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第五章 ポルタ村のおぞましいむかしばなし

人が殺害される描写があります。苦手な方は、戻って下さい。

 トトの語ったところによると……。

 この地は昔、一面に麦の実る、国内でも有数の穀倉地帯だったらしい。

 ところが十年前から急に、土が痩せ衰えてしまったのだそうだ。いくら土の性に強みを持つ魔術師が魔力を流し込んでも、吸い込んでしまうばかり…。元には戻ってくれない。

 魔術師は匙を投げた。そして民は飢え、流出する若者も増えた。

『今この村の金はほとんど、若い男衆らの都での出稼ぎによって入ってきておる。』

 トトはそう言った。

「その十年前というのは、何か事件があって、そうなったのでしょうか。」

 綾子はどんどん質問をぶつけていった。

『…ああ。あった。おぞましい出来事がの。』

 それが、今の領主…ではなく、前の領主…それも、その妻が起こしたことだったのだ、とトトは顔をゆがませ、言った。




 今の領主であるエドガー・ブラントンは、実は二年ほど前に国から遣わされてきたらしい。つまりは新参だ。

 その"事件"から二年前のエドガーの赴任までの約八年間…ここはゼルグ公国の直轄領だった。なにせその事件が醜聞過ぎた…都に居た貴族は誰も、ここを治めたがらなかったのだ。

 その事件とは…こうだ。


 前領主の妻の名は、クリスティアナといった。前領主レイモンド・バルモアと共にやってきた時、村の者たちは…当時は街、と言ってもいいくらいの規模だったのだが…彼らはわっと歓声をあげたものだった。二人とも明るい金髪に整った顔立ち。背もすらっと高く、二人が並ぶとまるで絵画のような美しさだった。

 しかし、それは見せかけに過ぎなかった。

 実際の夫婦仲は、冷え切っていたのである。

 新婚の妻はそれでも、必死に愛する夫に取り入った。

 しかし、夫は見向きもしない。領地の経営は順調だというのに、仕事があると言っては遅くまで帰宅せず、妻を全くかえりみなかった。

 そして妻はある日、見てしまった。

 この村の外れにポツン、と建つ一軒の家に入っていくレイモンドの姿を。

 中には、どこにでもいそうな、目立たぬ容姿をした女性が一人。そして幼い男の子が一人、いた。

 レイモンドはその女にキスをした。そしてその子を抱っこすると、子供はキャッキャとよろこんだ。金髪に涼し気な青い瞳。誰がどう見ても、レイモンドと瓜二つである。

 愛人と、その子供だった。

 妻は激高した。そして……。

 呪術に手を染めてしまったのである。




「呪術、ですか…」

 綾子は聞きなれぬ単語に、頭が?マークだった。

『そなたの世界に呪い、というものはあるかの?』

「呪い、ですか…」

 わら人形に五寸釘とか、そんなやつだろうか。

「えっ。ってことはつまり、このクリスティアナという方は、愛人とその子供を呪い殺そうとした、とか、そういうことですか?」

『…そなたはやはり賢いの。その通りじゃ。』

 トトは、綾子が気に入っているようだ。

「それで、どうなったのです」




 結果として、クリスティアナの呪いは成功してしまった。




 ある昼下がり。

 その愛人の女が、その身体をガタガタと震わせながら、子供を抱きかかえ、その村の中では一番広い通りを歩いていた。

 人が行き交っている。

 たまたま通りかかったその女の知り合いが、彼女のただならぬ様子に「おい、大丈夫か…」と声をかけようとした。

 その時だった。

 突如、女がたまぎるような叫び声を上げた。

 人びとがえっという表情で一斉に女を見た。

 すると……。

 その男の子の首が、ぽろりと落ちた。

 次に女の身体が、まるで大きな刀で切り刻まれたかのようにざばり、ざばりと切り刻まれていった。

 おびただしい量の血が、二人分の血が、道に撒き散った。

 首。腕。足。脇腹。背中。

 女はそれでも、子供を守ろうと必死に抱きしめていた。その子の首がもうとっくに、胴体から離れていることにも気づかぬまま……。



 叫び声がやんだ。




 辺りは一面、血だまりと化していた。




 村は大混乱パニックに陥った。




「…それで…。」

 綾子は吐き気をもよおしそうになった。トトの語りが、物凄いリアルだったのだ。

『呪いは、成功した。そして、そのせいでこの地、この土自体が呪われたようになってしまったのじゃ。』

 クリスティアナが行った呪術とは、村の辺り一帯の土の魔力と、自身の魔力とを混ぜ合わせて一つの魔力とし、その女の体に目に見えぬ攻撃を加えるというものだったそうだ。その術に必要とする魔力は膨大だった… その結果、この地に含まれていた魔力が術によって吸い取られてしまい、完全に0になってしまった。土は急激にやせ衰え、作物はおろか、雑草すら生えづらい土になってしまったのである。

 さらに、事件はこれで終わらなかった。

 成功したかに見えた呪いだったが、その数日後クリスティアナ自身に呪い返しが来た。

 呪い返し、とは端的に言うと術者がかけた呪いが不完全だったために、自身に跳ね返ってくるというものである。

 『人を呪わば穴二つ』。このことわざはこの世界にも通用したのだ。

 今回の場合は、魔力不足。クリスティアナ自身の魔力量が、足りなかった。

 結果…クリスティアナは一夜にして、自身の持っていた魔力の全部だけでなく魂の一部(と思われる)まで持って行かれてしまい、精神を病んでしまった…精神年齢が、4歳まで退行してしまったのである。

 二日後。

 クリスティアナは、お気に入りのくまのぬいぐるみをかかえ、イチゴのキャンディーを持って、何も知らないままでニコニコと笑いながら騎士団によって連行されていった。


 この国では、人の殺害、危害を加えることを意図した呪術の行使は『呪殺罪』といって、犯罪に当たる。


 そしてそのまた二週間後。

 領主のレイモンドが、館の一室で、首を吊った状態で発見された。

 自殺だった。




 後に『ポルタ旧市街の惨劇』と呼ばれるようになったこの事件は、この村(当時は町)と、そこに住まう人々に大きな衝撃を与えた。

 特に、あの大通りで一部始終を目撃してしまった人達のそれは、想像するに余りある。

 さらにこの時、あんなに豊かに実っていて、間もなく収穫だった麦が一夜にして、全て腐ってしまったのだという。ポルタ村の所有する畑は広大だ…一面見渡すばかりの金色の麦畑。これが全部腐敗し、悪臭を放ったのだ。

 さらに、まだあった。

 あの大通り沿いに住む者から、こんな噂がまことしやかにささやかれるようになった。

 

(夜な夜な、首のない男の子を抱きかかえた女性が血まみれで歩き回っている…)


(夜も更けた二の刻(綾子の元居た世界の、午前二時ごろ)になると、あの時の声そっくりの女性の叫び声が聞こえる…)


 これがとどめとなった。

 当時の住人…約500人居たその内の約9割が、たまりかねて村を出てしまったのだ。




 こうなると、ゼルグ公国…当時国の直轄領だった…も、対応せざるを得なくなった。

 当時派遣されていた役人は、ひとまず上層の者に願い出て、この市街地を捨て、その南側に小さな村を造成する許可を取った。それが、今綾子たちが居る村だという。

 今も、旧市街には誰も近寄らない。

 そして今も時折、旧市街の方から…女性の叫び声が聞こえるのだそうだ。




 綾子は、言葉を失くしていた。

『一般に、こうなった地というのは実例は少ないんじゃが…、ゆっくり時をかけて、戻していくしか無いというのが通説だそうでの』

 つまり、年月を経ればゆっくりと土に魔力が戻ってくる…と、こういうことらしい。

 しかし、実際は10年経った今日になっても、土も魔力は1割ほどしか戻っていないのだという。これまでの通説では数年もすれば、土の方が空気などから魔力を吸収して元に戻るはずなのだが…ということのようだ。

『そこでじゃ。』

 トト様は綾子の方に身を乗り出した。綾子は思わずのけぞって、顔をそむけた…眩しいこのヒト。

「…おっしゃりたいことは分かりました…。つまり私に、ここの土を、()()()使()()()()栄養価の高い土に再生して欲しい、と…」

『さよう。どうじゃ。そなたなら出来るであろう。』

 トト様の目がキラキラと輝いている。眩しい。眩し過ぎる。

「…なるほど…」

 確かに、それなら綾子にも出来る。

 何せ綾子は大学では農学部…それも植物学を専攻していた。土壌の改良方法については嫌というほど、向き合っていたのだ。




『では二つ目。儂がエドガーに話をせずそなたにした理由じゃがの…。』

 はっ、と綾子は我に返った。質問をしたことすらも忘れていたのである。

『あの男は今、この領地の運営方針を農業ではなく、出稼ぎにしておるからじゃ。儂とは考えが異なるでな…。とはいえ、あやつの協力は必要じゃ。今、儂の眷属があやつの館に出向いておるわえ…お。』

 と、その時。窓の外にふよふよとした、光るものが浮いているように見えた。まるで蛍だ。

『来よった来よった』

 綾子が窓を開けてやると、その光るものは、するりと綾子の頬のあたりを滑っていき、トトの肩の上へと止まった。トトが何か話している。時折ふむ、ふむ、と相槌をうっていた。やがて……。

『アヤコ。説得は上手くいったようじゃ。あまり乗り気ではないようだが、作物は自給できるに越したことはないと言うておるそうじゃ。』

「それは良かったです…」

 綾子は思わず、安堵のため息をついた。こういったことは領主の後押しが無いと、領民の協力は得られないだろう。得られなければ、土壌改良など出来ない。それに、『作物は自給できるに越したことはない』というのも、綾子は好感を持った。まずは小さな規模で実験していく必要があるように綾子は感じたためだ。この世界の土は日本とは別物の可能性が高い。


 …まあとどのつまりは…。


「はやくここの土が見てみたいものです。」


 この綾子の一言に、トト様は目を細めた。


 綾子の表情は完全に、好奇心を持った研究者のそれだった。

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