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最終章 そして

明けましておめでとうございます…めっちゃ間が空いてしまいました。。。



 こうして、ゾハスに平穏が戻った。

 約6年ぶりのことである。

 ひと月、ふた月もすると、近隣や隣国の国境近くに居た通いの商人たちの間でも、

「もうあの街は大丈夫だ…」

「やはりあそこを拠点にした方が利便が良い…」

 となり、一気に人が戻ってきた。

 その後ゾハスはゼルグ公国有数の商業都市へと成長することになるのだが…それはあと10年ほど、後のことである。

 そして綾子は……。




「…行くのか。」

「はい。」


 見ると、完全に旅の出で立ちである。

 そう。

 綾子はこの街を出ることに決めたのだ。

 行先は宗主国、シゲルダと隣国、イスルとの国境…通称、辺境伯領。

 ここからだと、首都イブライムを経由して、馬を使っても一週間はかかる…遠方の地である。






 綾子がここへ行くこととなった理由は、約一か月前に遡る。

 綾子は、イブライムにいた。

 ファンファーレが鳴り響いている。

 綾子の胃がキリキリと言い出した。

 目の前には真っ赤な絨毯。

 綾子はひざまずき、首を垂れているのだ。

 鳴りやむと、綾子のはるか前方にある玉座に何者かが座る気配がした。

 綾子は通る声で、こうのたまわった。


「我が国の太陽、セシリア・ウル・イェルス・レゼルグ大公殿下に拝謁仕ります。」


(言えた…言えたぞ…)


 この一言だけで、綾子の気力はすでに半分ほどが、ごっそりと持って行かれてしまった。

「うむ。おもてを上げよ」

 許可を得た綾子がそろりと頭を上げると、そこにはずらりと騎士が整列している。そしてその奥には…。

「そなたが精霊の加護を受けたエドガーの娘か。よくぞ参った。」

 玉座から興味津々といった表情で綾子を見下ろすこの妙齢の女性こそ…ゼルグ公国君主、セシリア大公殿下その人であった。

 髪色は暗いブラウン…この国にはあまり居ない色である。その頭にはティアラがきらめいていた。そして何より目を引くのがその瞳の色であった…青と黒。オッドアイである。

 聞くと、ゼルグ公国の君主の血筋はオッドアイの者が多いのだという。

 しかし綾子はそれどころではない。

(なぜこのような方が義父の名を気安く…)

「此度の一件、しかと聞き及んだ。」

「はっ」

 あわてて心を引き戻し、綾子は返事をした。

「知っての通り、ゾハスは我が国にとって重要な地じゃ。長年かの地にはびこっておった悪事の一掃、それに元凶となっておったアンデッドの討伐。いずれも、そなたが居らねば出来ぬことであった…君主として、礼を申し上げたい。」

「…!!恐れ多いことでございます!」

 綾子、すでに気力のゲージが0に近い。

「…殿下、そろそろ…」

 側近の一人…おそらく宰相だろう…が、時計を見ながらやきもきとしている。

「何?もうか…ふむ。本当は余から直々にそなたに説得をしたかったのだが、やむを得まい。」

 大公殿下はむう、と唸っていたが、すぐに気を取り直し、「カイル。」と側近の名を呼んで右手をひらりと振った。


「これより、アヤコ=マーガレット=ブラントン男爵令嬢の受勲式を執り行う!!」


 朗とした声が、謁見の間に響き渡った。






 ……その後。

 ようやく綾子が解放されたのは、もう夜も更けたころであった。

 国が用意してくれた馬車を下りると、そこは宿である。

 そこは、大公の住まう城にほど近い高級宿ホテルであった。綾子は萎縮したが、義父のエドガーも師のドウェインも、「そういう厚意は受けねば失礼と言うものですよ」「お前の今回の働きは、それに見合うものだ。受けとけ受けとけ」と言われてしまったので、遠慮なくいただくことにしたものである。

 へとへとの身体で降りようとすると、馬丁の前にその手を取った者があった。

「…義父上!」

「ご苦労でした。」

 エドガー・ブラントンであった。

 そしてよく見ると、その後ろにもう一人初老の女性がカンテラを持って、立っているのが見えた。

「義母上も…!!」

 綾子は思わず声をかけて、覚えたてのカーテシーをしてみせた。

 今日、綾子は正装…淡いクリーム色のドレス姿である。この短い期間の間に全ての支度を整えてくれたのもこの義母…ミランダ・ブラントンであった。

「大分、良くなりました…合格よ。」

 このカーテシーと、ダンスをしっかり叩き込んでくれたのも、このミランダである。






 今回受けた、この受勲式。

 呼ばれたのは、綾子一人であった。

 たかだか18の未婚の少女を一人で、それも随行人の列席も許さぬ…というのは異例中の異例である。

 ブラントン夫妻もこれには、(何かある…)と、おもったようだ。

 そうして綾子はミランダともう一人雇った女中の手伝いも借りてドレスからゆったりとした服に着替えた後、エドガーの訪いを受けた。

「疲れているところ申し訳ないのだが…」

 エドガーも恐縮している。「しかし、気になりましてね…。」

「何か、妙なことを言われたりされたりしませんでしたか?大丈夫でしたか。」

 ミランダも心配気だ。

「ええ。それは特には…。」

 綾子は式の後執り行われたパーティーを思い出していた。「周りからは、私の事を噂している方が居られたようですが…よく聞こえませんでした。」

 何せ近衛兵が二人、私を守って下さっていましたので…と言うと、二人は思わず顔を見合わせた。

 これも、異例なことらしい。

「それに、ウォルター子爵夫妻もいらしてて、そばに付いていてくださいました」

「ああ、トゥリス領の…。」

 ミランダが応じると、エドガーも頷いて、「それは心強かったでしょう。ミランダ。お二人には御礼を申し上げねばならんな。」

「心得ております。」

 ミランダはしっかり頷いた。礼状と、何か用意する心づもりのようだ。

 綾子はそのやり取りを見届けつつ、「…それで…、どうしてお二人を式に招かず私だけを呼んだのか、それも分かりました。」

「ほう。…と言うと?」

「あの受勲式の後、大公殿下の側近の方から直接、これを手渡されたのです。」

 綾子はそう言うと、一通の書簡を二人の前に差し出してきた。

 見るとそこには、こうあった。


『此度は、まことに大義であった。

 …(中略)…

 ついては向後こうごとも、余の力となってはもらえぬだろうか。

 余の直属の騎士団の一員となって、はたらいてもらいたいのだ。

 知っておるとは思うが、ここのところイスルの動きがあやしい。

 どうも此度の一件も、裏でイスルの者が手を引いていた形跡があるのだ。

 他にも、詳しくは書けぬが、どうも我が国のみならず、シゲルダ王国の領土もろとも狙っているのではないかと思えてならぬ。

 動きがあるのは、確かなのじゃ。

 たのむ。そなたの力が今、必要じゃ。

 騎士団の名は、ネブラ騎士団。通称、霧の騎士団とも言われておる。

 これについては、エドガーが詳しい。聞いてみると良いだろう。

 良き返事を待っておる。


 最後に、いま一度。

 

 

 今こそ、そなたの力が必要なのじゃ。頼みにしておる。



 セシリア・ウル・イェルス・レゼルグ』


 読み終えたエドガーは、険しい表情になっていた。

「これを渡してくださったカイル様から、伺いました。義父上は昔、この霧の騎士団におられたと…。」

 綾子は言って、「魔法学院の教師職だったと私は聞いておりましたので…驚きました」

「…ふむ。ミランダ。これは隠し通せぬよ。」

 エドガーは綾子の隣に座るミランダに苦笑をやって、「ええ。その通りです。私は昔、霧の騎士団におりました。しかし…、魔法学院の教師という経歴も、嘘ではありません。私は、教師をやりながら、騎士の任務もこなしていたのですよ」

「えっ」

 綾子はびっくりして、「そんなことが可能なのですか」

「…というより、そうしている者がほとんどでしょうね。」

 エドガーは言って、「あれは、表向きは別の職を持ちながら、大公殿下の密命を受けて任務を遂行するのです。内容は…さまざまなようですね。私の場合は…魔法学院の生徒、及び教師の中にいる一人を見張り、報告するというものでした。その『一人』…というのは密命のその都度、変わっていましてね…。あるときは自分の教え子だったり、同僚だったりしたものですからあまり気分の良いものではありませんでしたよ」

「…!」

 綾子は言葉を失っていた。

「そして、その見張っていた対象の人物は、そのほとんどがクロでした…。敵対している貴族同士の諍いの片方だったり、酷いものだと国に謀反を企んでいる貴族の子息だったりしましてね。当時は今と違って情勢が安定していませんでしたから」

 たしかに。綾子も卒業したあの学校は貴族も通う。なにを隠そう、綾子自身も貴族の方のクラスに入れられ、当時それはもう驚いたものだ。

 しかし、よくよく考えてみたら、それもそのはずである。

 義父、エドガーはポルタ村、及びその周辺一帯を治める領主おやかた様なのだ。平民がそんな仕事に携われるワケがない……聞くと、やはり男爵位とのことだった。

「ええ。カイル様も仰ってました…『エドガーがこれを読んだら、即座に破り捨てかねん。すまぬが我が国の存続もかかっておるのだ』…と。」

「ああ、それは破いていたでしょうね」

 エドガーはにべにもなく言った。

「貴方。」

 ミランダがたしなめている。

「それもそうだろう、ミランダ。中には命の危険を伴う密命だってあるのだぞ。ましてや、この子は冒険者だ…どんな危険な任務を負うか…」

 エドガーが厳しい顔つきで言うと、ミランダは口をつぐんだ。

「…お話は分かりました。」

 綾子は考え込んで、「義父上は、反対でいらっしゃる…。」

「そうですね。」

 エドガーは言って、「…しかし、君がどうしても、というならば…私は止めません。」

「…。」

 綾子は思案している。

「…ただし」

 そこでエドガーが続けて、「止めない代わりに、私がカイルに言ってやります。『アヤコにもしものことがあったら、私は国中の人間を敵に回してもお前をはっ倒すだろう』とね。」

「ひえっ」

 綾子、あのカイルという側近の男が実はセシリア大公殿下の夫…王配であらせられることを知っている。


 …ついでに、この義理の父の姉に当たる人物があの大公殿下の乳母で、大公殿下とはまるで親戚のような交流つきあいがあったことも、カイルから聞かされている。




 そうして……。

 綾子は考えた。

 考えに考え抜いた末……。

 霧の騎士団への入団を決めた。




 辺境伯領行きの密命が下ったのは、その一ヶ月後のことである。




「気を付けるのだぞ。」

 レスターの顔に、『心配』の二文字が見て取れた。

「はい。」

「くそっ…ギルド長でさえなければついて行くんだが…」

 ドウェインが歯噛みしている。

 親バカだ。綾子は思わず笑って、「大丈夫です師匠。大公も、『何かあれば命を優先するように。そのような時は任務は放り捨て、すぐにゼルグへ帰って参れ』と仰ってくださってますし。」

「はぁ……。」

 ドウェインは心配のあまり、思わず深いため息をついて「…すぐ手紙を寄越してくれ。頼むぞ」

「はい。」

 綾子は笑顔で応じ…その荷馬車に乗り込んだ。






 白い霧の立ち込める、朝のことであった。

冒険者編、これにて最終となります。


次は『霧の女性騎士編』となる予定です。ここで、最終編となる予定です。


この冒険者編で登場人物たちが随分と予定外の行動をしてくれたおかげで(爆)、当初の原案とかなり外れてしまったため、練り直しが必要になりました。


ちょっと数か月、執筆再開にかかると思われます。それまで、完結とさせていただきます。


再開時はまた活動報告にて。


お読みいただきありがとうございました。

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