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第六章 ハドソン・ウィンバリー(上)

 それは、尋問中に起きた。

 アマンダの抵抗は、そこまで激しいものではなかった。逃げられなかった時点で、すでに観念していたように団員たちの目には映っていたようだ。

 動機はやはり、ターシャへの恨みからであった。二人は共に出身が辺境伯領ここで、さらにゼルグ公国の魔法学院を出ており(つまり綾子の少し先輩にあたる)、事あるごとに比較されていたらしい。そしてある時、結婚を約束していた男がターシャとも付き合っていて…つまり二股をかけていたことから、糸がぷつんと切れてしまったのだ…と、アマンダは告白した。

「酷いことをしたとお思いでしょう。でもそもそも悪いのは、人の婚約者を寝とったあの女です。まさか生き残るなんて…。あのアヤコも邪魔でした。先に刺し殺しておくんだったわ」

 アマンダは悪びれもせずこう言ったのだとか……。

 またその男は騎士で、夜間の見回りや砦の門番(これも夜勤)を担当していたことから、その男の持っている松明たいまつにも連日、この魔獣寄せを仕込んでいたのだとか……。

 どおりで決まって、夜襲だったのだ。

 そして尋問はいよいよ、本丸へと差し掛かった。

 そう、この魔獣寄せの入手経路である。





「それは…」

 と、アマンダが口を開いた、その時だった。

 アマンダの口が「ハ…」の形をしたまま、かちりと固まった。

 当時尋問に当たっていたヴィンセント(階級は副団長だった)が、(様子が変だぞ…)と、椅子から立ち上がると正面に座っていたアマンダの元へと行き、「おい」と声をかけた。

 すると。


「…っっっ!!!キャーーーーーーー!!!!!!!」


 物凄い悲鳴を上げたものである。

 魔力を封じていたアマンダの手枷にひびが入った。

 ただ事ではない。

(魔力暴走?!いや。この女にそんな魔力量は無いはずだ)

 ヴィンセントは冷静だった。

 この時までは。

「あ…ア…」

 アマンダはなおも声にならない。そしてようやく、震える手がヴィンセントの背後を指さした。

「アレ…」

「?!」


 振り返ったヴィンセントの目の前に、ありえない物が鎮座していた。


 それは、子どもの姿をした石像であった。大きい。高さが天井近くまで達している。表面が水で濡れている。酷い悪臭であった。そいつが、二人を上から覗き込んでいたのだ。

 するとその石像がアマンダの顔の前まで顔を寄せると、こう言った。

『オマエ、主人のナマエ言っタナ?言っタナ??』

 子どもと男の声と女の声、何人もの声が重なったような声である。

「ひィ、お許しを!!お許しを!!!」

 アマンダは必死の形相で土下座をしたが、

『ダメだァ。ヤクソク破っタヨウ。いただきまぁス』

 言うとその石像が手をずずずずず…と、かざした。そしてアマンダの上にそ、っと置いた。

 すると……。

「ぎゃああぁぁぁぁああああああああ!!!!」

 何という事だ。

 アマンダの身体から煙が上がっているではないか。

 扉の外では、さわぎを聞きつけた団員数名がどんどんと扉を叩くが、石像が邪魔になって中に入れない。

(これはいかん!)

 ヴィンセントはとっさに水をんでアマンダにかけた。しかし焼け石に水だ。全然間に合っていない。

「おゆるしを、おゆるしを」

 アマンダはまるで壊れた人形のように繰り返している。しかしもうその体は原型をとどめていなかった。干物のように干からび、真っ黒に焦げ、口からおびただしい量の煙を吐いている。

 そして石像がげっぷをした次の瞬間。

 アマンダの眼球がぼとりと落ちた。そしてアマンダだった物が主を失い、まるで棒きれのようにばたんと横ざまに倒れた。

 右腕がぽろりと折れ、ころころとヴィンセントの足元に転がってきた。

 石像の子どもがぽん、ぽんとお腹をたたいた。そしてヴィンセントに顔を近づけると、『オマえは聞こエテなかっタか…聞コエテなかっタか……ざんねん』と言うと、名残惜しそうな顔をしながら、しゅううと音を立てて姿を消した。






 大変なことになった。






 取り調べていた部屋で、辺境伯直属の魔法研究員たちが鑑識さながらに、証拠を集めて回っている。

 ヴィンセントも、取り調べを受けた。当時彼は副団長だった、なので話を聞いたのは当時の団長ライアン・ワッツである。

 幸い、今回はさわぎを聞きつけた団員二名が部屋には入れなかったものの、入口の窓から一部始終を目撃していたため、ヴィンセントへの疑いは晴れている。

 今、ヴィンセントから全てを聞き取ったライアンは、難しい顔をして考え込んでしまっていた。

「…おい副長。」

 ライアンはようやく口を開いた。「お前はどう見る」

「どう、とは…」

「あのアマンダの死亡だよ。その目で見たお前はどう感じた?」

「…口封じで殺されたのは明らかでしょう。」

 ヴィンセントははっきり断言して、「彼女はおそらくですが…隷属の紋の一種が身体に彫られていたのではと。あの化物が召喚されてきた時、一瞬ですが彼女の頬の辺りにそれらしき紋が浮かんでおりました。それにあの化物は『主人のナマエ言っタナ?』と言っていた…あの魔獣寄せの入手先の人間の名前を言おうとすると発動するようになっていたのでは」

「ふむ…それは研究員の連中には」

「伝えました」

 ヴィンセントは即答した。

「上出来だ」

 ライアンは二度、三度と頷いて、「あとは研究員あいつらに任せよう。取り調べは終わりだ…ご苦労だったな。もう今日はゆっくり休め。」

 と…ヴィンセントの肩を叩いたものである。






 そして、その翌日。

 その研究員からもう、報告が上がってきた。

 どうやらアマンダの遺体から、例の紋の残滓の抽出に成功したものらしい。

 執念であった。

 その内容、発動条件はヴィンセントの見立てとほぼ同じであった。また、あの化物は地獄の最下層から召喚されてきていて、あの紋をアマンダにかけた魔術師は相当な実力だろう、また禁制の魔道具や呪具も大量に使われているものと思われる…と、添え書きがされていた。

(背後に大きい組織がいる…)

 と、ライアンもヴィンセントも直感した。

 そしてまたその数日後、さらに報告が上がってきた。

 それは、『発動条件となる言葉(…つまり、あの化物の言っていた主人)が判明した』というものだった。


『発動条件名称:ハドソン・ウィンバリー』


 大手柄である。

 団員達も色めきたった。

 早速、まずは辺境伯領に在住している人間の中に該当する氏名の者がいるか、調べられた。

 この国も戸籍というものがしっかりと存在している。

 しかし、見つからない。

 範囲を広げ、近隣の領主にも問い合わせた。

 それでも、見つからない。

 辺境伯、ローガンの手も借り、その問い合わせをシゲルダ王国全体へと広げたが、それも駄目であった。

「あのアマンダと接触していたんだ、そんな遠くないところにいるはずだが…」

「ひょっとして偽名でしょうか…」

「冒険者仲間にも聞いてみましたが、そんな名前の人は知らない、と…」

 有力な情報は出てこない。





 調べは暗礁に乗り上げてしまったように思われた。

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