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第四章 今度は徘徊老人が来たよ…と思ったら神さまだったよ

 外は、しんしんと雪が降っているようだった。

 時折、ひゅうと風が鳴る。

 暖炉の中ではパチ…パチ…と薪が音を立てて燃えているが、その音すら、降りしきる雪に吸い込まれていくようだった。

 まるで墨を流したかのような闇夜である。

 綾子は何も言わず、暖炉の前で体育座りをしてその火を見ていた。

 真っ赤な髪が、火に照らされている。

 眠れなかった。




 あの尋問から、二日が過ぎた。

 エマとトマスの回復魔法のおかげで、足の具合は大分良い。明日からはリハビリを兼ねて、二人の仕事を手伝う予定だ。村の人たちとの顔会わせもある。今から緊張だ。

 彼らや、村人たちの生活の様子を見て、綾子は実感せざるをえなかった。

 この世界には魔法が存在する。そして、これが使えなければまっとうに生活できない。

 そしてこの村…ポルタ村は、この国の動脈である河川、ゾグレス川の下流域にある小さな村で、生活は慎ましやか…言い方を変えると、貧しい村である、ということだった。




 と、考えにふけっていると、ほとほとと、扉を叩く音がする。

 綾子はギクッとした。

(こんな夜中に誰…?!)

 これである。

 エマ夫婦は、少し離れた母屋で寝ている。呼びに行くにはそこの扉から出なければならない。

 扉は今も叩かれている。

 逡巡した綾子は、声をかけてみることにした。

「どなたですか!」

『…わしはトトと申すものじゃ。ここを開けては貰えんかの』

 このしわがれ声に、綾子はまたギョッとした。

 声が耳からではなく、頭の中からしたように感じたのだ。

『それはその通りじゃのう…。直接語りかけておるもの。』

 綾子は直感した。この扉の向こうにいるらしきもの…多分人ではない。どうする。

『少し挨拶をしに参っただけじゃ。儂はこの辺りの主でのう…。』

 老人の声はか細くなった。

 とてもいたたまれない。意を決して、綾子は扉を開けた。

 はたして……。




 そこにいたのは予想にたがえぬ、ぼろの灰色のフードを被った小さな老人おじいさんであった。





「何もおかまいできませんで…」

『構わぬよ』

 老人はかぶりを振って、『話をしておるだけで、そなたの魔力を少し貰えておる。』

 げげっ。よく分からないが何か吸い取ってるのかこのじいさん。と綾子はギョッとしたが、

『全部は貰わぬよ。そんなことをすれば儂がはじけ飛んでしまうわえ』

 老人はカカと嗤った。心なしか、悪かった顔色が良くなったように見える。

「それで…ご用件とは…」

 綾子はおずおずと、老人を見た。

『ふむ。まずは異界からやってきた子がどんなのか見に参ったというのが一つだの。』

「…!!」

『あ、先に言うておくが、日本(向こう)でのそなたの寿命は尽きておるぞ。』

「…!!」

 綾子はうなだれ、ぐっと唇をかみしめた。胸が締め付けられるようだった。

 うすうす気づいてはいたが、こうも面と向かって言われるのはこたえるものだ。

『…すまぬの。しかし、言うておいた方が良かろうと思ったまでじゃ。』

「…はい。」

 綾子は何度となく、頷いた。



『もう一つは…見ての通りじゃ。お前の目に、儂はどう見える?』

 老人はしわだらけの顔を、こちらへと向けた。

「かなりのご高齢とお見受けします…お身体が心配です」

 綾子は正直に答えた。先ほども座ろうとしたとき、よろけていたのだ。

『そうじゃろうの。儂は三百年ほど生きて、この地に根を張っておる。ただ、儂の種と言うのは元来、千年を超えてもピンピンしておるのが本来なのじゃ、それがこのありさま…。何故か分かるか?』

「うーん…」

 まだ、この世界の理をしらない綾子には見当が付かなかった…が、「見たところ、この村はずいぶんと活気が失われているように感じました。ひょっとして貴方トト様は、そういった人の"気"のようなものを養分とされているのでは…」

『ほう…!さすがに研究をしておっただけのことはあるのう。その通りじゃ!』

 老人、トトは目を見開いて笑った。深い、蒼い瞳だ。

『儂らは人の気をいただかぬと、枯れて死んでしまう。今の儂がまさに、それじゃ…そこで、ひとまずそなたに助けてもらおうと思うての。』

「それは…いったいどうすれば宜しいのでしょうか…」

 まだ魔法の使い方も知らぬのだ。あの領主様曰く、かなり高い魔力を有していると言ってはいたが…。

『手を。』

 すると、トト老人はガリガリに痩せた、血管の浮いたしわだらけの手をこちらへとかざした。

 マネをすれば良さそうだ。綾子の小さな手が、老人のすぐ前へとかざされた。

 すると、その手と手の間…30cmほどだろうか…その空間に、白い光球が音もなく、あらわれた。綾子は思わず顔をそむけた。眩し過ぎたのである。

『もう大丈夫じゃ。ありがとう。いただくとしよう。』

 手をそろりと下ろしてみると、その光球はすでに老人の手に渡っていた。

 老人が深く息を吸い込んだ。

 すると……。

 その光球から白い砂のようなものがさらりさらりと、老人の口へと吸い込まれていくではないか。

 そしてそれをすべて一息で吸い込み、息を吐き出したその時……綾子はあっと声を上げた。

 そこには老人など、もう居なかった。

 長い銀色の髪、高い鼻梁。目は横に長く、薄い唇を引き結んだ…美丈夫が、そこには居たのである。

『改めて…。礼を申すぞアヤコ。』

 男…トトはにこりと目を細めた。

「はい…」

 綾子は思わず距離を置き、平服し頭を垂れた。トトの全身から発せられるまばゆい光と、威風堂々としたそのたたずまいに、そうせずにはおれなかったのだ。




『…それでの。残る一つは、そなたに頼みがあって参ったのじゃ。』

 顔は上げてよいぞ、と言って、トトは綾子を見た。

「…はい。」

『そなたのおかげで、儂はこの通り本来の姿を取り戻した。しかしこれは一時しのぎに過ぎぬ。そなたからずっと貰い続けるワケにも行かぬでな。そんな事をすれば、そなたの身体が枯れてしまう。』

「さようですか…では…」

『それには、この村を再び、豊かな活気のある地にする必要があるのじゃ。それがあれば、住まう人々の"気"を貰って、儂は生きながらえることができるでの。それを是非、そなたに頼みたい。』

 それはまたとんでもない難題をふっかけられたものだ。綾子は気が遠くなった。

「しかしトト様。私はまだ、ここへきて二日しか経っておりません。村の方とは挨拶もしておらず、しかも養生の身です。一体どうすれば…」

『…そうさの…。まずはこの儂のそなたへの頼みであることは村の皆に知らしめる必要はあろうな…。承った。それは、儂がどうにかしよう。』

 トトは二コリと言った。

「ありがとうございます…それから、その、『豊かな活気のある地』とは、具体的にどうすれば…。それに本来こういったことは領主様の範疇では無いでしょうか。」

 綾子は途方に暮れた顔で言った。

『…弱り切った顔じゃの。ではまず一つ目の質問から答えてやろう。』

 トトは言った。


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