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第十二章 起きたら魔王の息子が頭を下げてきた件。(上)

 まぶしさに、綾子は目を覚ました。

 夢は、久しぶりに見なかった。

 いい朝だ。

 しかし身体がふわふわする。

 熱でも出ているようだった。

 しかし、関節痛は無い。

 まるで、冷え切っていた身体が一気に温まったかのような感覚であった。

 綾子は起き上がった。

 窓から外が見える。

 人々が通りを行き交っている。

 見たことのある景色。ここは……。

(ナスカヴァルに戻ってきた……)

 そこへノックの音がして入ってきたのは、サイラスだった。

「気が付いたか。良かった。」

 サイラスは綾子の様子を認めると、素早い足取りで綾子のいるベッドへとやってきて目の下、首回り、口の中を確認し始めた。

「サイラス、心配を……」

 綾子はサイラスの手を取り、「ナスカヴァルへ戻れたのですね。」

「うん。」

 サイラスは頷いて、「アヤコは丸一日、眠っていたんだ。身体がふわふわするだろう?魔力酔いを起こしてる……自然に治るんだけど、今は安静にしていないといけないよ。お腹は?」

 どうも、モーガンが綾子に取り付けたあの魔力封じは相当に強力なものだったらしい。それを外したために、綾子の身体中を一気に魔力が巡り、この状態となっているようだ。

「ペコペコです……」

「良い傾向だ。」

 サイラスは安堵したように笑って、「すぐに食事を持ってくるよ。」

 扉がゆっくりと閉まり、階段を下りていく足音がした。

 窓の外では人足夫が、大きな砂袋を担いで悠々を歩いている。



 綾子がグレスラー領で拉致されてから、三日が経過していた。




 あの後。

 団長のヴィンセントはすぐさま、ミックから話を聞いた。

 そして……。

(やはりアヤコは拉致された……)

 この結論に至ったようだ。

 曰く、使用人部屋で例の化物を一体倒したところ、突然壁に真っ黒な穴がぽかりと開いて、そこからひものような手が無数に伸びてきたのだという。

 この時ミックは例によって、綾子の襟元でバッジに化けていたそうなのだが、するとその手の一つがバッジをするり、パチリと外してきたのだそうだ。

 するとその直後に何故か、変化の魔法が解除され、ミックは少年に戻ってしまった。

 その後はもう、その手どもがたちまちミックを羽交い締めにした挙句、首に衝撃が走り、気を失ってしまったのだそうだ。

「アヤコねえさんは、そのままその穴に取り込まれてしまったのです」

 ミックはうなだれる。

 ヴィンセントはすぐさま、辺境伯ローガンと、婚約を取り交わしてすでに同居していたサイラスにこの件を伝えた。

 ナスカヴァルからグレスラーの屋敷までは早馬だと、一時間とかからない。二人ともすっ飛んで来てくれた。

「現場は?魔力の残滓から行方は追えないか」

 とローガンが声をかけたが、

「駄目です、向こうも上手うわてです!はじかれてしまってます」

 研究員の悲鳴に似た声が返ってくる。

「クソっ……ここまでの一連流れは全部罠だったのか……」

 ローガンが吐き捨てるように言った。

「ヒース殿……申し訳ない。我々が付いていながら」

 ヴィンセントはサイラスに頭を下げた。

「……っ」

 サイラスの顔色は悪い。「彼女の……選んだ道です。いつかこういうことは起きると思っていました。それでこれをついで作ったのですが……」

 サイラスは二人に、この指輪の持つ特殊能力を伝えた。

「なんと……。」

 ローガンは絶句している。

「しかし、その指輪からは何も反応が無い。となると、何が考えられる…?」

 ヴィンセントは言葉を選ぼうとしたが、結局核心を突いてしまっている。

「まず、死んでいない。」

 サイラスは断言した。「ただし、自分の居場所を伝えられる状況にない。という事は本人が気を失っているか、能力を封じられている可能性があります。例えば……魔力を封じられているか」

 サイラスはこの時見事に言い当てているのだが、それを知る由もない。


 その夜は、まんじりともせぬ夜を過ごすよりほかなかった。




 状況が動いたのは、翌朝のことだった。

「団長!!」

 サイラスが詰所に飛び込んできた。

「来たか!」

 団員たちが駆け寄ると、サイラスの薬指の指輪が、まるでレーザー光のように一方向を示している。

「よし、向かうぞ!馬は乗れるな?」

「はい!」

「よしっ」

 そこへ。

「分かったか!」

 ローガンも駆けつけてきた。

「はい、辺境伯。申し訳ございません。すぐに向かわねばなりません」

 サイラスはもう身支度するのへ、

「うむ、サイラス。実は、馬よりはるかに早い神獣に乗せてくださる方が今ここに来られてるのだ。話をしたら、快く受けてくださった、乗せてもらえ」

 ローガンは早口で言って、後ろにいた一人の男を紹介した。




 それが、あの黒髪とオッドアイの瞳をした、あの男だった。




「生まれて初めて、ドラゴンの背に乗ったよ。おかげでもう凄いスピードで、イスルとの国境近くにあったあの山小屋までたどり着けたんだけど……凄い高さで、生きた心地がしなかった。」

 サイラスは苦笑いして、「でも、その体中発せられるオーラは素晴らしいものだったよ。神獣と呼ばれる理由が分かった気がした。」

「ですよね。私も天井に穴が開いて顔が見えた瞬間、心臓飛び出るほどびっくりしましたもの。いやあ、しかし…いいなあ……」

 綾子は羨ましがって笑いつつ、「そういえば、あの方は一体?」

「ああ、それはね…」

 と、サイラスが言ったその時だった。

 階段から、誰かが上がってくる音がする。

 綾子は急に、おぞ気がした。

 扉から、まるでどす黒いオーラが見えるようだった。これは……覇気か?

 扉がノックされる。

「ど、どうぞ」

 綾子はベッドから下り立ち上がろうとしたが、サイラスが押しとどめた。

 扉が開いた。

 いたのは、やはりあの男であった。

 男のそばには、真っ黒な狼のような生き物がいる。時折、その体からボッ、ボッと炎が上がっているのが見てとれた。

 するとサイラスが膝をつき、

「北東大陸の覇者、ドレイク大帝皇太子、アーノルド=ウォルフ=ノーデンフェルド殿下に拝謁仕ります」

 と、言ったものだ。

「……!」

 綾子は(やっぱりか!)と思いつつ、「このままの恰好で、お許しくださいませ」

「うむ。そなたは病人だ。当然のことぞ。気が付かれて安堵いたした。サイラス。座っても。」

 男……アーノルドは気さくに言って、サイラスを見た。

「勿論にございます。」

 綾子も、否やはない。





 治療院の一室で、魔王の息子が丸椅子に座って、綾子を見舞っている。

 信じられない光景であった。

「少し、話をさせてもらっても?」

「はい、構いません。」

 構うも何も、きっとそのために来たのだろうと綾子は思った。

「容体に差しさわりがあれば、中断させていただきます。」

 サイラスは回復術師として、きっぱりとそう言った。

 アーノルドは目を見張っていたが、すぐにそれを細め、「うむ、相分かった。」と頷いた。そして、そのまま話をはじめた。





「先ほど、そなたの夫から紹介が合ったとおりだ。私は魔王の息子でな。皆にはフェルド卿とか、そこにおる黒竜の姿かたちからウォルフ大公なんぞと呼ばれておる。」

 若い見た目と老成した口調が似合っておらず、綾子は面喰った。が、無理もない。確かこの方は二百歳を超えているはずだ。

「実はこの度、つがいが見つかってな……。」

「何と。左様でしたか、それは、おめでとうございます。」

 綾子が思わず、祝いの言葉を口にするのも無理はない。

 北東大陸に住まう魔族の中には一般に「番」というものが存在する。

 よく聞く話ではあるのだが「番」とは魂のかたわれ、運命の恋人とも呼ばれ、見つけると一生その者を愛し抜き、添い遂げる。他の異性には見向きもしなくなるのだそうだ。

 これは人間には存在しない。一部の魔族にのみ存在するものなのだそうで、番同士が魔族ということがほとんどだそうなのだが、稀に人間という例も存在する。何を隠そう、今のゼルグ大公殿下、セシリアの高祖母の姉が今の魔王妃なのだ。

 なので、現在のゼルグ大公であるセシリアとこのアーノルドは少々遠いが、血がつながっているし、ゼルグ公国内では今でもその魔王妃と魔王とのなれそめを題材とした劇は絶大な人気だ。

「半年ほど前だったか。たまたま、セシリアに会いに来ておったところ匂いがしてな、で用をすませふらふらとたどったら何と辺境伯領ここにおったのだ。で……いてもたっておれんで、色々とあって、結局モノにしてしもうてなあ……ローガンには物凄い怒られてなあ」

「その方は辺境伯と所縁のある方で?」

「うむ。ローガンの屋敷ではたらく召使メイドだったのだ。」

 あのお屋敷の召使となると、裕福とはいえ平民がほとんどだ。

「それで、まあ私の方は身分も何も関係が無いから良かったのだが、やはり彼女のご家族の方がそうも行かんでなあ……」

 それはそうだろう。突然娘を連れ去ってわが物にした挙句、「娘さんを吸血鬼にしてしまいました、そして娘さんをください」と来たらそりゃあ怒り心頭というものである。しかもこのご両親というのが魔族……特に吸血鬼に対し偏見を持っていたものらしい。曰く、『人間の生き血を吸って、食料にして食い殺してしまう』だの、『人に吸血鬼の血を与えると、その者はスレイヴという低級吸血鬼に成り下がる。体は鉛色に変色し、アンデッドのように自我を失い血を求めさまよい歩く』などというものである。

 厄介だったのが、これらは全て事実であるということだった。

 確かにその通り、かつて千年もの昔北東大陸にいた先住民族(人間)は皆、そのようにして殺害されたり、吸血鬼に置き換わってしまったりした。

 しかしそれとこれとは話が別である。アーノルドはあくまで、彼女の意志を尊重し、誘惑や幻覚、魅了といった魔術は一切使わず真摯に向き合って話をし、最終的に彼女は自らの意志でアーノルドの手を取ったのだ。

一時いっときは彼女がご両親に向かって、『ではもう二度と会いません!』と泣いてしもうてなあ。しかし私も『いや、それは……』となって……。何度も話し合いと説得と、もうこちらも必死でなあ。しまいにはローガンやセシリアまで説得に出てくれてな、それで、この度ようやく婚姻となったのだ。それで、一昨日もたまたま、その打ち合わせで来ておって。そうしたらローガンの屋敷がやけに騒がしいではないか。で、慌てふためいてるローガンをとっ捕まえて話を聞いて、即座に一肌脱いだというわけだ」

「大変、ありがとう存じました……。」

 サイラスは丁重に礼を言った。

「うむ。それにな。」

 言うなり、アーノルドはきびしい顔つきになって、「私……いや、わが血族は、アヤコ殿に詫びねばならん。すまなかった!!」

「へ?!え?!殿下、いけませんそのような、どうか顔をお上げください!」

 綾子は慌てふためいた。

「一体、どういうことなのです。」

 サイラスもまったくもって、訳が分からない。

 アーノルドは、はたとようやく気が付いたようだった。自分が、いきさつをすっ飛ばし結論から先に言ってしまっていたことに。

「ああ……そうであったわ」

 アーノルドは頭に手をやり、「これには、込み入った事情がある。わが血族の恥も、さらさねばならぬでな。しかし、聞き届けてもらわねばなるまい……。」






 泣きそうになっていた灰色の空から、とうとう雨が落ちてきた。

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