第七章 綾子、目からうろこが落ちる。
ちょっと短いです。
「…それで、もうそこからはいたちごっこで。他にも似たような事件が沢山起きたんです。でもその度にグレスラー伯爵が黒幕と疑われるんだけど尻尾が掴めなくて…気が付いたらもうすぐ6年に…。」
と、綾子はサイラスに話している。
まだ夜も明けきれぬ闇夜であった。しかし遠くからドシーン、ドシーンと地響きがしていた。また魔獣共がこちらに向かってきているのだ。
サイラスは綾子の背中に手をかけ、装備のボタンをパチン、パチンと留めてやっていた。
「ねえ聞いてます?」
「聞いてるよ…よし、出来た。」
サイラスは方にぽんと手をやると、「怪我の無いように。今アヤコは俺の回復魔法が少しではあるが、使える。裂傷程度にしか効かないから、気休めにしかならないけど」
「…まさか噂が本当だとは…」
綾子は溜まらず赤面している。
そう、この世界ではそういう関係が出来上がると、パートナーの魔法が一時的ではあるが使えるようになる。
「本音を言うと行かせたくないんだぞ…でも、これまでのアヤコの努力を無下にもしたくない。」
サイラスの心境は複雑だった。が、「俺もこの後治療院に詰める。いいか。帰ってくるんだぞ。」
言うやいなや、サイラスは綾子の手を握りしめ、「トト様のご加護を」と、右のこめかみ辺りにキスを送った。
以前著者は、『この大陸には国家間にまたがる取り決めとして、"禁忌の術"というのがいくつか存在する。』と述べた。
実はその中に、例の心臓の無いサイクロプス…あれに使われた魔術も、その"禁忌の術"に該当する。
それは、『中級以上の魔獣の使役』。
そもそもこの大陸に居る魔獣というのは、使役が非常に難しい。
研究こそ今では進んで、理論的には可能となっているが、それには人間の血肉や、とある種族の内臓が必要となる。
しかもそれらはどちらも新鮮なもの…ということは、まずは人を殺さねばならない。倫理的観点からして言語道断である。
そしてもう一方の『とある種族の内臓』…というのがまた厳しい。
その種族は、この大陸から海を東に渡った先にある北東大陸に住んでいる。名をヴァンパイアと言う…そう吸血鬼だ。
実は北東大陸には『魔人大陸』という通称がある。はるか太古の昔より、魔族がかの地を支配しているのだ。ちなみに魔獣と魔族の違いは単純で、知能の高さ。こちらの大陸から生まれたものではない、北東大陸土着の種族であること。そして何より、魔力体力等総合的な強さだ。
北西大陸の人間はその昔より、自身の10倍は長く生き、知能も高い魔族に首を垂れ、なるべく和平と対話を重視した付き合いを心がけてきた。そうしないと滅亡するのは自分たちだからである。
そういうわけで、現在この地を支配する長…つまり魔王の種族は、吸血鬼である。
この種族は非常に同族、眷族を大事にする。
もし仮に吸血鬼を殺して臓物を持ち帰ろうとでもすれば大変な目に遭うのは目に見えている…いや、実際に酷い目に遭ったのだ。
その昔。
とある魔術師が、探求心の誘惑に負け、秘密裏に魔人大陸に上陸した。そして、一人の吸血鬼の女性を殺し、持ち帰ってきてしまった。
すると魔王は怒り狂い、一気に北西大陸に攻め込んできた。戦争が勃発してしまったのだ。
双方に、おびただしい数の死者が出た。
たまりかねたときのゼルグ大公(セシリアの4~5代前)は、その術師の首をはね、魔王に差し出すとようやく戦争は終結した。
これが、魔獣の使役が禁忌と定められるに至った経緯である。
夜が明けた。
「…すごい…」
誰か、男の声が呆然と呟いている。
数年前に大怪我を負った冒険者仲間のターシャがへた…と座り込んだ。腰を抜かしたのだ。
そのターシャの視線の先には、綾子の背中が見える。燃えるような赤い髪が熱風になびいている。
間もなく枯れ葉も落ちそうな寒さなのに、この辺りだけが異様に熱い。
その理由は、綾子の目の前の地面にあった。
一面焼野原。
いや、違う。赤黒い。
何てことだ。
綾子の目の前の地面が一面、どんと陥没している。そして溶けている。マグマだ。中でマグマが煮えたぎっている。
そしてよく見ると、中から魔獣の大きな手が何本も、助けを求めるように延びていた。しかしそれも全部真っ黒だ。まるで炭のよう…ぴくりとも動かない。
綾子がふうぅう…と大きく息をついた。そして杖代わりに使っていたレイピアをひゅん、と振ると、後ろを振り返って呆然と立ち尽くしている冒険者仲間に向かってこう言った。
「しばらくは、ここには人を近づけないようにお願いします。この溶けた岩は冷えるまでひと月はかかります。さ、帰りますか!」
そのあっけらかんとした笑顔。しかしその体が次の瞬間、ぐらりと傾いた。
魔力切れである。
ターシャは動けない。冒険者仲間や騎士が数人、あわてて綾子の元へ駆け向かって行った。
ふわりと意識が浮上した。
何か物悲しい夢を見ていた気がするが、思い出せない。
ぱちりと目を開けると、そこには憮然とした表情のサイラスがいた。
「てへ…」
綾子はにへらと笑った。
「てへじゃねえ。また無茶をしやがって」
サイラスがベッドの住人と化した綾子にデコピンをした。
「あいてっ」
「…たのむよアヤコ…」
するとサイラスはこう言ったものだ。
「自分をもっと大事にしてくれよ…。お前は昔っからそうだ。学院時代は後輩をかばって大怪我をして…」
それは学院時代、山で実習中にまさかのA級の魔獣があらわれた時の話だ…綾子は思い出している。
「ゾハスでは皆をかばって重症負って…」
あの件だ…師匠は元気だろうか。
「その度にみんなが心配しているんだぞ。」
「!」
はたと綾子は我に返った。
それは気が付かなかった。みんな心配している。そうなのか。
まさか気にかけてくれているとは思いもよらなかった。
綾子は目からうろこが落ちたようだった。
「それは…。」
何か続きを言おうとしたが続かない。
涙がぽろり、ぽろりとこぼれ出た。
サイラスがまるで子どもをあやすように、頭を撫でさすっている。
辺境伯直属の魔術師団が、とある報告を持ってローガンの元へとやってきたのは、ちょうどこの時だった。
本年最後の投稿となります。
よいお年をお迎えください。
沢山の応援、本当に励みになりました。
来年もどうぞ、宜しくお願い致します。




