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第十二章 起きたら魔王の息子が頭を下げてきた件。(下)

2024/02/29改稿:魔王の名前と弟の名前を間違えていたため修正、またラストにもう1シーン追加しました。

 先ほど著者は、『魔族にはその一部に番というものが存在する』と述べた。

 北西大陸にいる人間からすると、ロマンス云々と羨ましがられるが、魔族にとってはそうとも言えないものらしい。

 まず、見つかるまでが何とも形容しがたい、居るのかもしれないがどこにいるのかが近くまで来ないと分からないものだから、どことなくこう……空虚の中を生きるようになる者が多いのだそうだ。何せ彼らの命は長い者だと約千年……長い。

 ただ無事見つかれば、あとは幸せそのものだと皆口にする。


 しかしそれでも一つだけ、悲惨な例外が存在する。

 それは……。


『番の片方が、寿命を迎える前に殺された場合』。





「そなたは、魂の片割れを失った魔族がどうなるか、知っておるか」

 正直聞きたくなかったが、綾子はただ首を横に振った。

「徐々に正気を失っていくのだ。殺されたショックでそれまでの記憶は一切失い、自らが何者であるかも忘れ、そしてただ狂人の如くその番を殺害せしめた者に復讐する。相手が死ぬまで、また自らが殺されて死ぬまでそれは終わらない。」

 アーノルドは沈痛な面持ちでそう言って、「それがな……叔父上の身に起こってしまったのだ。」

「叔父上……とおっしゃいますと……魔王の弟君の」

 たしか魔王の片腕とも言われる実力者だ。

「一体誰がそのようなことを」

 魔王の弟の妻が殺された、とはまったくもって穏やかではない。

「それが……」

 アーノルドは絞り出すようにして、「父上が叔母上を手にかけた恰好となってしまったのだ……!」

「?!」

 何故そのようなことになったのだ。綾子はサイラスと、また顔を見合わせた。





 その事件は、夜に起きた。

 吸血鬼にとっては夜が活動時間だ。

 その屋敷の奥にある中庭で産着うぶぎを仕上げていたうら若き叔母の前に、一人の男があらわれた。

 結界を破り、いくつもの監視をくぐり抜け、すり抜けているという異常事態である。

 叔母は、「誰じゃ。誰か!!」と切りつけるように叫んだ。

 しかし誰も来ない。

 男はにこりと笑った。

 次の瞬間、叔母の視界が暗転した。

 そして気が付くと……。

 叔母は男に言われるまま、何かをさせられていた。

(いけない、いけない)

 と思うのだが、その手は勝手にその呪いをかけようと陣を床に描いている。

 そしてやがて、その呪う相手の名を見た時、叔母は戦慄した。

(ルートヴィヒ・ガーヴィン……これは義兄上のフルネームだわ!!なんてこと!!)

 しかしもう遅かった。

 ブウン、という音と共に呪いは完成してしまった。

 しかし、その相手は魔王である。

 その呪いは魔王ルートヴィヒによって無意識のうちにはじき返され、もろに叔母の元へと返ってきた。

 即死であった。

 必死で探し回っていた叔父が、魔王らの協力も得て現場に踏み込んできたときにはもう、叔母はこと切れていたのだという。

 お腹に宿っていた子も、助からなかった。





「叔母上を操っていたその男は、悪魔でな。自らが魔王となるため、それを企てたものらしい。その悪魔はすぐに探し出し、私が倒した。しかし叔父上は……」

「狂ってしまわれた……。しかもその理由は呪い返しによるもの。魔王が手にかけた恰好となってしまい、叔父上は貴方のお父上を殺す殺人鬼と化した……と」

「ああ。」

 先ほど申し上げた通り、この魔王の弟というのはその片腕とも言われる実力者だった。

 当然、ただの喧嘩などで収まるはずがない。

 戦争となったのである。

 魔王の配下を何人も、その叔父は殺した。

 そこに住まう民……魔族も大勢、巻き込まれた。

 大陸の地形までも、この叔父は変えてしまった。

 それでも、限界はやってきた。

 焦土と化した中、その叔父はドッ、と膝からくずれ落ちた。

 その全身に、銀製の矢じりが刺さっている。

 目の前には、その叔父そっくりの顔立ちをした男が今にも大剣を振りかぶらんとしている。

 魔王、ルートヴィヒ・ガーヴィン・"ドレイク"・フォン・アルカトラハス。

 魔王ルートヴィヒは、その大剣を振り下ろそうとした。

 しかし、相手は実の弟である。

 ほんの一瞬の、躊躇だった。

 その一瞬の間に……。

 魔王の弟……フリードリヒ・ヨーゼフ・ヘルネルスト大公は煙と化し、姿を消してしまったのである。






「それが…10年ほど前のことだ。」

 アーノルドは言った。

「……全く、知りませんでした。」

「それはそうだ。我々も、隠したからな。そなたらには理解できぬやもしれんが、王族の女性があのような低級の悪魔によってそそのかされ死亡、挙句内戦にまで発展した……というのは正直恥に近い部分もあってな。おおやけにはしなかった。ただ、この大陸におられる国の長には通達を出しておってな。セシリアも知っておる」

 綾子にはなんとなく、その恥というのが分かる気がした。

「煙と化した……というのは、死んだというわけではないのですね……」

「ああ。弱体化した吸血鬼がよく使う逃亡手段だ。自らの身体をちりもやに変えて、風に乗ってな……。どんな強力な結界もすり抜ける。行方を追うのは非常に難しくなる」

 ただし、とアーノルドは続けた。

「身体に埋まった銀の矢じりの効力は、その状態となっても生き続ける。あの時叔父上は相当な数の銀をその身体に受けた……弱体化はしているはずだ。わが帝国の領土は広い、ましてやそれよりも広い大海原を越え北西大陸になど来れるはずがない……」

 アーノルドはまた沈痛な面持ちになって、「……と、たかをくくっておったのだ……」

「……まさかそれって」

 綾子の背筋に、冷たいものが走った。

 サイラスの表情も固まっている。

「……うむ。」

 アーノルドは重く頷いて、「あのナタリーという女の遺体を改めさせてもらった。たしかにあれは、何者かから血をもらい吸血鬼…スレイヴという奴隷吸血鬼になっておった。そして首に残っていた噛み跡を調べた結果、その歯形は叔父上のものと断定された。……叔父上は、この大陸にいる。」




 叔父上は、この大陸に居る。




 綾子は半ば呆然と、それを聞いていた。

「……ちょっと待ってください」

 綾子は思わず頭に手をやって、「何故、この大陸に……?それと、なぜ、私を拉致するという事に繋がったのでしょうか」

 それも、ナタリーをわざわざ吸血鬼に仕立て上げるということまでして、である。

 たしかに、わからないことだらけだ。

「ここからは推測になるのだが……」

 と、アーノルドは前置きして、「さっきも申したが、あの10年前の戦いで叔父上は全身に銀を撃ち込まれた。回復には膨大な魔素が必要となる。この大陸はうってつけだろう……一般市民にまで生活魔法が自在に操れるなど、この大陸の者だけだ。回復を求め、無意識のうちにここにたどり着いたのではないか」

「なるほど……」

 ありえそうな話だ、と綾子は思った。

「一つ、伺ってもよろしいでしょうか」

「うむ。許そう。」

 アーノルドがサイラスを見る。

「吸血鬼族は一般に……眷族、同族に対する同胞意識が非常に強い種族と聞いております。その、叔父上の気配など、これまで感じ取れたりは出来なかったのでしょうか」

「うむ、うむ……さも考えるだろうな。」

 かなり突っ込んだ質問にも、アーノルドは嫌な顔一つしない。「結論から申すと、今現在も全く感じ取れておらぬ。勿論、あの事件の前は分かっていたものだ。サイラス、そなたのその一般論というのは正しい見識でな。我々の種族は同族の気配などはすぐに察知できる。だが……。」

 言うと、アーノルドは首を横に振った。

「ひょっとすると、あのモーガン・ヒックスが巧妙に隠している可能性はありますね。あの男は不老不死を研究していた……吸血鬼の寿命は約千年。一方モーガンは優秀な魔術師です。叔父上の銀を取り除くことは、不可能ではないと思います。二人の間に交換条件がはたらいているのでは」

 綾子は言った。

「うむ。同感だ。なにか、隠されているような感覚はあるのだ。しかし、それが何かが分からぬでな。また、同時期に妻がここで見つかってその一件があったものだから、それどころでは……」

 そりゃあそうだろう。

「それと、アヤコ。そなたを拉致した理由なのだがな……」

 アーノルドは言って、「これも推測に過ぎぬのだが、ほぼ間違いないと思う。実はそなたは……」

 アーノルドは言いよどんだが、こう続けた。

「叔母上に顔だちが、よう似ておるのだ。」

「!!」

「似ているどころのさわぎではない。顔もそうだし、その紅い髪も、瞳の色も背の高さもそっくりなのだ。あの牢獄でそなたを見たときは、それはもう驚いた……叔母上が生き返ったのかと思ったのだぞ」

 綾子は思わず、サイラスと顔を見合わせた。

「そういえばあの時、モーガンはこう言っていました……『貴方はイスルの母となっていただく大事な身、皇帝も待ちかねておられる』と」

「何だと」

 綾子の言に、今度はアーノルドとサイラスが顔を見合わせた。

「……これは大事おおごとかもしれぬぞ。そのモーガンとやらの言い方はまるで、イスルの王はすでに殺されたかして、叔父上が皇帝になっているように聞こえる」

「そういえば、イスルといえば国交を断絶してちょうど10年になりますね……」

「時系列もぴったりか……」

 アーノルドは、どうも嫌な予感がした。

(ひょっとすると、イスルはもう、叔父の手にかかって民まで吸血鬼化しているのでは……?)

 いや、それなら自分が気づかぬはずはない。同族の気配はすぐに分かるのだから。

 しかし、どうも嫌な予感がする。

「うむ……これはいかんな」

 アーノルドは立ち上がった。

(すぐに父上に報告が必要だ)

 これであった。






 どん、という地鳴りとともに、東の山脈の向こうから大きな火柱のようなものが上がったのは、その時だった。


お読みいただきありがとうございます。


こちらをもちましてストックが無くなりました。


少々本業の方がスケジュール詰まっておりまして、明日(3/1)の投稿が厳しい状況です。詳しくは活動報告にて。

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