第十四章 学院の同級生がエリートになっとった件。
すみません……間が空いてしまいました。
あれから、すぐに騎士が数人すっ飛んできた。
二人はまた、治療院に逆戻りとなった。
サイラスの怪我の治療のためである。
手のひらを少々切ってはいたが、さいわい別状はなさそうである。
夜が明けたころになって、辺境伯ローガンも駆けつけてきた。
「二人とも無事か!!良かった……!」
「辺境伯……ご心配をおかけしました」
サイラスは流石に神妙である。
「まさか、もう襲ってくるなんて……」
綾子はショックが隠しきれていない。
「うむ。」
とローガンも頷いて、「今、国境はアーノルド殿下をはじめとする魔王軍の分隊が我々と共に守ってくださっておるのだが、レベルの低すぎる吸血鬼はどうしても見逃してしまうものらしい。」
「国境線は確かに長いですもんね……」
「それもある。あとは、魔王軍はあくまでヘルネルスト大公を倒すことに集中しているのだろう」
確かに、今回の一件は魔王の弟、ヘルネルスト大公に端を発している。分かっていないことも多いが……少なくとも、ヘルネルスト大公が亡くなれば、今辺境伯領で起きている問題のほとんどは解決を見るだろう。
しかし綾子の心情は複雑だった。
「実の弟を手にかけないといけないなんて……」
「うむ……」
ローガンも暗い表情だ。「魔王は、『数日で片を付ける』と仰せになられたそうだ。あの御方のことだ、やってのけられるだろう。我々は、辛いものを見届けねばならんやもしれん」
「……万一、その魔王が負けたなどということになれば……」
「この大陸に居る人間は皆、死ぬだろうよ。」
ローガンは事もなげに言って、「魔王の戦いは人間がやっているそれとは次元が違う。たかだか人間がどうこう出来る話じゃない。」
「それもそうですね……」
綾子は頷いた。
「それより、手前のことを考えた方がいいぞアヤコ。サイラス。」
ローガンは言って、「左手の処置はもう終わっているな?私の屋敷に移ろう。そなたらの今後を話し合わねばならんし、引き合わせたい者も待っておる。」
ローガンの屋敷はここからだと目と鼻の先だ。
サイラスは包帯で巻かれた左手とともに立ち上がると、右手で綾子の手を取った。
屋敷につくと、懐かしい再会が待っていた。
「パトリック!ライラさんも!!」
綾子は思わず、屋敷の中で待ってくれていた二人に駆け寄った。
「アヤコ!」「元気そうだね。」
黒のローブに身を包んだ二人は揃って安堵の表情を浮かべている。
パトリック・アンカーソンはかつて、綾子の同級生だった。すこし面長の顔だちに垂れ目、長いまつげ、さらには見事な栗色の髪色をしていてどこか馬を思わせる雰囲気を漂わせていたことから学院時代は、『馬さん、馬さん』と呼ばれていた。クラスでも人気者だった。
一方のライラ・ディズリーは四年ほど先輩で、サイラスとは飛び級した先の同級生であった。綾子とライラは実習で初めて会った……新人の魔術師は後進指導の一環で実習の引率に駆り出されることがままある。ライラもそうだった。南方大陸の出らしく、こちらでは滅多に見かけぬ褐色の肌に黒く長い髪をポニーテールに結い、切れ長の目の奥は澄んだ青い瞳。どこかキリッとした印象の女性だ。
「話は聞いたよ、サイラス。思い切ったね。」
ライラはちらりと、サイラスの包帯に目をやった。
「アヤコを守らねば……それだけでした。」
とサイラスは笑って、「それにあいつは、アヤコに暴力をふるった。この子は何も言いませんでしたが……、小屋で発見されたとき、アヤコの顔は腫れあがって肋骨にもヒビが入っていた。あと少し遅れていれば肺が損傷していた可能性だってあった、酷い状態だったんです。断じて許すわけにはいかなかった。」
「そうだったか……。」
ライラは頷いた。
「あいつは今度こそ、死んだでしょうか……」
あいつとは、その左手の血で倒したナタリーのことだ。
「今、うちの騎士団と魔法研究員の連中が現場を調べてる。」
ローガンは言って、「一級回復術師の血をまともに浴びてるからな。あの低レベルの吸血鬼ではひとたまりもなかっただろうとのことだ。まだ断定は出来んが……」
「そうですか……」
サイラスの心中は皆には分かりかねた。が……かつての同級生で、一時は付き合っていて共に生活していた女性だ。色々なものが去来しているに違いない。
「ナタリー先輩は、あんな人じゃなかった。」
その時、口を開いたのは綾子だった。
皆、こちらを見ている。
「少なくともゾハスで戦った時、私はあの時死にかけた。治療をしてくれたのはあの人で、リハビリも手伝ってくださって、それはかいがいしかった。命の恩人なのは確かなんです。街でもみんなに頼りにされてましたし……素晴らしい方だったように見えてました。でも、私やサイラス、その街の大勢の人たちに魅了をかけていたと聞いて、しまいにあんな化け物の姿になってでもあの人はサイラスの心が欲しかったのかと思うと……」
(自分には、あんな激しい、凄まじいばかりの恋心……いや執着心は持ち合わせていない)と、綾子は今、自分の心を見つめている。
前の世で明に裏切られ、従兄の指金によって殺され、どういったわけかこちらにやってきてはや、10数年。
サイラスは、それは優しい。毎日帰りを待ってくれている。最近はめっきり減ったが、大怪我して帰って来ようものなら叱りながらも治してくれる。第一あの借家だって、二人で暮らすために彼が用意してくれたのだ。尽くしに尽くされている。
しかし。
(私は何も返せていない……)と、綾子は思う。
何故だ。何故、サイラスはあの人を選ばず私を選んだのだ。私の心にはいまだ明がいて、その憎しみで腸が煮えくり返っているというのに。
「アヤコ。」
気が付くと、サイラスが綾子の手を取ってこちらを見ていた。
その手は暖かい。
「それで…二人はどうしてここに?」
聞いたのはサイラスだった。
「大公殿下からの指示ですよ。」
パトリックはそう言って、「サイラスとアヤコを守れとの仰せでした。それからこれ。」
言うと、パトリックが出してきたのは封書だった。
ゼルグ王家の紋章が見える。
「アヤコ、君にだ。サイラスも見てほしいとのことでした。」
受け取った綾子はそれを開けた。
そこには、こうあった。
『アヤコ
あらましはアーノルド殿下から聞いた。大変なことになったな。身体は大事ないか?
フリードおじい様がそなたを狙っておるやも知れぬと聞いたとき、にわかには信じられなかった。
しかし現にそなたはサイラスもろとも、襲われた。そなたらの命が狙われておるのは火を見るより明らかだ。
二人をゼルグに戻し、王城で庇護することも考えた。
しかし移動は危険すぎる。吸血鬼の嗅覚は犬よりも鋭い。すぐに見つかってしまうだろう。
転移魔法の行使という意見も出た。しかしこれもまだ研究途上の段階だ……まだ使えぬ。こちらにもう少し予算を組むべきだったと後悔しているが、遅すぎた。
話がそれたが……、この件、夫や息子、宰相その他側近にも諮ったが、全員『ここはナスカヴァルにとどまり、動かぬ方が良いだろう』との結論で一致を見た。
すまぬが、二人にはナスカヴァルにとどまり、隠れ住んでもらいたい。もうすぐ結婚を控えているところ心苦しいのだが、二人一緒では奴らを刺激して、昨晩の比にならぬような被害が出るおそれがある。別々になってもらう必要があるだろう。
大おじい様は、『数日でカタをつける』と仰られていた。あの御方に二言はない。どうか、辛抱をしておくれ。
直属の魔術師団からパトリックとライラを送る。二人なら、強力な隠蔽と結界魔法をかけることが出来るだろう。
潜伏先は勝手ながら、こちらで決めさせてもらった。どちらも妾の信頼しておる者だ。どうか、頼って欲しい。
アヤコ、サイラス。そなたらは我が国にとって……妾にとって、大事な民だ。
どうか無事で、乗り切っておくれ。
イブライムより愛を セシリア・ウル・イェルス・レゼルグ』
綾子は読み終わると、それをサイラスに渡した。
ややあって、サイラスは顔を上げた。
「お話は分かりました……これは、こらえるしかないようですね」
サイラスはアヤコに、その文書を返した。
綾子は直筆と思われるその文をもう一度、見返した。そこここに心遣いが感じられるように綾子は思った。
「二人がここ、ナスカヴァルにいることはすでにバレている。」
そう言ったのはライラだった。「昨夜のでおそらく君達の実力も、あらかたバレているだろう。次はもっとレベルの高いやつが襲ってくる可能性は高い。」
「そうでしょうね……」
「そこでパトリックの出番というわけだ。アヤコ。同級生なら知っているだろう、こいつの得意分野は何だ?」
「土魔法ですね」
綾子は即答した。
「そうだ。学院時代お前たち二人に魔法試合をやらせたら、パトリックがゴーレムを繰り出して講堂を破壊するわ、お前もツタの巨木を召喚してゴーレムの動きを止めたまでは良かったんだが、今度は土から栄養摂り過ぎて学院の敷地内の全ての木と薬草畑を枯らしたわで私が上からこっぴどく叱られたのも今となっては良い思い出だ、なァ???」
「「うぐっ……」」
アヤコもパトリックも、これにはたじたじである。隣でサイラスが呆れている。
「まあ良い。」
ライラ、ようやく溜飲が下がったようだ。「それでだ。こいつは卒業後、大公直属の魔術師団に現役で入った。改造ゴーレムというのを自ら開発してな。これが高く評価されたんだ。」
この魔術師団というのは、ただでさえ狭き門である。これを現役で突破しているのだから彼の努力は相当なものだったに違いない。
「すごい……!!」
綾子が目をキラキラさせてパトリックを見ている。となりでサイラスが綾子の手を握ったまま「じと…」とした目でその様子を見ている。
「だろ?ほめろほめろ」
と言いつつも、パトリックの顔が若干引きつっている。
(サイラスさんてあんなに狭量な人だったっけ……?)
「こいつのゴーレムは、ただのゴーレムじゃない」
ライラはそれらを無視して話を続けた。「人間の身体の一部、よく使われるのは髪の毛だな……これをゴーレムに食わせて、こいつが特殊な術をかける。そうすると、そのゴーレムはその人間そっくりに擬態することが出来るんだ。」
「まるで分身魔術ですね」
「しかも、分身魔術だとその分魔力が行使した人間から持ってかれてしまうから、使える時間に限りがあるんだがこいつはそうはならない。ゴーレム生成の分だけで済むから物凄い効率的なんだ。」
「……というわけで、今回はこいつにおとりになってもらう。」
パトリックがあとを引き取った。「これから生成する二体に、それぞれアヤコとサイラスさんになり替わってもらい、ナスカヴァルからイブライムにむけて、逃避行に出てもらうんだ。そうすることで、ナスカヴァルから奴らの目をそらす。加えて、奴らは血のにおいで人間を嗅ぎ分ける能力を持つそうだ……申し訳ないんだが、二人からは血を貰って、こいつの依り代にしようと思う。」
そう言うとパトリックは、ソファの傍らに置いてあった大きなカバンをテーブルに置き、そのふたをカチリと開けた。
中には、直径20㎝もあろうか。大きな泥団子が二つ、大事そうにしまわれ並んでいた。
「サイラスさん、怪我で出血したところ申し訳ないのですが……」
パトリックは気遣っている。
「かすり傷です。問題ありません。」
サイラスはパトリックの顔を見つつ(たしかに、馬さんと呼ばれていただけあるな……)と思いながら答えている。
こうして、その日の昼過ぎ。
綾子とサイラスと思しき若い男女二人が、辺境伯ローガン直属の騎士数名にともなわれ、屋敷から出立した。
完全な旅支度である。
そしてその数時間後、とある男ががはげ頭を振り振り屋敷へとやってくるとその数分後、うす汚れた真っ黒なフードをかぶった一人の老婆をともない屋敷をあとにした。
例の魔道具屋のおやじと綾子の変装である。
杖をつき、曲がった腰でよろよろと歩くその姿は、とても二十歳過ぎの若い女とは思われなかった。
ありがとうございます!




