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第三章 舟歌(下)

 ワーウルフの魔石。


 琥珀のような色合いをした、文字通り魔獣のワーウルフの心臓から採取される石だ。

 この魔石の効果は高い。そして万能だ。これを身につけると、ワーウルフの持つ魔獣特有の覇気が周囲にまき散らされ、ある一定レベルの魔獣は寄り付かなくなるし、綾子のように攻撃魔法を自在に操れる者であればその力を一時的に借りることができる…つまり綾子くらいともなれば、ちょいと手を振り上げて術を展開でもすれば、かまいたちが発生…相手は八つ裂きだ。それに少しではあるが、防御力も上がる。これはワーウルフという種が狼同様、群れで生活し仲間を守る、という習性から来ているものらしい。

 今回はその、『少しだけ上がる防御能力』がものを言ったのだ、とサイラスは言った。




 ゾハスで綾子がサイラスと再会して、師匠ドウェイン・タッカーを寝かしつけていたあの日。




「なんか先輩こそ…寝れてます?」

 綾子はどうも、気になっていた。サイラスの目の周りのくまが酷いし、なんだかうつろに見えたのだ。

「いや、それがもうここのところ被害が酷くて、患者の対応に追われてて…。」

 実はこの時、サイラスの精神は数年にも及ぶナタリーからの魅了魔法によって著しく疲弊をしていたのだが当の本人がそれに気づくわけもない。

「そうですか…。あ、そうだ先輩。これ、枕元に置いて寝ると良いですよ。じゃん!ワーウルフのブローチです!眠りが深くなって翌朝、すっきりなんです。だまされたと思って。」




 それが今、綾子の手元に約6年ぶりに戻ってきたブローチだった。


 これは昔、イブライム(ゼルグ公国の首都)からゾハスに向かう際、イブライムの冒険者ギルド長の娘がくれた物だった。

 眠りが深くなる、というのは本来ワーウルフの魔石の持っている能力ではないのだが、不思議なことにこのブローチにはその力があるように綾子は感じていた。そこで、明らかに睡眠不足に見えたサイラスにあの日、貸したのだった。


 ところが……。


 翌日。そのサイラスが本当に申し訳なさそうな顔であらわれ、こう言ったのだ。

「…すまん。起きたらこうなってた。直して弁償するよ。」

「…!!」

 見ると、そのブローチにはまっていたワーウルフの魔石が真っ二つに割れ、ヒビが入っているではないか。

 力も完全に失っている。もう使い物にならなかった。

「うわぁ…さすがにこれはちょっと…。お願いするかなあ」

「勿論。」

 サイラスはもとよりそのつもりだった。

 しかし綾子はどうも気になった。


「しかし…見事に割れてますね。この石、本当に固くて馬車にひかれても無傷なはずなんですよ。ちょっと、何かこの魔石に起きたとしか思えないです。一度ギルドで見てもらった方が…」






「あれが、突破口になったんだ。アヤコのおかげだよ。」

「…てことはまさか…」

 綾子が思わず、といった表情になった。

「あの魔石は、俺にかかってた魅了魔法を『俺に対する攻撃』と受け取ったらしい。それで俺が寝入ったスキにその攻撃元を突き止め、どうもナタリー本人に攻撃をした…らしい。ナタリーは腕に怪我を負った、でもあいつだってタダでは転ばなかった。やり返したんだそうだ…結果、魔石は壊れた。そして、俺にかかってた魅了魔法は少しではあるが、解けた。」

「じゃあ、あの頃は…」

「うん。騎士団の協力もあって。完全に解けてた。でもあの女は泳がせておく必要があった。証拠を集める必要があったからね…ごめん。あの女と仲良くふるまってたのも演技だったんだよ。レスターさんからの指示だった。」

 レスターとは、ゾハスの騎士団の団長である。綾子もさんざんお世話になった。あれは有能だ。





 こうして、回復術師ナタリー・フリーマンは捕縛ほばくされた。

 綾子が辺境伯領へと旅立った、二日後のことだった。

 尋問にかけると、他にもごろごろと余罪が出てきた。

 特に学院時代にその、サイラスをめぐって逆恨みをした末二名もの女子学生の未来を奪っていたことまでもが判明すると、国も重く受け止めざるをえなかった。

 そうして2年の後……。

 判決は下された。


 …北方炭坑にて二十年の労働刑。

 …一切の赦免、国からの大赦も含め、これを認めない。

 …今後、回復魔法を含む一切の魔法、魔術の使用を禁ずる。これに伴い、魔法の行使・発動が一切できぬようビャクヤクロウの術をナタリー・フリーマンの身体に施す。


(ビャクヤクロウですって…)

 綾子は言葉を失った。学院時代、教科書でしか見たことのない禁術だ。

「俺も聞いたときは耳を疑ったよ…。」

「たしかあれって…南方大陸に伝わる術ですよね。魔力を無尽蔵に食いつくす虫のような大きさの魔獣を、体内に飼うんでしたっけ…そのために身体に直接、召喚の術を彫りこむんですよね…」

「…ああ。想像を絶するぞ…」

 この世界はとにかく、魔法、魔力が生活の基盤だ。さらに体力・活力の源のような役割も魔力は果たしている…それが、この術によって常に0まで吸い取られ続ける…この苦しみはもう、想像を絶するものだ。

「…本当に、何も知らなかったんだな…。」

「ええ。ここは国が違いますもん…。」

「それもそうか」

「あのナタリー先輩が…信じられない…。」

 綾子の脳裏に浮かぶのは、彼女のかいがいしく看病するその姿と、やわらかい笑顔だけだ。

 学院時代、噂ではサイラスのファンクラブもどきの頂点に君臨していてそれは恐ろしかったが、あの頃はもうサイラスと一緒に居たし…それがまさか…。

 ここまで綾子は思ったが…しかし。

 しかし。罪は罪だ。償ってもらわねばならない。ましてや2人もの同級生を死に追いやった…重罪だ。






 この話には、続きがある。


 この判決が出た1年後…つまり今からちょうど、3年前。


 ナタリー・フリーマンは刑務中に落盤事故に巻き込まれ、死亡した。






 しかし、落盤による事故であったため……。


 遺体は今も、見つかっていない。

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