ガッツリ変装させよう!
まずは迎えに行きましょう。
早朝、いつもよりも早めにレイブランとヤタールに起こしてもらう。
切り分けた果実を渡しながら外へ出れば、前回同様、皆が見送りのために集まってくれていた。
「それじゃあ、行って来るよ。ごめんね。今回はどれぐらいで戻ってこれるか分からないんだ。」
〈お気になさらず。どうか、おひいさまはおひいさまの思うまま、好きな事をなさって下され。〉
「ありがとう、ゴドファンス。皆、裏に植えた植物の世話を頼むね。」
先日、城の裏に樹木の種子を植え、更にその周囲にいくつか花を植えてみたのだが、なかなかに成長が早く、樹木などは既に私の膝ほどの高さまである小さな幹となっている。
今後、大きくなって、是非とも美味い果実を実らせてもらいたいものだ。
放っておいても成長しそうではあるが、世話をした方がより成長すると思うので、皆に樹木と花の世話をするように頼んでおいた。
まぁ、仮に失敗したとしても、種子はそこら中に実っている果実を、花も"最奥"には至る所に咲いている珍しくないものだとの事なので、失敗しても良いとは言ってある。
〈任せて!水を出したり操ったりする魔術も教えてもらったから、お世話はバッチリだよ!〉
〈姫様が持ち帰った書物には植物を育てるための本もありましたから、問題は無いかと。〉
〈あくまで人間達の植物を育てる術ゆえ、油断は出来ぬがな。〉
〈何かあったら、私が治癒魔術を掛けておくよ。ノア様は失敗しても良いって言ってくれたんだから、少しずつ育て方を覚えて行こう。〉
皆にはこの一ヶ月でハチミツも振る舞っている。その評価は実に好評だった。そんなハチミツが家の近くで採取できるかもしれないとなれば、皆して花を育てる事にやる気を出してくれている。
ハチミツも勿論良いものだが、皆には是非とも辺り一面に複数の花が咲き誇った光景を楽しんでもらいたい。あれほど美しいと感じた景色はそうないからな。きっと皆も気に入ってくれるはずだ。
挨拶を済ませて上空へと飛翔する。
さて、まずはオリヴィエを迎えにティゼミアへ行かないと。
結界から出て噴射飛行によってティゼム王国へと向かう。一応大丈夫だとは思うが、人間達に気取られないようにするためにも、上空3000mほどの高度で向かうとしよう。ティゼミアの近くまで到着したら、転移魔術で人目の付かない当たり障りのない場所に転移して城門へ向かおう。
そうだ、オリヴィエに『通話』で連絡する事も忘れないようにしておかないとな。彼女の現在地は・・・周囲は住宅らしき建物が多いな。彼女は自宅にいる、という事だろうか?
まぁ、聞けばわかるか。オリヴィエに『通話』を掛けよう。
〈オリヴィエ、今いいかな?〉
〈っ!?この声はっ!?まさか、ノア様ですかっ!?〉
〈うん。待たせたね。今、ティゼミアの近くにいるんだ。貴女の都合が整い次第、ファングダムまで行こうと思うんだけど、大丈夫かな?〉
〈は、はいっ!言われた通り長期休暇を頂きましたので、何時でもファングダムへお供、ご案内出来ます!〉
〈それは良かった。それじゃあ合流しようか。何処が良いかな?〉
〈ええっと、それでは、私の借家へ来ていただいてもよろしいですか?場所はですね・・・。〉
〈ああ、大丈夫。オリヴィエがどこにいるかは把握しているから、今からそっちに向かうよ。10分もあれば着くから、そのまま待っていて。〉
〈わ、分かっちゃうんですか・・・。何と言うか、流石ですね・・・。それでは、お待ちしております。〉
では、オリヴィエの元まで行くとしよう。転移魔術を使えば直ぐではあるが、確実に余計な混乱を生むだろうからちゃんと城門は通過しよう。
今日もマーサは変わらず門番の仕事をしているようだ。軽く挨拶をしておこう。
「やぁ、マーサ。一月ぶりだね。久しぶり。元気にしてた?」
「ノ、ノア様っ!?お、お久しぶりですっ!ようこそいらして下さいました!」
「もう少し柔らかい対応をして欲しいなぁ。」
「無茶言わないで下さいよ。今やノア様は時の人なのですよ?」
「そうは言うけど、他人の目があるわけでは無いのだし、こういう時ぐらい前みたく気軽に話して欲しいかな。」
「ですから、天空神様の寵愛を授かっている方にそんな態度取れませんって。」
おのれルグナツァリオめ、親しい人からも畏まられてしまっているじゃないか。
確かに面倒な相手から滅多な事では絡まれ無いだろうけど、大抵の相手はどうとでもなるのだから余計なお世話だったんだよなぁ・・・。
まぁ、何時までも引きずっているわけにはいかないな。嫌われているわけでは無いのだから、いい加減諦めよう。こういったものは慣れるしかないのだ。
「さて、今回は王都の観光、と言うわけでは無くてね。別の国を案内してもらう人と、この町で待ち合わせをしているんだ。」
「そうなのですか。では、ノア様は他の国へと向かわれるのですね・・・。」
流石に目に見えて残念そうな表情は見せないものの、マーサからは寂しさや悲しさの感情を読み取れた。
「何、向こうでの要件が片付いたらまたここにも訪れるつもりなんだ。だからその時を待っていて欲しい。」
「分かりました。それでは、どうぞお通り下さい。」
特にギルド証を見せてはいないのだが、マーサは私を通してくれた。顔パス、というやつである。ただ、このまま街中を移動した場合、確実に私を認識されて騒ぎになってしまう。
帰宅日にイスティエスタでも使用したフード付きのローブを羽織ってから城門をくぐるとしよう。後は自身に『隠蔽』と『希薄』の意思を込めた魔力を纏わせ、周囲に気付かれにくくさせる。これで大抵の者は私に気付く事は出来ないだろう。
さて、さっさとオリヴィエの借家へ向かい彼女と合流しよう。
オリヴィエの借家の玄関に到着した際、『通話』で彼女に到着を知らせていたので、特に問題無く出迎えてはくれたのだが、彼女はこのままファングダムへと向かうつもりなのだろうか?
「オリヴィエ?それは、変装のつもりなの?」
「えっ!?これでも駄目なのですか!?」
「残念だけど、以前とほとんど変わっていないよ?ちなみに、どこが以前と違うのか教えてもらえる?」
「睫毛を少し短くして、髪を纏めずに下ろしたのですけど・・・。」
髪はともかく、睫毛の長さって・・・高難易度の間違い探しじゃないんだから、もうちょっと大きく印象が変わる部分を変えようよ・・・。
「流石にそれでは何も変わっていないのと同じだよ・・・。ファングダムへ往く前に、まずはオリヴィエの外見を思いっきり変える必要があるね。」
「うぅ・・・すみません・・・。こういうの、全然分からなくて・・・。」
オリヴィエは多分だが、化粧を自分でした事が無いのだろうな。まぁ、私も化粧などした事は無いが、自分の顔を変える際にどうすれば良いのかが分かっていないのだろう。
髪や瞳の色は私が魔術で変えるからいいとして、全体的な顔の印象を変えるためにも化粧をする必要があるな。
ここは私の知人の中でも特に詳しそうな人物に頼らせてもらうとしよう。彼女ならある程度の事情も把握しているだろうし、助けになってくれるはずだ。
事前に『通話』で連絡を入れて断りを入れておこう。
「オリヴィエ、知り合いの貴族に貴女の顔を化粧してもらうよ。」
「き、貴族にですか?」
「まぁ、信用できる人だから、問題は無いよ。・・・うん、了承も取れた事だし、今から行こうか。跳ぶよ。」
「えっ?あの、跳ぶってどう」
何を言ったところで驚かせるし困惑させてしまって時間を取られるので、オリヴィエの意見を聞く前に転移してしまう事にした。
転移によって特に痛みや不調が出るわけでも無ければ、怖い思いをするわけでもないのだ。悪いとは思うが、事後承諾という事で頼む。
「えっ!?あの、こ、ここって、えっ!?玄関っ!?」
「この国ではそれなりの有名人の家になるかな?つい最近も騒動の渦中にいた事だし、元々世界的に有名な人の身内だからね。」
「えっ?ええっ!?」
流石にいきなり本人の目の前に転移するのは失礼だと思ったので、いつも通り玄関前に転移する。
一瞬で視界が変わってしまった事で、オリヴィエは困惑してしまっている。理解が追い付かず、ギルドの受付嬢として振る舞っている時には見た事が無い表情をしている中、玄関の扉が開かれる。
私が来たと理解しているからなんだろうが、やはり本人が直接出迎えるのは無用心だと思うのだ。
「ようこそ、ノアさん。お久しぶりです。そしてオリヴィエ殿下も。夫の葬儀ぶりですね。」
「ア、アイラ様・・・!?な、何がどうなって・・・!?」
「私の知り合いで化粧がちゃんとできそうな人物、それでいてあなたに化粧を施せる人物となると、アイラしか思いつかなくてね。アイラ、さっき伝えた通り、髪と瞳は私が魔術で色を変えるから、貴女はオリヴィエの顔の印象が変わるようにしてもらって良いかな?」
「ええ、任せて下さい。ふふふ、まさかオリヴィエ殿下のお化粧が出来るだなんて思ってもみませんでした。」
アイラは娘と同じくらいの年頃の女性を化粧できるとあってか、かなり張り切っているな。多分だが、シャーリィも化粧に関心が無いだろうから、こういった事が出来るのが嬉しいんだろうな。
ついでだ。今後も変装のためにオリヴィエを化粧しなければならないんだ。化粧品の販売店もアイラに紹介してもらおう。
「ああ、それと、化粧品の類の販売店を教えてもらって良いかな?旅の道中、彼女の化粧を直す必要があるだろうから、用意しておきたいんだ。」
「それでしたら、ウチにあるものを持って行っていいですよ。シャーリィ宛てに送られてきた物なのですが、あの子ったら全然使う気が無くて、無駄に余らせてしまっているんですよ・・・。」
「やっぱりか。ふふっ、化粧と言う言葉を聞いて顔をしかめるあの娘の様子が簡単に想像できてしまうね。」
「もう、笑い事では無いですよ?自分で出来ないのはまぁ良いとして、化粧をしないというのは、貴族令嬢として大問題なんですからね?」
そうだな。私からしたら微笑ましい光景なのだが、アイラからしたら笑えない話だろうな。
そもそも、シャーリィの場合、元から器量が非常に良いため下手に化粧をすると逆効果なのだ。
まぁ、その辺りはアイラが説得したとしてもあまり聞き入れてはくれなさそうだな。私も化粧はしないから説得力が無いし、ここはグリューナ辺りに説得してもらうのが一番か。親善試合の時も簡単にではあるが彼女はしっかりと化粧をしていたのだから。
目標としている人物から指摘されれば、流石にシャーリィも首を縦に振らざるを得ないだろう。
まぁ、シャーリィの事は後でグリューナに頼んでおくとして、化粧品だ。アイラ曰く大量に持て余しているようなので、遠慮なくいただいてしまおう。
「シャーリィの化粧についてはグリューナに任せよう。多分、彼女の言う事なら聞く筈だよ。」
「あら、あの子はノアさんを一番に慕っているようですが、ノアさんは説得して下さらないんですか?」
「意地悪を言わないで欲しいな。私は化粧をしていないし、今後もするつもりが無いから、そんな私が言っても説得力皆無だろう?」
おどけた口調で聞いてくる辺り、アイラは私が言っても説得力が無い事を分かったうえで聞いてきているな。彼女なりの冗談だろう。
私もおどけた口調で彼女に返せば、楽し気に微笑んで返してくれた。
「ふふふっ、ノアさんも簡単で良いので化粧をすれば、説得力が出ますよ?」
「遠慮しておくよ。不本意ながら、私は世界中で有名になってしまったからね。今は未だ話題にされたくないから、極力世間に影響を及ぼすような事はしたくないんだ。」
私が化粧をした場合、どの商品を使ってどういったメイクをしているかを調べ上げられ、流行にしようとする可能性が非常に高い。下手をしたら取材をしに来る者だって現れるかもしれないのだ。使用は避けるべきだろう。
そもそも、私は自分に化粧をする必要性を感じていないのだ。時間がとられるし、顔の印象を変えるというのであれば魔術でどうにでもなりそうだからな。
「残念です・・・。きっと素敵だと思うんですけどね・・・。」
「済まないね。こと化粧に関して言えば、私もシャーリィと同じ感覚かもしれない。まぁ、今はオリヴィエの化粧だけで満足して欲しい。私の化粧に関しては、そのうちに、ね。それと、化粧品は有り難くいただくとするよ。」
「ええ、好きなだけ持って行ってください。さ、オリヴィエ殿下、此方へどうぞ。別人に仕立てて差し上げますね。」
「よ、よろしくお願いします・・・!」
オリヴィエ、緊張してしまっているな。さて、今後ファングダムで活動する間彼女の化粧をするのは私になるのだ。私もしっかりとアイラが化粧をするさまを見届けて、同じ化粧をオリヴィエに施せるようにしておこう。
化粧を終えたオリヴィエは実年齢よりもやや幼く見えるな。彼女の実年齢は18なのだそうだが、今の彼女は、外見の年齢で言えば14、5歳の印象を受ける。
良いじゃないか。多少オリヴィエの面影は残っているが、髪と瞳の色を変えてしまえば、今の彼女を見て多くの人が知っているファングダムの第二王女を連想するような事は無いだろう。
化粧の仕方も分かった事だし、これでオリヴィエの変装はばっちりだな。早速彼女に魔術を掛けて髪の色を薄茶に、瞳の色を灰色に変えておいた。
「まぁ!素晴らしいですね!これならばどこからどう見ても今の姿でこの方がオリヴィエ殿下だと思う人はいませんわ!」
「そ、そうなんですか・・・?自分では、良く分からないのですが・・・。」
「バッチリ他人になれているよ。アイラ、本当にありがとう。」
「いえいえ、一国の姫様をお化粧させていただいたのです!感謝するのは此方の方ですわ!」
満足気に語るアイラは心底嬉しそうだ。本当ならシャーリィにもこうして化粧をしてやりたいのかもしれないが、化粧をされている最中と言うのはじっとしていなければならないようだからな。シャーリィの性格では難しいか。
ともかく、これでオリヴィエの変装はほぼ完了だ。後は衣服だな。
「それじゃあ、私達はこれで失礼するよ。」
「アイラ様、本日は突然の訪問だというのに、ありがとうございました。」
「良いんですよ殿下。今後も気軽にいらしてくれて構いませんからね?」
はて、貴族の間ではこういった会話は遠回しに否定的な意味を持つときがあるわけだが、アイラの本心はどうだろうか?
読み取れる感情からは喜びと楽しさが感じられるが、アイラにはほぼすべての事情を説明して既にマコトが管理していた"楽園"由来の素材に関する帳簿を渡しているのだ。アイラがその事を忘れているとは思えないが・・・。
ひょっとして、これから私がオリヴィエを連れてティゼム王国を離れると分かっていてこのような事を言ったのだろうか?つまり、社交辞令?
まぁ、深く考える必要は無いな。アイラが善良な人物であり、オリヴィエに対しても好感を持っているのは間違いないのだ。悪意があっての発言でない事だけは間違いない。
ならば、私は気兼ねなくオリヴィエがアイラの元へ遊びに往けるようにファングダムの問題を解決するだけだ。
衣服を仕入れるためにフウカへ『通話』で連絡を入れて了承を得る。
「さ、オリヴィエ、次に行くよ。」
「えっ?こ、コレで終わりでは?」
「無いよ。今度は衣服だ。」
そう言ってその場でフウカの店内まで転移をする。私と彼女との間柄だからこそ出来る事だな。
先程もだったが一瞬で視界が切り替わる現象というのはオリヴィエにとって非常に摩訶不思議な事なのだろう。非常に困惑してしまっている。まぁ、それは彼女以外の大抵の者にとっても当てはまるか。
「まぁ、ノア様!いらっしゃいませぇ。本日はそちらのお嬢様に会う衣服をお求め、という事でよろしいですか?」
オリヴィエの前だからか、フウカの態度は配下の時のものではなく店主としての対応だ。国王が私を一国の姫と扱うように命じたため、私を様付で読んだとしても特に問題は無いのだろう。彼女の対応に関してオリヴィエが特に疑問を抱く事は無かった。
「ああ、彼女に似合いそうなものを2着頼むよ。ああ、必要なら尻尾の穴もあけてもらえるかな?」
「かしこまりました。」
本当なら8着ぐらい購入して毎日違う服を着せてみたいとも思ったのだが、国のガイドをする一般人が質の良い服を何着も持っていたら不自然極まりない事に気付き、最低限の数を購入する事にした。
「オリヴィエ、この店の服はどれも出来が良い。貴女が気に入ったものがあったらそれも購入しよう。」
「ええっ!?あの、流石にそこまでしていただくわけには・・・。」
「なぁに、ガイドの報酬の前払いだと思ってくれればいいさ。例の騒動のおかげでお金には困っていないからね。遠慮しなくて良いよ。」
「は、はぁ・・・。」
正直、私の都合で振り回しているようなものだから、迷惑料のつもりでもある。遠慮せずに選んでもらいたい。
そうだ。私も何着か自分用に購入しておこう。勿論、他の客の迷惑にならない範囲でな。
フウカに見繕ってもらった衣服は一般的な町娘が着るような衣装と長旅に適したやや厚手で丈夫な衣服の2着だ。ティゼム王国からファングダムまで移動するとなれば長旅になるからな。違和感を持たれないための配慮だろう。
オリヴィエもしっかりと自分好みの衣服を選んだようだ。一般的な獣人の感性なのか、意外にも動きやすさを重視したやや露出が多めの服を選んだようだ。
ならば私も、と思ったのだが、露出の多い服を着ているところをシンシアが見たらまた苦言を言い渡されそうな気がしたので、やはり露出度の控えめな衣服を上下セットの3着を選んで購入させてもらった。
「お買い上げありがとうございます!またのお越しをお待ちしております!」
「ああ、また来るよ。」
「あ、ありがとうございました。」
おずおずと礼を述べるオリヴィエはもはや普段とは全くの別人である。変装が上手くできているようでなによりだ。
これで準備完了だ。
それでは、転移で王都に戻ってから、ファングダムへと向かうとしよう!
次回ようやく目的の国へ到着しますね。




