第十一章 魔王降臨?
(まずい……まずいまずいまずい!!)
モーガンの頭の中が、あっという間にこの一言で目一杯に塗り潰された。
これは想定外だ。
竜が、ここにいる。
北東大陸……魔族帝国でも聖獣として崇拝されている、あの竜が。
そんな気高い種族が、ただの人間を乗せるはずがない。
ということは、誰かが乗せることを許可したのだ。
そんなことが出来るのは、一人しかない。
(魔王……)
ここに魔王が来ている……だと?
何故だ。
たかだかこの女一人を拉致しようとしているだけだ。あの御方ののために。何故そんな大事になる。
いや。
そんなことはどうでもいい。今理由を探そうとしても無駄だ。
とにかく、この女を連れて、イスルまで逃げおおせる。今女のそばにはただの回復術師の男一人。問題ない。ここから男の首をはね飛ばし女を人質に取る。あとは屋敷で連れ去ったのと同じ要領で……
(……行ける!)
モーガンはここまで計算すると、腰を抜かしたと見せつけて床に付いていた手から魔術をズズズ……と発動させた。
床に紅い魔法陣がブウン、とあらわれる。
「!!」
しかしその時、その手首をぱしっ、と握りしめた者がいる。
モーガンが顔を上げると、そこにいたのは若い男であった。
漆黒の黒い髪が長く下されている。そして切れ長の目の奥には右目が青、左目が紅…そのオッドアイが、モーガンを厳しく見据えている。
「ぐっ」
モーガンは悲鳴を飲み込むと、その手を振り払った。
するとどうだ。
床から、壁から無数の白い手がにゅるりと伸びてくるではないか。
それらはまるで意志を持っているかのように、ざあああと音を立てて、一気にサイラスと綾子に向かってきた。
綾子の魔法は封じられている。手も縛られている。レイピアも奪われている。サイラスは回復術師だ。対抗するすべが無い。しかしサイラスは何とか綾子を守ろうと、綾子から身を放さない。
すると、その若い男が床をぱん、と叩いた。
白い手がビタァ、と停止した。そして。
パァン。パアァン。
ガラスが砕け散るおうな音がして、白い手が一気に、ボロボロにくず割れた。まるで紙吹雪である。
そして、サイラスのすぐ目の前まで迫っていた手からナイフが一本、カランカランと落ちた。
あの手が、サイラスの首を狙っていたのだ。綾子はぞっとした。
そこへ、あの若い男が口を開いた。
「貴様……私を何と心得る」
地の底から湧くような、低い声である。その口から、牙が見えた。
「……!!!」
「まあ知らぬのも無理はない。それにしても……私の魅了が効かぬとは。なかなかなものだ」
男は面白がっている。
「フーッ……フーッ……」
モーガンはその目線から放たれている魅了魔法と、必死に戦っていたようだ。そして、今度は左手を握りしめ、大きく上に振り上げた。
ズドォン、と鈍い音とともにあらわれたのは、あのアマンダを死に至らしめた坊主頭の石像である。
「なにっ」
男が驚いている。
目線が切れた。モーガンは立ち上がった。石像がにんまりと笑う。そして、
『オ前、ゴ主人サマいじめタナ?イじメたな??』
というなり、その大きなこぶしを男に向かって振りおろした。
ズドン。ズドン。ズドン。
男が長剣を抜いて防御したが、こぶしが重すぎたようだ。床ごとめり込んでしまっている。
やがて、剣にひびが入った。
「ちっ」
男は面倒くさそうに舌打ちをすると……剣を捨てた。
そこに容赦なく、拳が迫る。
(もう駄目だ!)
綾子は思わず目をつぶった。
しかし、何も起きない。
綾子は目を開けた。
「あぶないっ」
サイラスが、あわてて綾子と一緒に後ずさった。
そこに、石像の腕がズドンと落ちてきた。
綾子は開いた口がふさがらない。
(斬った……!)
男の手には、透明な何かが握られていた。
あれは……氷だ。それも男が握りしめている一本だけではない。氷が、剣のような形をして何本も、男の周りで浮いている。
するとその氷の剣が、突然消えた。
石像が、その赤ちゃんのようなその顔が、驚愕の表情のまま、固まっている。
『エ…ア…』
それが、その石像の最期であった。
石像の頭、上半分がピッと切れたのを皮切りに、石像の全身がバラバラに分解されたのである。
ドドドドドドッ、という音とともに、石の塊が粉塵とともに落下した。そして。
「げぼっ……」
モーガンが血を吐いた。ヒューッ、ヒューッ、と喉から音がしている。
モーガンは目を閉じた。
すると、モーガンの足元にぽかりと、穴が空いた。穴の中からあの無数の白い手がモーガンを守るように包んでいく。
「……アヤコ・マーガレット・ブラントン。また、お目にかかる……我々は決して、諦めない……」
「……!」
モーガンは苦しげに顔をゆがめながらそう言うと、穴に取り込まれ姿を消した。
床は一瞬で、元に戻った。跡形もない。
綾子は安堵のあまり、今度こそ気を失った。




