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第五章 綾子、辺境伯を撃沈させる。

『心臓の無い魔獣がいる』……。

 冒険者たちの間でこのようなウワサが出始めたのは、ここ一週間のことだった。

 かなり、最近である。

 そして魔獣というものは心臓、ないし核がないと生き永らえることはできない。あのアンデッドですら、核を保有して活動している。

 これは一体、何を意味するのか……。





「……。」

 報告書に目を通した男は一人、丸眼鏡を外すと眉間を揉み、ため息をついた。

 クラヴァットはもう外してしまっている。しかし渋めの上下に身を包んみ、香油でダークブラウンの髪をなでつけたそのたたずまいはどう見ても、貴族のそれであった。

「はあ……。」

 男がまた、ため息をついていると、目の前で声がした。

「お前、まだ引きずってんの。」

 見ると、男がもう一人いた。こちらもよく似た髪色をしているが短く切りそろえ、隊服を着ている…上着は隣にほっぽり出してしまっているが…ともあれ、こちらは騎士のようだ。

 しかしこの男、貴族に向かってやけに軽い口を叩いている。

 それもそのはず。二人は昔、同じ釜の飯を食った間柄であった。

 貴族然とした男の名は、ローガン=アーサー=カウリッツ=リンドバーグ。この地を治めている辺境伯、本人である。ちなみに兄はこの国の王…王弟というやつだ。

 そして隊服姿の方はヴィンセント・ハーラン。辺境伯の治安を守る騎士団の、彼が団長であった。

 二人とも、32歳と同い年である。

 かつて二人は共に騎士の見習いとして、首都イスカヴァルで鍛錬に励み、模擬刀を使った打ち合いなどはそれこそ山ほどやった仲であった。途中5年ほど任地の関係で離れ離れになってしまっていたが、その間も文のやり取りは欠かさなかった。正に盟友、というやつである。

 そんなローガンがため息を付いているのは、この報告書を書いた人間の名前にある。

『アヤコ=マーガレット=ブラントン』。

 そう綾子だ。

「…一時は良い雰囲気だったんだよ、あっちもまんざらじゃないと思ってたんだ」

「だろうな」

 ローガン、実は現在独身であった。妻とは十年ほど前に別れてしまっている。

 その妻とやら、相当に男グセが悪かったものらしい。

 妻とは政略結婚だった、なのでまあそれだけなら目もつむれたものだったが、その間男(そいつはどこぞの伯爵令息だった)がある日、この屋敷に乗り込んできて当時3歳だった娘を人質に取って立てこもったともなれば、つむっていた目も開けざるを得ない。

 それで、王家の離婚…というスキャンダルになった。

 民は皆、ローガンに同情的だった。

 一方その元妻へは非難が集中した。

 そうして……。

 間男の実家は取り潰しとなった。

 元妻の方も侯爵だったのだが、事件の数年後事業の失敗で没落したのだとか……。

 あれから十年。

 ようやくやってきたリンドバーグ卿の、春…のはずだった。

 アヤコはそれは、聡明な女性だった。

 まだ二十を超えたばかりとは思えぬ老獪なものの考え方はするし、何とはなしに気が合う。機転もきく。何より、一人娘ディアナがアヤコをいたく気に入っている。

 それに彼女の家柄も申し分なかった。彼女の姓、ブラントンと言えばあのゼルグ大公の乳兄弟の家柄だ。爵位こそ男爵ではあるが、これは只の男爵とは訳が違う。

 歳の差が少々あるが、十と少しの差の夫婦など、この国ではそこまで珍しいものではない。



 それを…横からかっさらわれたのだ。



『辺境伯。紹介が遅れました。彼はサイラス・ヒースと言って…』

 と、こう言ってきたアヤコのそれはしあわせそうな笑顔を見た瞬間。


(…これは無理だ…)

 ローガン、流石に馬鹿では無かった。


 …で…。


 今夜は彼女から上がってきた例の報告書と共に、夜更けにやけ酒をしているという始末である。

 あわれヴィンセント。飛んだ巻き込まれようだった。






「…で、どうだった」

 ヴィンセントは、その綾子の報告書に目をやった。

「…噂は聞いていたが…まさか本当に見つかるとは…。」

 ローガンはうなりつつ、「この世で、心臓も無しに生きられる生物など居ない。ということは…あのサイクロプスは死んでいたところを無理やり生かされてたってことだ。…おそらく…」

「あの魔獣は、()()()()()()使()()()()()()()……か。」

 ヴィンセントが言葉を引き取ると、ローガンはまた眉間に手をやった。


 これは一大事であった。

 ローガンも、まだ酔っていないのに頭も痛くなろうというものである。

「だとすれば、ここ最近あらわれている魔獣どもが魔法を詠唱出来る…というのも説明が付く。使役されてる魔獣は主の魔法の力を引き継げるからな。そして…相手さんは相当な手練れの術師と見ていいだろう…死刑も覚悟の上で俺たちを潰しにかかってる。ともあれ…これは大きな手掛かりなのは間違いない。突破口になりうるやもしれん。」

「アヤコは全く、引きの強い奴ですよ。」

 ヴィンセントは言うと、グラスに口を付けた。

「ああ。これまでの働きも見事だ…。」

 はあ…そんないいひとが…とローガンはまたぐちぐちと飲み始める。

 これは長くなりそうだ。






 六年前。

 ゾハスから国を越え、シゲルダ辺境伯領へと入った綾子が始めたのはまず、魔獣共こいつらがどこからあらわれ襲ってきているのか、それを調べるというものだった。

 まあ要は、これが今回の密命だったということである。

 となると、やはり冒険者はうってつけだ。

 早速綾子はギルドに出入りをして依頼をこなしつつ、襲撃してきた魔獣に相対した。

 そしてある時…あらわれた一体をわざと殺さず、逃走させた…その背中に特殊な術を仕込んで、である。

 ほどなくして、魔獣の巣窟のありかが分かってきた。

 そこは辺境伯領の東、イスルとの国境を成している山脈の一つ…ヘキロイ山と呼ばれる高い山の中腹であった。

 そこから、魔獣どもは下りて、襲ってきているらしい。

 通常魔獣というのは、自分の生存がおびやかされることがなければ人を襲ってはこない。繁殖期はその限りではないが……。

 しかし、調べてみるとこの山にはその魔獣のエサとなるような低級魔獣(そいつはたまたま、スライムやゴブリンなどを食う、魔獣の食物連鎖のてっぺんにいるような奴だった)も豊富にあるし、ヘキロイ山から出る魔素も潤沢だし、飢えているようにはとても思えない。それに、この時期は繁殖期でもなかった。

 わざわざ山を下りて人を襲う理由が見つからない。

 そうしているうちに、綾子は妙な事に気が付いた。

 ある晩の事である。

 その夜、奴らはまた夜襲をかけてきて…綾子達は領都ラスカヴァルの東の荒原で迎え撃つこととなっていた。

 戦闘となる。

 その内に、気づいたのだ。

(奴ら、やけに一人の冒険者ばっかり狙っている気がする…)

 のである。

 その冒険者は、ターシャという当時綾子と同じA級の女魔法剣士であった。

 綾子と違って魔法より剣が強いタイプで、まあ強い。その剣で綾子は何度も助けられた。

 しかしあんなに数体も相手にされてはたまったものではない。

 綾子達数人が慌てて加勢したが間に合わず、結局ターシャは重症を負ってしまった。


 数日後。

 治療院でようやく意識が戻ったターシャに頼み込んで、綾子はあの夜装備していた物を見せてもらうことにした。

 そうして…とうとう見つけた。

「ターシャ。この匂い袋は?」

 それはこちらで言う、ちょうど小さめの消しゴムくらいの大きさの匂い袋であった。花柄の刺繍が施された小さな袋の中にはどうも、ラベンダーのポプリが入っているようだ。良い香りである。

「ああ、それ?アマンダから貰ったのよ、お守りですって。」

 ターシャはこともなげにベッドで言っている。

 アマンダといえば、B級冒険者…本人の前でこそにこにことしていたが、実は陰ではターシャのことを妬み、目の敵のように忌み嫌っていたのを綾子は知っていた。

(まさか……)

 綾子はどうも嫌な予感がしてターシャに、「これ、ちょっと預かっててもいい?」と許しを貰うとすぐに、街のかたすみでひっそり構えている魔道具屋のおやじに中身を調べてもらうことにした。

 このおやじ、実は霧の騎士団のメンバーなのである。

 中の成分を調べてもらうと、とんでもないことが分かった。

「こりゃ、トロールのメスのフェロモンと子どもの臭いの成分だな…昔魔獣寄せとして使用されてたんだが、あんまり強いのが寄ってきて死人が出るからってんでな。今は禁制の品なんだわ。」

 そういやあの晩はトロールがやたらと多かった。あいつらも巨体な割に動きが素早い。そして、オスはメスと子どもをしっかり守るという習性がある…家族を盗られたか殺されたと思ったのだろう、そりゃ怒って襲ってくるはずだ。

「これ、我々人間が嗅ぎ分けることって可能です?」

 綾子は匂いを嗅いでみたが、ラベンダーの香りしかしない。

「いんや、ムリだね。あいつらだけが分かるにおいだよ。でも安心しな。」

 おやじはにんまりと笑うと、「昔も似たような事件があってなぁ。…で、この禁制の品の成分が入ってると、青く反応する試験薬を作ってやったんだ」

「ほんとですか!!それ大発見じゃないですか」

 綾子が目を輝かせると、

「だろう?褒めろ褒めろ。俺が作ったんだ」

 おやじは鼻高々になってそう言っていたがその顔をすぐに引っ込めて、「それよか問題は、そのなんだ…アマポーラだったか?こいつを持たせたとかいう女だよ。ハン、しょうもないことをしやがるぜ。大方、そのの冒険者を妬んでやったんだろうが…」

「アマンダですよおやじさん」

 綾子は訂正して、「私も顔見知りなんです…なんだってこんなことを…」

「そいつは捕まえられたのか?」

 おやじはやはり、そこが気になっていたようだ。

「ええ…騎士の方が無事、取り押さえたようです。すでに住んでた部屋は引き払っていたそうで…あと数分遅れていたら逃げられてたろうって」

「ふん。全く、『なんだってこんなことを』だぜ。いいか。この魔獣寄せの香ってのは持ってるだけで罪に問われるんだ。ましてや売ったり、譲渡したりしたらもっと罪は重くなるんだよ…そいつも、とっとと吐くもん吐いて罪を償うんだな。」

 おやじは悪態をついている。






 しかし、このおやじの希望が叶うことはなかった。




 この翌日。




 アマンダは死亡してしまったのである。

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