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第八章 セイレーンの 正体見たり マネボラウオ(上)

長くなりそうだったのと、キリの関係でここで切りました。


本章のみ、ヒロイン出てきません。


2022/05/02 改稿:ギルド長の名前がこの後出てくる人物とかぶっていたため、直しました。


今回はちょっと謎解き要素を入れてみました。

 その張り出された紙に書かれた依頼を見たドウェインは、首をひねっていた。

 見ると、周りにいた冒険者たちも、同じ反応になっている。

『至急。海の漁を妨害する謎の魔獣の特定、及び討伐。対象冒険者ランク:S。』

 …ここは首都、イブライムである。

 イブライムは、この国の大動脈、ゾグレス川の上流にある。海など無いのだ…おそらくこれは下流の港からの依頼なのだろうが、しかしなんだってイブライム支部(ここ)まで依頼が飛んできたのだろうか。

 …と、そこへドウェインの肩をぽんぽんと叩く奴がいる。

 もうイヤぁな予感しかしない。

 げんなりと振り向くと果たして…、ここのギルドのギルドマスター、ランディ・ペリーが、にんまりと立っていたものである。



 こうして、この時たまたま一人しか居なかったS級冒険者、ドウェイン・タッカーはこの依頼を受けるハメと相成った。




 綾子達が現在いる国はゼルグ公国…そしてその大動脈としてゾグレス川という大きな川が流れていることは、以前にも述べたと思う。

 この国は北側に海がある。なので、この川はまず南北を縦断するように本流があり、さらにそれは宗主国であるシゲルダ、という王国へと続いている。

 それに加え支流が全部で大きいものだけで5本。その内の1本の支流と、本流の交わっているところにポルタ村が、さらにその支流の上流…山間に首都、イブライムがある。

 今回依頼があったのはそのゾグレス川の河口にある港町、エストフの漁業組合からのものであった。




「セイレーンでさぁ旦那。」

 開口一発とんでもない化物の名前が耳に飛び込んできて、ドウェインはあやうくお茶を吹きこぼすところだった。

 目の前には日と海風に焼かれた、いかにも海の男然とした男が、見事なまでに禿げ上がった頭をテカリとさせ、巨体を揺らして座った所である。その表情に全く冗談は見受けられなかった。

「しかし…セイレーンというと、もう二百年も前に絶滅した種のはずです…。今や伝説ですよ。」

「それが見たんでさ、旦那…!」

「何ですって」

 それはただ事ではない。




 セイレーン。

 言わずと知れた、海の魔物である。

 上半身は、目の覚めるような美しき女性。下半身は鳥の姿をしていて、船がやってくるとその歌声で船乗りを誘惑し、正気を失わせて船を難破させ、最終的にはその船乗りたちを喰ってしまう。神話にも出てくる、正に怪物である。

 エストフはその昔、豊かな漁場だったにもかかわらず漁師が寄り付かなかった。それはひとえに、この魔獣がこの近海に巣くっていたせいである。

 しかし、その戦いは最終的に人間が勝利した。

 漁師たちはセイレーン達が近づくと耳栓をして、奴らの声が聞こえぬようにしたのである。

 人の肉が食えないセイレーンたちは飢えた。中には、なりふり構わず襲ってくるセイレーンもいた。

 しかし漁師たちの身体は屈強である。対してセイレーンのそれは、そもそも本体が鳥なので、軽く華奢である。

 こうしてセイレーンは…少なくともエストフ港に巣くっていたセイレーンは…二百年前に、絶滅した。




 話を、現在に戻そう。

 この男の語ったところによると……。

 一ヶ月ほど前から、漁師たちの間でこんなウワサが流れるようになった。

「最近近海で漁をしていたら、どこかしらからキレイな女の歌声が聞こえるんだよ。で、上手いファルセット(高音)を歌う奴がいたもんだと思ってたら、気が付いたら海に飛び込んじまってたんだ。あわてて仲間に助け上げてもらって事なきをえたんだが、どんなに周りを見回してもそんな女も魔獣も、一匹も見当たらねえんだ。俺もう、うす気味悪くって…。」

「それなら俺も聞こえてたぜ。『もし、そこの漁のお方……』ってはじまるんだよな。」

「そうそう、!いやもうキレイで透き通った声でよ。」

「…それ、ひょっとしてセイレーンなんでねえか?昔この辺り居たって言うじゃあねえか。」

「アハハ…まさかぁ。もう百年も前に絶滅してるぜ?!」

「いーや分かんねぇべよ~?」

「念のため、みんなで親方に掛け合って、耳栓取り寄せて持っておこうぜ。」「あぁそれは良い。お守りになるっぺよ。」




「ふむ…一か月前から急に、ですか…。」

 それは妙だ、とドウェインは思った。

「ええ。それよか前はそんな話は聞きませんでしたぜ。」

 その日、突然漁師たちが大挙して、『耳栓を買ってくれ』と来たもんだから驚いたんでさ、と男は言う。

「それで…見た、と仰ってましたが…。」




 申し遅れたが、この男の名はビリーと言った。

 エストフ港の漁業組合の、彼が組合長である。

 今でこそ腰をやってしまい一線からは退いているが、そのノウハウ、技術は折り紙付きだ。その昔彼が獲った三間(こちらで言う、約5m強)もあるイカの魔獣は、今も街の博物館に保存、展示されている。ちなみに、そのイカの隣には、二百年前に絶滅した、あのセイレーンのミイラもちんまりと展示されていた。

 そんなビリーだったから、漁師達から話を聞いて黙っているわけが無かった。

 このままでは確実に、漁に支障が出る。今でこそこの街は賑わってるが、二百年前はセイレーンのせいで漁師が寄り付かなかったばかりか隣国や別の大陸から来る貿易船までもが難破しまわっていたから、ひいてはこの国の経済もおかしくなっていたのだ。ビリー自身はその時代を生きていないので知らないが、セイレーンの話は子供のころ童話として散々聞かされてきたし、都では舞台にまでなっていて、なかなか人気のお芝居だと聞いている。


 ビリーは考えた。そして…二百年前に漁師たちが取ったものとほぼ同じ作戦に、打って出ることにしたのである。



 そして……。

 夜も明けきらぬ四の刻(午前四時)。

 それはあらわれた。




 その晩。

 ビリーは、一隻の漁船に、同船させてもらっていた。

 この時、ビリーと漁師たちは頭を突き合わせ…半刻ほど、打ち合わせていたようだ。

 あれから漁師たちの聴き取りにより、そのセイレーン…かどうか分からないが…の出没に、いくつかの共通点が浮かび上がってきた。

 出没の時刻は、夜中から明け方の間。

 あらわれるのは、波がおだやかな時のみ。波の高い晩にはあらわれない。

 あらわれるのは港の近海、東側にある浅瀬の近く。

 姿はあらわれることもあるが、見えない事も多い。しかし声だけはハッキリと聞こえ、『もし…そこの漁のお方…』とはじまる。

 ここから先を聞いてしまうと、十中八九その漁師はふらふらと海へと飛び込んでしまうのだ。

 ここまで調べ上げたビリーは、組合から金を出し、まき網漁の船団を丸ごと一つ、一晩だけ借り上げることに決めた。




 まき網漁は、昼夜逆転である。

 夜出港し、朝まで網の投げ入れと引き上げを繰り返し、早朝港へと帰ってくる。

 複数の漁船でチーム編成を取るのが一般的だ。魚の群れを探し出す船と、灯りをともす船。そして魚を獲る船と、獲った魚を港まで運ぶ運搬船だ。ここまでは、こちらの世界と変わらない。

 変わっているのは、その魚の群れを探し出すのと、灯りをともすのに探知魔法と、強力な光を出す魔術がそれぞれ使われているということである。

 このまき網漁の船団はすでに、この声と何度も遭遇していた。出そうな天候、波、海域を熟知していたのである…正に、うってつけだった。

 ビリーは、揺れる船から海へと、鋭い視線を送った。

(来い……しとめてやる)


 と、その時だった。

 灯りが、消えた。



「どうした!」「あれ、ライトの術式が…あれ?!」「シーッ!ビリーさんの言うとおりにするんだ!」

 船からどよめきが起こる。

(…来た!)

 それまで何食わぬ顔で漁に加わっていたビリーは、周りの漁師と目配せし、手を止め、耳栓を付けた…一人を除いて。

 その一人は、この運搬船の中で一番若い、男の漁師だった。

 その若い漁師はビリーと目を合わせ頷くと、その船の柱にピタリと身体を付けた。すると、すかさずビリーともう一人の漁師が二人がかりで、あっという間に彼の身体を縄で縛りつけてしまった。

「…すまねえな。少しの辛抱だ…必ず助ける」

 ビリーは一瞬耳栓を片方外し、声をかけた。

「…頼んます。」

 若い漁師はふるえ声で言っていたが、「…あっ」と声を上げた。

 どうやら歌が聞こえているらしい。

 若い漁師の瞳孔から、みるみるうちに光が消えた。その先は一点を見つめている。

 ビリーは一本のもりを手にした。これで、化物をしとめるのだ。




 凪いだ海。真冬とは思えぬ、生温なまぬるい空気。

 漁師達もビリーも、時が停まったかのように動かない。

 光は今、術式が効かず各船に灯された小さなカンテラの光のみだ。

 その中、突如あの若い漁師が叫び出した。縄の間で暴れている。

「ほどけー!!ほどけーーーー!!!このヒトと一緒に行くンだーーーーーーー!!!!!」

 耳栓をしてても空気の震えで分かるほどの大音声であった。目から涙をながし口からはよだれも垂れ流して、完全に正気をうしなっている。

(どこだ…!!!)

 若い漁師には女が見えているらしいが、ビリー達には全く見えていない。

 しかしこのままでは彼の精神が危ない。限界だった。

 心を決めたビリーは、持っていた銛にありったけの雷の魔法をこめると、その若い漁師のすぐ目の前の空間に向かって…刺した。

 バチバチバチ…!!!

 物凄い音ととともに閃光が走り、その空間に居た()()にその銛が刺さったように見えた。

「行ったか!!」「うわぁ、なんでぇアレは…!!!」


 この時。


 そこにいた全員が、それを目撃した。


 見事なまでのウェーブがかかった金髪。うすい青色の瞳。目の覚めるような美女が、その若い漁師としっかり目を合わせ、口をぱくぱくとさせていた。背中には深々と銛が刺さっているにもかかわらず、それをものともせず歌いかけているのだ。

 そしてその首から下は…。全身茶色い羽毛と、かぎ爪の足。

 どうみても、あのセイレーンだった。




「それで…。」

 気が付くと、ドウェインに供されていたお茶はすっかり冷めてしまっていた。

「消えちまったんですよ。煙みてぇに。」

 ビリーはお手上げ、という風に言った。

「何ですって」

「あの後、あいつは刺さっていた銛を翼を使って器用に抜いて、くるりと振り返りやがりました。そうしたら俺とがっちり目が合いましてね…。あいつは俺の姿を認めると目を細めて、ふわりと羽ばたいて…俺にその銛を返してきました。そしたら…煙みたいにぶわっと消えちまったんでさ」

 そして、光の術式が戻ってきた。あたりが一気に明るくなった。

 ここまで来て、彼らはようやく気づいたという。


 あの化物自身が、光っていたということに。


「その時使っていた銛は、ありますか」

 ドウェインは言った。

「あります、これでさ。」

 ビリーは太い腕をのっそりと動かし、座っていたソファの後ろからその銛を出して見せた。

 ずいぶんと使い込んだ銛のようだった。しかし、その切っ先をはじめ、全体的にしっかり手入れされていることが見て取れる。

「拝見します」

 ドウェインは両手でしっかりと受け取ると、呪文を唱えた。探索の魔法を行使し始めたのだ。

 魔力の残滓を探る。

「一つ伺います…その一件から、この銛は使われましたか」

「いいや。調べてくださるかもしんねえと思ったから、あれからは一度も。」

「……。」

 ドウェインは思案した。

 おかしい。

 話を聞く限りでは、そのセイレーンまがいはゴースト系の魔獣では無いかと踏んでいたのだが、それらしき魔力が全く検知されない。魚ばかりだ。

「その若い漁師さんは、ご健在ですか。」

「ええ。あの時ばかりは流石に数日寝込みましたが、もうとっくに復帰してますぜ。そろそろ起きてくるんでねえかな…会いますか?」

「助かります。」

 こうして、あの時の若い漁師…エディからも話を聞けることとなった。





 筋骨隆々。

 エディという青年は、正にそんな言葉がしっくりくる体つきをしていた。なのに、その首に乗っかっている顔が、まるで10代のような童顔である。

 聞くと、やはり17歳ということだった。

「いやぁ…あれは生きた心地がしなかったス…。」

 エディはその巨体を縮めて、「今でも思い出すたびにチビりそうになりますもん。」

「…そんなところ悪いんだが…。」

「えぇ。いや、話すのはむしろ大歓迎ス。その方が楽になるっていうか。」

 確かに、カウンセリングの効果は期待できるかもしれない。とドウェインは思った。




 その後、エディから聴き取ったところによると…。

 組合長、ビリーの手によってしっかりと柱に括り付けられたエディは正気を失いながらも、しっかりとその目と耳で化物の姿を捕えていた。

"もし…そこにおわす漁のお方…"

(来た…!!!)

 エディは恐怖に震えそうになる身体を叱咤し、必死にあたりを見回した。

"船をつけてわらわの声を聴くのです…妾の声を聴いたものは幸せが待っておるのですよ…"

 そんなわけあるか。しかし一人聴き続けるしかない。おとりを買って出たのは自分だ。しかし大丈夫だビリーさんが助けてくれる…エディは必死に、恐怖と戦っていた。

 すると歌が始まった。

 内容はところどころしか思い出せないが、聞いたこともないような物悲しい、悲恋の曲だったという。それでいて声は透明で、しかし強く、美しい。そしてその曲は、ある一人の女が恋によって貶められ、心が壊れていく様を描写しているものだったという…いつしかエディは滂沱ぼうだの涙を流していた。

 そして、エディはついに見た。

 灯りを灯す船のすぐそばの海上にふわりと浮かぶ、一人の女を。

 しかし…その首から下はこげ茶色の鳥の姿。

 やはりおとぎ話に聞かされていたセイレーン、そのものだった。

 そのセイレーンはエディが聞こえていることを認めると、ふわりと笑ってその翼をはためかせ、括り付けられたエディのすぐ前…至近距離までやってきた。そして翼が変化して…両手をあらわすと、エディの頬を包み込み、悲しい顔で繰り返し、こう言いつのったそうだ。

"わたしは、ここにいます。たすけて…迎えに来て…たすけて…一緒に来て…わたしをたすけて…わたしを"




「これは、ただごとではないと思いました。どうにかして、救い出さないとって思いました。」

「……。」

「そうしたら…」

「ビリーさんの銛が、そのセイレーンに刺さっていたと」

 ドウェインのげんに、エディは頷いた。

「あとは、ビリーさんから聞いていると思います。」

「……。」

 ドウェインは思案した。その後、こう質問した。

「思い出させてしまってすまないんだが…あと一つだけ聞きたい。そのセイレーンの顔は覚えているか?」

「ええ。それはもう。至近距離まで来ましたから。」

「どんなことでもいい。そのセイレーンがどんな顔だちだったか、特徴を教えて欲しいんだ。」





 数刻の後。

 もう漁に行かなければならないエディを、詫びとともに送り出したドウェインは、一人厳しい顔つきになっていた。



 化物の正体が分かったのである。



 そして……。


(これはおそらく、騎士団との連携が必要になってくる…)

 これであった。




 この国の騎士団は、こちらでいういわゆる、警察組織である。またおおやけにはされていないが、公安も兼ねていて、一般市民にまぎれて密偵をやっている者もいると聞いていた。


 つまりドウェインは、この一連の事象に魔獣だけではなく、()()()()()()()()()()()、と結論付けたのだ。


 …早く見つけてやらねばなるまい。


 ドウェインはさっと立ち上がった。




お読みいただき、ありがとうございます。


次章はついにセイレーン…かどうかわからない魔獣と対峙します。3日後投下予定です。


ではでは。

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