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第一章 すてみのこくはく。

…これまで先送りしてきた恋愛要素がいっきにどばっと回です。



 気が付くと、話に花が咲き過ぎていたようだった。

 無理もない。5年ぶりの再会だ。積もる話もたくさん、あった。

 サイラスと綾子の間のテーブルには、とっくに空いたらしき酒瓶が数本転がっている。

 酒場の娘たちも呆れるほどの、ザルであった。

 そしてその配膳している娘たちや、となりのテーブルで飲んでいた客が皆、唖然と二人を見ていたのには他にも理由があった。

 いつの間にそんな流れになったのか綾子にはおぼえがないのだが…、今たしかに綾子の右手はサイラスに引き寄せられ、彼の口元にある。そして時おり、口を付けている。

 最初酔っているのか?と思ったのだがどうも違う……と確信した瞬間、綾子の顔は火をふいたように真っ赤になった。これは本気だ。口説きにかかっている。

 すると、サイラスがその手から口を離し、ちくちくする髭にそれをすり寄せ、綾子をひたと見つめ、こう言ったものだ。



「俺はまだ、"お兄ちゃん"か?」



 サイラスは忘れてなどいなかったのだ。

 10年も前に告白し、振った時に綾子に言われたあの一言を。






 サイラスが初めてアヤコと会ったのは、魔法学院であった。

 父から、『これこれこういう女の子がやってくるから……』と文をもらっていたサイラスはその日、女子寮の寮長と共に正門まで迎えに行った。

 荷馬車から村人たちに手を引かれ降り立った、その赤い髪の少女。それがぱっと振り返り、そのエメラルドのような瞳でこちらを見たその瞬間……。

 時が、止まった。

「サイラス。この方がトト様から神託を受けなすった姫様、アヤコ様じゃ。よろしく頼みます…っておーい。どうなすった?」

 村から来たおじいさんが、目の前で手をひらひらと振っている。

 はっ、とサイラスは気が付いた。そして、「あ、ああすみませんジェフじいさん。ちょっと疲れてて…」と言い訳をした。

 見下ろすと、その少女…アヤコがサイラスを見上げている。2つ下と聞いていたが、もう少し下のように見えた。そして…やはり。

 昔どこかで会ったような気がする。

 瞳の色こそ違うが、その真っ直ぐなまなざし。引き締まった口元。実は笑うと大きくて、それはもうかわいいのだ……

(俺は一体何を考えてるんだ?)

 サイラスは混乱しながらもなんとか表情には出さず、その小さな女の子と目線を合わせるべくひざまずいた。そしてこう言った。

「魔法学院へようこそ。僕は村で会ったと思うがエマとトマスの息子。サイラス・ヒースだ。」

「アヤコ・マーガレット・ブラントンです。ご両親には命を助けていただきました。」

 アヤコはしっかりそう名乗ると、サイラスの差し伸べた手を握った。

 まるで大人のような物言いにサイラスはおどろいた。そしてまたやってきた……既視感。

 そうだ。この子は本当はウェーブのかかった赤髪ではない。まっすぐな黒い髪をしていた。見覚えのない公園。ブランコで遊びたいと駄々をこね、よく押してやったものだ。


 …いやいや。そんなはずはない。このことは今日が初対面のはずだ。






 その晩。

 サイラスは熱を出し、数日寝込んだようである。




 それからというもの、サイラスはそれはもうかいがいしくアヤコの世話を焼いた。

 アヤコだけは気づいていなかったが、周りから見れば「この子は俺のだ」と公言しているようなものだった。


 2年もすると、中等部に入ったアヤコはどんどん綺麗になっていった。






 しかし、一方の綾子は……。


 …思えば、男運が無かった。

 そう思うに至っている。

 ゾハスでは騎士のジョセフ・ガーランドがいわゆる男色であった事も知らず告白して、玉砕している。

 学院時代も、それは大変だった。

 何故なら、『あのサイラス・ヒースの幼なじみだ』というのが、気が付いたらあっという間に広まってしまったからである。

 サイラス本人こそ知らなかったかもしれないが、学院時代のサイラスはそれはもう、女子学生の秋波の的であった。

 ただでさえこの世界では貴重な回復術師の卵。それに加え、すらっとした身長にブロンドの髪をした小さな顔が載っていて、それが俳優かと見まがうような美形、おまけに剣の腕も悪く無い……ともなれば、女子学生の間ではもう大変な人気で、綾子が編入する頃にはすでにファンクラブのようなものまで出来ていた。

 そんなサイラスの、幼なじみである。

 入ってすぐに、いじめが始まった。

 もちろんそれらは、そのファンクラブめいたものに入っていた、中等部の女子学生たちである。

 幸い程度はそこまで酷くは…いや、教科書を破かれたこともあったから全然酷いか…まあ、酷いものも中にはあったが、何せ綾子は歴代3位の魔力量の持ち主である。教師陣による保護は手厚いものであったし、実はポルタ村から出る際トト様から少々特別な加護をいただいていて、呪いの類は跳ね返せるし…加えて綾子自身のクソ真面目な性格が、彼女をとある魔術研究へと没頭させるに至った…それが、

 "幻影魔法"。その名の通り、相手に幻影を見せる魔法である。

 綾子はこの幻影の魔法を限界までリアルになるよう磨きに磨きをかけ、次にこの学院の図書館中のホラー小説を読みふけり、自分の湯水の如き魔力をたっぷりと使って、いじめてきた女子数名をこの魔法の罠にかけた。

(まあ言うて子供だましだしなあ…?)

 あまり期待はしていなかったのだが、これが思ったよりてきめんに効いた。

 翌日、真っ青な顔になったその女子学生数名が土下座して謝ってきたものである。

(寮の部屋で寝ようとしたら人形の顔がべったり窓からこちらを見てて、その口から大量のウジ虫が湧いてきて学院全員の自分のくらいつくす…ってのがそんなに怖かったかなあ)

 …まあ、怖いか。

 食べられる際の痛みも、あとついでに腐った臭いも、綾子の妄想ではあったがなるべくリアルに再現してみた。

 まさに、想像を絶したはずだ。


 後に聞いた話によると、彼女たちはあの晩恐怖のあまり寝小便をして、寮の者に笑いものにされたのだとか……。


 その後数日もすると、いじめはぱったりと止んだ。

 綾子は自分の魔法の効果だ!と内心鼻を高くしていたのだが、実際はサイラスが文字通り綾子のことしか見えておらず、今回のいじめの件もサイラスの耳に伝わり鬼のように激昂、挙句にその女子生徒数名のご実家(まあまたこれが揃いも揃って爵位のある令嬢だった)にこっそり蓄電してその数名が実家から相当な叱責を受けたため…というのが正しいのだが、綾子は全く気づいていない。






 とまあ、学院時代もさんざんなものだったのだが、実は彼女が恋愛自体に非常に臆病…というか達観して、あきらめているのには理由がある。


 それは、この世界に転移する前。




 日本人だったころのとある出来事が、元である。

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