脅かしてやる
デヴィッケンの振る舞いにはいい思いをしていないので、イラっとしています。
どうせろくでもない依頼だとは分かっているが、どのような依頼かは確認しておこう。確認しなかった事が原因で、取り返しのつかない事態になってしまっては、目も当てられないからな。
「依頼内容を説明してもらえる?」
「はい。オシャントン会長がニスマ王国へ帰国なさるので、その護衛を、と。」
「帰国するのはすぐに?」
「いえ、まだオークションの落札物の取引が終わっていないので、それが終わり次第ですね。おそらくは明日か明後日辺りになるかと。」
となると、おそらくは私が王城へ向かうタイミングとかぶる事になるな。
さっさと帰国したそうだし、デヴィッケンにとってはアクレインに来たのはあくまでもオークション目当てであり、他の事には関心が無い、と言う事だろう。
それとも、既に何度も顔を出しているから、今更見る物が無い、と言う事なのだろうか?
まぁ、どちらでもいいか。
「指名依頼とは言え、冒険者に対する強制力は無かったはずだね?」
「はい。尤も、"星付き"未満の冒険者だったり、後ろ盾の無い冒険者が貴族からの指名依頼を断るのは、ほぼ不可能でしょうけど。」
言っている事は理解できる。
冒険者という職業は、その殆どが平民である。しかも、"星付き"未満ともなればそれほど周囲の人間に信用を得られていない段階だ。
そんな冒険者が貴族からの要望を断れば、メンツを潰されたとしてその冒険者を目の敵にすることぐらいは容易に想像できる。
大抵の貴族の場合、依頼を断った冒険者に対して嫌がらせ行為を行うことぐらいは、平気でやるだろうな。
場合によっては、人を雇って秘密裏に始末してしまう可能性すらある。私が知る悪徳貴族ならばやりかねない行為だ。
それ故、後ろ盾の無い冒険者達は、貴族の指名依頼を断る事はまずないと言っていい。自分達の命が掛かっているからな。当然である。
だが―――
「私には関係のない話だな。無視しよう。」
「承知しました。」
既に2つの大国からその身分を保証されていているのだ。私に害を与えようとするのなら、社会的地位の損失ぐらいは覚悟してもらうとしよう。
尤も、クレスレイやレオナルドに頼るつもりはない。私が裏で動き、与えられた不快度に対して少々痛い目にあわせてやるだけだ。
「他に何か依頼はある?」
「いいえ。指名依頼もノア様のお力添えが必要な依頼も、特には発注されていませんね。」
「分かったよ。それじゃ、失礼させてもらうよ。行こうか、オスカー。今日も街の案内を頼むよ。」
「はい。お任せください。」
私がデヴィッケンの依頼を受けない事で、彼は私に直接干渉してくる可能性が高いだろうが、その時はその時だ。少々強引な手段であしらわせてもらうとしよう。
今日オスカーに案内してもらうのは、主にアクアンにおける観光名所と言われている場所である。
観光名所は、巨大なズウノシャディオン像だったり、辺り一面芝生が生い茂った広々とした公園だったり、王都を一望できる王城を除きアクアンで最も高さのある建物だったりと色々だ。
ズウノシャディオン像は全高10mはあり、非常に目立つ。そのため王都の住民からも待ち合わせ場所として愛されている。
実を言うと、第一回美術コンテストの優勝作品でもあるらしい。国で買取り、こうして街のシンボルとして設置したそうだ。相変わらず暑苦しさを感じさせるほどの眩しい笑顔をしている。
「最初にズウノシャディオンの姿を人々に伝えた人は、実際に彼の姿を見た事があるのかなぁ?」
「どうなのでしょう?詳しく知る人って、いないんですよねぇ…。」
意外だな。教会ならばその辺りは把握している者だと思っていたのだが…。
「巫覡なんていう、神の存在を感知できる人はいるのに?」
「ええ。何せ、五大神の姿を記した壁画は、教会が発足される以前から存在していたので…。」
そういう事か。だとすると、アレはかなり昔から存在するという事か。世界遺産とされているのも頷けるな。
「ネフスタリカ遺跡の壁画…。」
「よくご存じですね。それも、本で?」
「うん。五大神の知識を身に付けている時にね。」
ネフスタリカ遺跡。他の大陸にある巨大な遺跡であり、遺跡の最奥には五大神を記したと思われる巨大な壁画があるのだ。
誰が作ったのか、何時作られたのか、どのようにして作られたのか、何のために作られたのか、それら一切合切が不明なのである。
五大神についての最古の情報と伝わっており、現在は人間達から世界遺産として認定されている。
いずれは現地に赴き、この眼で見てみたいものだな。『真理の眼』を使用すれば、これまで謎に包まれていた部分も、判明するだろう。
尤も、それを人間達に教えるかどうかは、内容にもよるが。
巨像を見た後は公園である。丁寧に手入れをされた芝生の地面には柔らかさがあり、裸足で歩くと草が足の裏に触れた時の刺激がとても気持ちがいい。この場で横になったらとても快適そうだった。
まぁ、私は腰に尻尾があるから仰向けになる事ができないのだが。やるなら尻尾を入れる事の出来る穴を作る必要があるな。
勿論、綺麗に整えられた芝生にそんな真似をするつもりはない。なのでその場で横座りするだけで我慢しておく。
「オスカーは横にならないの?」
「ノア様が座るだけに留めているのに、私が横になるわけにはいきませんよ。」
「私の場合は物理的に不可能なだけだよ。この見事な芝生に、穴をあけるわけにはいかないからね。」
私が寝る時、横になる時というのは、尻尾の関係で横向きかうつ伏せのどちらかである。それも、横向きに寝る事が大半だ。
うつ伏せになると、多少胸に圧迫感を覚えてしまい、やや不快なのだ。
寝る時は、不快感無く寝りたい私にとって、うつ伏せでの就寝は選択肢に無いと言って良い。
芝生に座ってのんびりしていると、公園に訪れた一般人が、非常に可愛らしい動物を連れていた。猫に勝るとも劣らない動物だ。
その正体を私は本の知識で知っている。犬だ。まさかこんな形で視界に収める事ができるとは思わなかった。
猫と同等の可愛らしさと骨格を持ちながら、猫とは明確に違う動物。それでいて猫と同じく、とてもふわふわしてそうな毛並みである。
狼であるウルミラにとても良く似た骨格と外見をしているといっていいだろう。やはり可愛いな。
正直、思いっきり撫でてみたいと思うが、止めておこう。
一般人がいきなり私に声を掛けられたら驚くだろうし、緊張もしてしまうだろうからな。その緊張は連れている犬にも伝わる筈だ。そうなれば犬にとっても大きなストレスになるに違いない。
今は犬にも人間にも、余計なストレスを与えたくはない。
幸い、昨日"猫喫茶"でチャチャを撫でた私は、その欲求を抑える事ができる。だが、やはり可愛い。あまりにも堪えられそうになかったら、『幻実影』の幻を家に出現させて、ウルミラを心行くまで撫でさせてもらうとしよう。
「アレが犬かぁ…。猫の時もそうだったけど、やっぱり実物は本に書かれていたもの以上に可愛らしいものなのだね。」
「そうですねぇ…。猫さんもとても可愛いですけど、犬さんもとても可愛いですよねぇ…。それに、犬さんはあんな風に人と一緒にお出かけもしてくれますからねぇ…。」
「犬も人も幸せそうだね…。」
「はい…。とっても癒されますぅ…。」
オスカーはとても幸せそうな表情をしている。
これはこれで大変可愛らしく、ジョゼットが見たら頭を撫でたくなってもおかしくない表情だ。勿論、可能ならば私も頭を撫でてあげたい。
だが、オスカーはかなり敏感な子だ。今私が頭を撫でれば、癒されている気持ちなど一気に吹き飛んでしまい、瞬く間に顔を赤く染めてしまうだろう。それはおそらくジョゼットが頭を撫でても同じである。
今は犬と人が戯れている様子を眺める事で気持ちを落ち着かせよう。オスカーの言う通り、とても心が癒され、暖かくなる光景だ。
公園で存分に犬の姿を堪能したら、今度はアクアンを一望できる高層建築物だ。アクアンタワーと名付けられているらしい。
その高さは130m。移動手段は階段のみと、一般人が最上階へ向かうにはなかなかにハードな建築物に思える。
それでも険しい山道よりはいくらかマシなうえ、要所要所に休憩所や売店もあるため、一般の観光客は休みながら最上階まで登っていくのだそうだ。
そうして時間をかけて登り切った最上階から眺めるアクアンの街並みは一見の価値があるとの事。
その気になればもっと高い建造物を建てる事ができたそうなのだが、王城よりも高さのある建造物は不敬だと判断されたらしく、妥協してこの高さになったのだとか。
私は勿論、騎士として優秀なオスカーも、この程度の高さの階段を上り切る事など造作も無い。時間を掛けずに最上階まで移動して、アクアンを一望させてもらうとしよう。
最上階から見るアクアンの街並み、確かに絶景と呼べるものだった。
「良い眺めだね。ここが観光名所と呼ばれている理由が良く分かるよ。」
「はい。それと、有事の際には巨大な見張り台としても機能しているんですよ。これだけの高さですからね。相当な距離を見渡す事ができますよ。」
「とは言え、王都の建築物を見張り台として使う事なんて無い方が良いに越した事は無いだろうね。」
「仰る通りです。」
見張り台が必要という事は、相手が人間ならば敵に国内への侵入を許しているという事だし、仮に相手が魔物であった場合も大群に攻められている時と考えられるからな。
あった方が良いのは間違いないが、使わない事に越した事は無い。その思いはオスカーも同じようだな。
一通り街の様子を眺めたら、各階層の売店を見て回ってジョゼットの屋敷に戻るとしよう。このアクアンタワー特有の軽食や菓子、更には置物などもあるらしいので、ゆっくりと見て回ろうじゃないか。
アクアンタワーの施設をじっくりと見て回り、軽食や菓子、置物を一通り購入してアクアンタワーを後にして、ジョゼットの屋敷で昼食、その後お茶会という予定だったのだが、ここで面倒な事が起きた。
公園で見た犬と人との触れあう光景や、アクアンタワーの最上階から見た街並みのおかげで、デヴィッケンの指名依頼のせいで気分が落ち気味だった私の気分は、非常に晴れやかなものになっていた。
だが、ここにきて再びせっかくの晴れやかな気分を台無しにしてくれる事態が起きたのだ。
アクアンタワーの入り口で、私達を待ち続けている者達がいる。
デヴィッケンだ。両脇には、"星付き"相当の護衛を従えているな。
彼等も冒険者だろうか?しかし、デヴィッケンは冒険者からは嫌われていると私は記憶している。
だとするのなら、金で雇った私兵だろうか?
警戒してオスカーが私の前に出てくる。
「いいよ、オスカー。私が対応しよう。」
「よろしいのですか?」
「よろしいよ。関わってこなければ放っておこうと思ったのだけどね。どうやらその気は無いようだからね。少し念入りに私の気分を害している事を伝えておこうと思うよ。」
こうも立て続けに気分を害されると、流石に私も温厚な態度を取れなくなる。肉体的な害を与える気は無いが、精々恐ろしい目に遭ってもらうとしよう。護衛の方は出方次第だな。
「ようやく出て来おったか!全く!たかが冒険者風情の分際で、このワシを待たせおって!」
「デ、デヴィッケン様…!お、落ち着いてください…!」
「そうですよ!相手はティゼムの宝騎士すら軽々あしらうんですよ!?俺達じゃ瞬殺されますって!」
部下の方は私の事を恐れているらしく、高圧的な態度を取っているデヴィッケンに対して鳴りを潜めるように宥めている。
が、その態度はあの男には不服らしい。
「このワシがその程度の理由で下手に出ろというのか!?ふざけるなよ!?このワシを誰だと思っている!オシャントン商会の会長、デヴィッケン=オシャントンだぞ!?」
「それは、大国の国王よりも偉いのかな?」
「なんだとぉ!?」
近くまで来ているというのに私を抜きにして話をしているので、割り込ませてもらった。どうもこの男は自分の事を誰よりも偉大な人物であると思い込んでいるようだ。
私の言葉がよほど気に食わなかったのか、怒りで顔を真っ赤にさせて私に詰め寄ってきた。
正直、顔も手も脂ぎっている状態で触れられると服が汚れてしまうので、一定以上の距離には近寄れないようにオークションの時と同じ結界を張って接近を拒んでおこう。
「おい貴様ぁ!!誰に向かって口をきいている!?何様のつもりだ!?」
「姫様だけど?」
「なぁにぃ…!?」
「実際、人間達は私をそう扱うようにしたらいしいからね。」
いまさら何を聞いているのやら。クレスレイやレオナルドが私をどのように扱うのかなど、世界中の人間が知っているだろうに。
それとも、デヴィッケンは私を姫と認めるつもりは無いという事か?
「国も民も持たない姫がどこにいるというのだ!!称号だの寵愛だのと言われようとも、貴様はただの冒険者に過ぎん!!」
「ふむ。ならば何故クレスレイやレオナルドは私を自分達の国と対等な国の姫として扱うと決めたと思うかな?」
「知らんわそんなもの!!良いから貴様は黙ってワシに従えばよいのだ!!」
傲慢と言うか、怖いもの知らずというか、何故こんな態度を取ってこの男は無事なのだろうな?国によっては不敬罪で処刑されてもおかしくないんじゃないか?
まぁ、それでも一応、私の判断では今のところは命を奪うほどのものでは無いのだがな。
それでも、此方の気分を立て続けに害してくれた事の落とし前はつけさせてもらうとしようか。
デヴィッケンが異様に自身に満ちている理由が何かあるかもしれないので、美術コンテストでその姿を見た際に既に『モスダンの魔法』による解析は終わらせている。
そして今回は私を従えるための何らかの道具を持って来ていないとも限らないので、それも『モスダンの魔法』で精査済みだ。
結果、特にそういった道具を持っている様子は無い。そしてデヴィッケン自身も特に優れた身体能力や魔力を持っている様子も無い。
本当に、この自信は何処から来るのやら。
まぁいい。そろそろ黙らせよう。私の魔力を極少量、指向性を持たせてデヴィッケンに押し当てる。
「まぁ、そう言わず、黙って話を聞きなさい。」
「ふぎぃっ!?!?」
魔力を押し当てられたデヴィッケンが息を詰まらせる。息苦しそうにしてはいるが、呼吸はできているようだ。全身から汗が噴き出し、必死に何かを耐えているように見える。
正直、魔法で気絶する事を禁止させていないというのに恐怖で気絶しなかった事は、大した胆力だとほめるべきだと思う。
それはそうと、黙ってくれたようなので、話をするとしよう。
「ティゼム王国やファングダムが私を大国の姫として扱うように決めたのは、それが最善だと確信したからさ。何かの間違いが起きて私の不興を買った場合、容易に国が滅びる。そう確信したから、彼等は私にお前のような態度を取る者が現れないよう、人間にとって最上位の地位を与えたのさ。」
「が…ぐぐぐ…っ!」
非常に苦しそうにして、そして恨めしそうに私を睨みつける。特に意に介さないので、このまま話を続けさせてもらおう。
「彼等の判断は正しい。私がその気になれば一つの国はおろか、一つの大陸を滅ぼす事すら容易だ。子爵の地位?大商会の会長?そんなものが、私という圧倒的な暴力の前で何の役に立つ?私がティゼム王国の悪徳貴族に何をしたのか、知らないわけではないだろう。その気になれば、暴力的な手段を用いずとも、私はお前を終わらせられる。なんなら今ここで実践しようか?」
「ひ…っ!ぐぅ…っ!」
ここまでやっておいて気絶しないのは大した胆力ではあるが、流石にこれ以上はデヴィッケンの健康にも影響が出るだろう。そろそろ話を切り上げるとしよう。
「本来ならば、自分に自信を持つ事は良い事なのだろうが、お前は流石に自信過剰だ。少しは身の程を知りなさい。」
「…っ!おぼぶ…っ!」
言葉を言い終わったところで、遂にデヴィッケンが魔力と威圧に耐え切れずに気を失った。正直、良く持った方だと思う。
とりあえず、ひとまずはこれで良しとしよう。これだけ怖がらせれば、流石に私に高圧的な態度はとれないだろう。
さて、この男の事は護衛に任せて、私はジョゼットの屋敷に戻るとしよう。
今後も同じように関わって来るのなら、当然それ相応の対応をします。




