち悪ィ笑い方してんじゃねぇよ…」
「いつもの事じゃん。仕方がないよ。"楽園"に来るなんて滅多に無いんだから」
ローブを着た長髪の男性、エンカフが、入手した素材を眺めながら不気味に笑う。
彼は優秀な魔術師であると同時に錬金術師でもある。彼の錬成する独自の錬金アイテムは彼を含め、彼のパーティを度々救っている。
良質な錬金術の素材を大量に手に入れることが出来、ご機嫌なのだ。かれこれ八日間はこの調子である。
不気味な笑い声にアジーは未だに慣れることが出来ず悪態をつくが、そこを含めていつもの事であるため、小柄な男性は軽い口調でアジ―を宥める。
「ただいまー。今回も大量よー」
「相変わらず食欲をそそる良い匂いだ。貴殿等が依頼を受けてくれて本当に良かった」
「全くだ。我らも野営のため、多少の調理は出来るが、こうはいかん」
「済まないな。雑用を押し付けるようなことをしてしまって」
調査に出かけていた金髪の女性達が帰ってくる。料理の完成が近いのか、鍋からは"楽園"で採取した香草を用いた、食欲をそそる香りが漂っている。
調査に同行した騎士達は皆、表情をほころばせている。
既に27日間だ。食材は出発してからというもの、依頼主側が提供しているが、調理の担当は全て、現在鍋をかき混ぜている小柄な男性である。
その腕前は屋敷の料理人にも迫る、と騎士達が舌を巻いたほどである。過酷な環境での任務の中、美味い食事が取れるのは、何とも有り難いことだった。
小柄な男性が申し出たことではあるが、彼に食事のほぼ全てを任せている現状に申し訳なさを感じたのか、女性の騎士が頭を下げる。
「良いのよ、騎士様。スーヤが好きでやってるんだから。それに、斥候なのに碌に調査に出てこないスーヤの方が謝るべきじゃないかしら?」
「ひっど!?[斥候役は自分がやるから、アンタは料理に専念しなさい]って自分から言い出したくせに!まぁ、料理は好きでやってるけど」
騎士を擁護するように金髪の女性が小柄な男性、"スーヤ"を咎めるように言うが、すかさず反論する。
自分に料理に専念するように言っておきながら、それを咎められたら堪ったものではないだろう。尤も、どちらも口調は軽く、冗談を言い合っていることはすぐに分かるのだが。
「ティシア、そんなことよりも素材だ!今回はどんなものが採れたんだ!?早く、早く見せてくれ!」
「飯食ってからにしろ!手前ぇが素材眺めると長ェんだよ!飯が冷めるだろぉが!」
「アジーではないが、食事にしよう。ところでエンカフ。森の魔力反応は変化ないのか?」
先程まで不気味な笑い声を出しながら素材を眺めていたエンカフが、おしゃべり好きな金髪の女性、"ティシア"に食って掛かる勢いで訊ねる。
エンカフは、ティシア達が拠点に戻ってきた際に大量だと言っていたのを聞き逃さなかったのだ。
調査を行うのに並行して、冒険者達も騎士達も、素材の調達も各々で行っていた。
依頼を出したセンドー子爵の目的は、魔力反応が確認されたことによる"浅部"変化の調査であることは間違いない。
だが、折角素材の宝庫に足を運ぶのだ。調査のついでに良質な素材を調達することも視野に入れていないわけがない。当然、織り込み済みである。
ただでさえ、素材を眺めて動かなかったエンカフが新たに素材を確認しだしたら、食事どころではなくなってしまうだろう。アジーが怒鳴るように制止する。
そして、調査を始めてから毎日、森の魔力反応に変化が無いかをエンカフには観測をしてもらっていたのだ。
今のところは変化が無かったが、今日もそうとは限らない。フルプレートの女性がエンカフに確認を取った。
「特に変化は無いな。あるとすれば、二日ほど前から"深部"に大雨が降り続けていることぐらいだろう。雨雲の形からして、こちらに来るとは思えない。」
「今日も一日平和に調査が終わりそうだね。まぁ、何も変化が分からないと報告に困るかもしれないけど。騎士様達はその辺大丈夫なの?」
名目は"楽園浅部"の調査だが、目的は既に素材、資源の調達となってしまっている。たまに遭遇する魔物や魔獣も、連携の取れた騎士達によって問題無く対応できていた。
だが、それ故に特に変化が無ければ報告書の記入が変化なしの一言で終わってしまうのではないか、とスーヤがこれまでの調査で親しみを覚えた騎士達を心配しながら、食事をよそって皆に配る。
「心配は無いとも。この目で視て、この耳で聴いたことを報告すればそれでよいのだ。それに、子爵様も大きな変化があるよりも、今までと変わらぬ方が安心できるだろう」
「…うむ。今日も美味いな。取れたての香草を良く使いこなしている」
「いっそのこと、館の料理人に誘いたいぐらいだ。どうだ?好待遇を約束するぞ?」
「あんまりだぜ騎士様よぉ。ウチの食事担当を掻っ攫おうとしねぇでくれ」
食事を始めた騎士達が朗らかにスーヤの質問に答える。
相も変わらず美味い食事に、割と本気の口調でスーヤを屋敷の料理人に誘う様に、アジーが慌てて割り込んだ。パーティの料理の腕前は、スーヤを除くとかなり悪いのだろう。
談笑しながら食事が終わり、見張りを決めて三交代で睡眠を取る。彼らの調査任務は順調そのものだった。
その日までは。
「ティシア!!アジー!!起きろ!!緊急事態だ!!」
フルプレートの女性の怒号で睡眠を取っていた女性たちが目を覚ます。彼女の声色は普段とはまるで違い、かなり危険な事態だと判断する。
周囲の空気が震えている。それは、緊張感のある雰囲気などから来る比喩的表現ではなく、実際に小さく震えているのだ。明らかに異常事態だろう。
「エンカフ!何が起きてんだ!?何かヤバくねぇかコレ!?」
「ヤバいなんてものじゃない!!"深部"の魔力反応がおかしい!!ただでさえ膨大だったものが更に急激に膨れ上がっている!!」
「急いで拠点を片付けるよ!"深部"の影響がコッチまで来る可能性が高い!!」
エンカフが"楽園深部"にて魔力反応の著しい変化を感じ取った。減少しているならばともかく、急激に増大しているとなれば、どのような影響が"楽園"全体にでるか想像がつかない。万全な状態にすべく、拠点を片付け始める。
その時だ。
"楽園深部"から、あまりにも巨大な光の柱が現れた。
「………ありゃあ、一体何だ…?」
「分からん……。一つ言えるのは、あんなものの近くにいたらひとたまりも無いという事だけだ…」
「…報告書は異常無し、の一言ではおわらせられなくなったな…」
「…[視て、聴いた内容]って、"アレ"だけど…?」
「ただの冒険者であったならば、与太話で片付けられそうだな…」
何とか正気に戻ることが出来た者達が、絞り出すように声を出す。就寝して起床するまで意気揚々だった彼らの表情は既に正反対に沈んだものとなっている。
「…ねぇ、このままここにいるの不味いんじゃないかしら…?」
「不味いって何がだ…?」
正気を取り戻して状況を鑑みたティシアの呟きに、フルプレートの女性が聞き返す。
「私達ですらこんな状態なのよ。"深部"はもちろん"中部"の生態系に変化が無いとは思えないわ」
「っ!?調査は今この時間をもって緊急終了とする!撤収準備を急げ!」
指揮権を持った騎士が慌てて調査終了の宣言をし、撤収を急がせる。
騎士の判断は正しかった。この後、そう時間が掛からないうちに光の柱から逃げるように、"深部"及び"中部"からそこに生息していた魔物、魔獣が押し寄せてきたのだ。
彼らの撤収が遅れていれば、無慈悲にその命を散らされていただろう。
割とギリギリで撤収出来ました。




