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第八章 ミック少年の大冒険

明けましておめでとうございます。


今年もよろしくお願いいたします。



「研究所長…これは本当か」

 ローガンの口元に、思わず悪役まがいの笑みが浮かんでいた。

「はい。あの魔獣の死体の紋の筆跡、紋自体の流派。これらと照らし合わせると、この術が使えるのは一人しかおりません。」

「…なるほど」

 ローガンは言うと、ばさりとその報告書をテーブルに置いた。

 その報告書には、こう記されている。

"死体解析の結果、当該魔獣を使役していると思われる術師氏名:モーガン・ヒックス"




 そう。魔法研究員の面々はまたもや、執念の解剖分析の末例のサイクロプスから使役の際に彫られた紋の抽出に成功…さらにその術師の特定にまでこぎつけたのである。




 モーガン・ヒックス。

 生きていたら、三十を越えていると思われる。

 というのも、現在この男の行方は分かっていない。ゼルグ公国直属の密偵たちが血眼になって探しているにも関わらず…である。

 なので、ここ辺境伯領では知られておらずともゼルグ公国の魔術師界では、その名を知らぬものはいない。綾子も当然知っているし、そうでなくともゼルグの国民であればきっと、皆こう言うだろう。

「ああ、たしか…何年か前に脱獄した人よ。なんでも、なんか危ない研究がバレてね。死刑が言い渡されたんだけど…。ほら、あそこにもおたずね者の紙が貼ってあるでしょ?」

「あの時は刑務の所長さん?もクビにされちゃってねえ。そりゃあそうよねぇ、死刑囚を脱獄させちゃってるんですもの。とはいえ…ちょっとかわいそう…ってみんな言ってた。何せあの脱獄したとき、この人刑務官を二人も殺しちゃってるんですって。もう5年も経ってるから今はそうでもないけど、当時は夜に誰も出歩かなくなっちゃってね。この辺りの酒場も商売あがったりだったもんよ」


 …この酒場の女主人の言ったことは、当たっている。

 刑務の人間には何一つ、落ち度はなかった。

 ただ、モーガン・ヒックスという男がその身体に包有ほうゆうしていた呪術・魔術のそのレベルの高さを…見誤っただけである。




 この男の経歴は、それは華々しいものであった。

 ゼルグ公国立魔法学院を3年飛び級で卒業。それ以前に十歳の頃にはすでに学術論文を二本も発表し高い評価を得ていたというから、なんというか…物が違っていたようだ。

 そのまま他の同級生からの追随も許さず首席で卒業したモーガンは、そのまま学院に残り魔術研究の道へと進んだ。

 しかししばらくするうちに、その思想が危険視されるようになる。

『死者蘇生』。『不老不死』。『魔獣および北東大陸の魔族を使用した人口生命体の創成』。

 まだ思想、だけであれば良かったのだが、その後がまずかった。

 モーガンはこの目的達成のため、何のかかわりもない学院の生徒数名を殺害し、その臓器を研究材料に使用していたことが判明したのである。

 さらに捕えて白状させると、他にも禁忌を五つも破っていたことが判明した。

 こうなると国も、厳しい裁定を下さざるを得ない。






 ところで……。

 ここナスカヴァルの冒険者仲間の中に、ミックという若い少年がいる。

 クラスこそF級で、手足はひょろりと長く、腕力も魔力もまだまだ「これから…」という子どもなのだが、唯一綾子たちS級クラスの冒険者にも真似できない特技を持っていた。

 それは『変化へんげの術』というものだった。

 これは文字通り物体に化けるという変装、隠蔽魔法の一種なのだが、彼の凄いところはそのバリエーションの多さであった。ある時は年老いた農夫。ある時は、道端に転がっている小石。小動物。この前などは野菜売りに断りもなく売り物のかぼちゃに化けるといういたずらをしてこっぴどく叱られていたものだ。

 綾子にはとても、こんな芸当は出来ない。

 この魔術にはとても繊細な魔力調整が必要なのだ。膨大な魔力量をその身に抱える綾子では、0.001%という魔力の調整というのは大変に難しい。

 ローガンが研究所長とやり取りをした2日ほど後。

 そのミック少年が這う這うの体で、ギルドに倒れ込むようにして帰ってきた。

「あっ」「ミック!!どこ行ってた。みんな心配して探してたんだぞ」

 二日も行方知れずになっていたのである。さらに彼は孤児であった…ギルドにいる冒険者やギルド長のオズワルドが親代わりとなっていたものだ。

「オズワルドさん…」

 ミックはげっそりとした顔でギルド長の名を呼んだかと思うと、「こわかったよう…」と言ったっきり、ぱったりと倒れた。

 気を失ったのである。


「おい!誰か食い物と飲み物持ってこい!!!」「魔力切れ起こしてる!」


 ギルドの中が大騒ぎとなった。




 幸い、ミック少年は数時間ほどで気が付いた。

 そして、自分の身に何が起こったか、話し始めたのである。




 それは三日ほど前の、夜半のことであった。

 この日はちょうど、例の『綾子が戦場の辺り一面をマグマに変え、魔獣を全部一掃した挙句自分は魔力切れを起こした』あの日であった。

 実はあの時、ミックもついて行っていたのだという。それも、他の冒険者の装備品にくっついて。

「あの日はたしか、オナモミに化けておりました。」

 オナモミとは、一年草の一種だ…引っ付き虫とも言って、それこそ子どもがよくこれで遊ぶ。

「なんでそんなことを…」

 オズワルドが呆れているとミックはベッドの上で、「アヤコ姉さんとかアーノルド兄さんの戦ってるのが見たかったんですよう…」と言って、続けた。

「それで、アヤコ姉さんがあの、マグマをび出したときにぼく、見たんです。木の影に、この辺りで見かけない男のひとが立ってた」

「何だって」

 オズワルドは目をむいた。

「アヤコ姉さんの方を、凄い形相で睨みつけておりました。全身真っ黒のローブ付きのマントを着てて、そでにかっこいい金色のししゅうがされてて、どこぞの魔術師さまのようなかっこうでした」

 それはゼルグ公国立魔法学院を首席で卒業した者だけに与えられるローブにそっくりではないか。

「それでぼく、とっさにオナモミからテントウムシに化けまして…こんどはその男の人の服にひっついて、そのままこのひとのゆくえをつきとめてやろうとおもったんです」

「お前なあ…」

 頑是ない子供とは思えぬ大胆さだ。

 そうして…とうとうミック少年は見事、この男の潜伏先を突き止めてきた。

 大手柄である。

 そこは大きなお屋敷の、地下のようだった。

 色んな標本、試験管、フラスコ、得体の知れない臓物の油漬けなどが見えた。

 それらが何とはなしに、こちらを見ているような恐怖を感じた。

(こいつは人の姿に戻ってしまってはころされてしまうかもしれない…)

 そう直感したミックは、ある時はネズミになったり、綿ぼこりに化けたりして、一日をかけてどうにかその屋敷を抜け出すことに成功した。

 そうして、次に物乞いに化けたミック少年は、しわがれた声を作り道を行く一人の男性に声をかけた。

「もし…失礼ですがここはどなたのおやしきでしょうか。儂ぁきのうここに流れ着いたばっかしで…」

 すると男はしっしっ、と手をやりながらこう答えたものだ。

「ここはグレスラー伯爵さまのお屋敷だよ。ここで物乞いするのはやめときな。この前もお前みてぇな奴がここの使用人に殴られておっ死んでるんだ」





 その晩。

 ヴィンセント・ハーラン団長が部下の絵師を従えてやってきた。

 ミック少年から、その男の顔だちを聞き取るためである。

 少年はその男の顔をしっかりとおぼえていた。利発な子である。

 そうしてでき上がった人相書を前に、ヴィンセントの心臓は轟いた。


(モーガン・ヒックス…!!!!!)


 その人相書に描かれた男はどこからどう見ても…モーガン・ヒックス本人のそれだったのである。




 こうして……。

 そのミック少年とのやり取りの数日後。

 辺境伯領の騎士団の一行は令状を持ち、ナスカヴァルを出立。グレスラー領へと入った。

 どんよりと曇る空から、冷たい雨が落ちてきた。

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