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第十四章 夢(上)

少々長いです…。


遺体に関する描写があります。


苦手な方は戻ってください。

 夢を、見ていた。




 そこは、貧しい村であった。

 いくらたくさんの薬草をおさめても、質の良い香油をおさめても、村人には雀の涙のようなお金しかもらえない。

 村の長は困った顔をして、こう繰り返す。

 いいかい。この村の女はその昔、世界中のお貴族サマから奴隷として珍重されてきたんだ。今もそれは残っている。だから、お前たちを守るためにお金が必要なんだ。ほらごらん。あそこに魔術師様がお見えだろう?あの御方が、この村に結界を貼って、守ってくださってるんだよ。

 見ると、黒いフードのついたマントを被った人が村の入り口で、大層な儀式をやっているようだった。

 しかしわたしは自由になりたかった。

 それは両親も、同じだったらしい。

 父も母も、わたしに厳しく家の仕事について教えられ、叩き込まれたがその一方で、

「いいか~~(何か名前を呼ばれたが聞き取れない)。あの村長が言ってるのはウソっぱちだ。俺たちの下に来るべきお金は全部、あいつが横取りしてる。あの魔術師もイカサマだ…」

 どうやら、他の村人たちの中にも同じ考えの人がいて、今その証拠を集めようとしているのだという。

 わたしは両親の部屋にあった絵本に、いつも夢を見ていた。

 この村の外には、村の大人たちよりはるかに背の高い人が魔法を使って、暮らしているらしい。

 わたしたちも魔法を使って暮らしているし、それで香油を造ったりしているが、外の人間はもっとすごくて、その中には魔法剣士といって、わたしたちよりはるかに高い魔力でもって魔獣をやっつけたりするのだそうだ。

 きっとそれはカッコイイに違いない。


 いつかわたしもこの村を出て、魔法剣士さんと恋に落ちるのだ。






 その家のとなりには、とても良い香りのする薬草の畑があって、そこの中にポツンとある藁ぶき屋根のおうちに、男の子が一人住んでいた。

 もちろんその子だけが一人で住んでいたのではなくて、お姉さんとご両親も一緒に住んでいた。

 ただ歳が近かったこともあって、よく遊んでいた。

 この村では、女は家の敷地から出してもらえない。外で働くなど、もってのほかだった…その子はよく、家に来ては読み書きを教えてくれたものだった。

 そうこうしているうちに二人とも大きくなり…そういった仲になった。

 彼は暗い印象の男性ひとだったが、真面目だった。私の両親に頭を下げて、婿に入らせてほしいと願い出た。

 この頃は私も分別が付いていた。

 村の外に出るなど、夢また夢なのだ。

 この村の戒律は、それは厳しい。

 どうせ、出られやしないのだ。

 だったらせめて、私の造り出した香油だけでも、外の世界を見てきてほしい。

 私は昼夜を忘れて、この家に伝わる蜂を使役して、香油づくりにいそしんだ。

 しかしその夢は叶わなかった。

 突然目の前で、両親が死んだ。

 横転する馬車。

 下敷きになった二人。

 ショックで頭が真っ白になった。

『事故だった』

 …そういうことにされた。

 しかし違う。

 両親は長年、あの村長の不正を暴こうとこっそり動いていた。それが見つかって、殺されたのだ。

 そしてその翌日から、私の魔力が完全に、0になってしまった。

 鼻は効かない。蜂も、言うことをきかない。これではもう香油を造ることはできない。

 私の20年近くもの努力は、水の泡となった。

 もうやってられなかった。

 私はどうにかして、このバカげた村を出ようと心に決めた。






「…宜しかったのですか?」

 目を開けると、そこは馬車の中だった。

 ふかふかのソファにビロードの絨毯。カーテンにまで金糸が織り込まれている。まるでお貴族様が乗りそうな代物であった。

 馬は、結構なスピードで駆けているようだった。

 目の前には男が一人、その長い足を組んで片眼鏡の奥からこちらを見ている。

 表情からは何も、読み取れない。

 この人が、初めて会う外の人間だった。

「ええ。あの村はもう、うんざりだわ」

 私は言った。

「…しかし、この先も自由は待っておりませんよ。高級娼婦の道は険しい」

「ええ。分かっています」

 話にしか聞いてはいないが。と私は思いつつ、「何とかついて参ります。宜しくお頼み申します」

 男の目の奥が細くなった。

 ひとまず、合格だったらしい。






 そこからは、目まぐるしい毎日だった。

 連れてこられたのはとても大きな町の中にある、それはきらびやかな建物であった。

 ホテル、というらしいのだがそんな単語は聞いたことがない。

 聞くと、どうやら超高級な宿屋のようなところらしい。

 私は今日からここで、先輩の娼婦のお姐さん方から、そのいろはを学んでその技術を盗んでいかなくてはならない。

「あれま!おどろいた。本当に子どもみたいだよこの子」

「おじょうちゃん、おいくつでちゅか?」

 22だ、というとみんな笑い転げる。

「あーはいはい、言い過ぎたわよ」

 ふくれっつらになっていると姐さんの一人がなだめてくれ、「それにしても急すぎるわよねアンタ。昨日連れてこられて…もう明後日なんだって?」

「そうなんです」

 トゥリス族の女性というのは高値で…というのは本当だった。私の初めての一夜…は白金貨、100枚で落札されたのだという。相手は隣国の伯爵様だというが…不安しかない。

「まだ右も左も分からないというのに…」

 シーツにくるまりうなだれる私だったが、

「大丈夫さ。あたしたちがちゃあんと導いてやったろう?」

 つんつんとほっぺをつつかれた。

「あんたはものおぼえが早いし、賢い。どうやって生きてきたか知らないけど、腹もすわってる。なあに、誰にだってハジメテはあるもんさ。アンタはそのままで大丈夫さね。あたしが請け合うよ」

 言ったのは、この広いベッドの上に居た中でもひときわ美しい、姐さんだった。






 こうして、その夜はやってきた。

 文字通り、身体のすみまで洗われ、マッサージを受け、ネグリジェ姿になって今、自分はちょこんとベッドに座っている。

 ノックの音とともに、男が一人入ってきた。ガウン姿である。

(この人か……)

 言われた通り、頭を下げる。

 心臓がどくり、と音を立てた。

 壮年、といった風情のその男は私を一瞥したようだった。そして鼻で、ふんと返事をした…。

 次の瞬間、私の身体は左にふっ飛ばされていた。

 男が思い切り、私の顔をこぶしで殴ったのだ。

 私は悲鳴を上げた。

 必死に助けを求めた。

 でも、誰も助けてくれなかった。

 男の左足が私のみぞおちに、もろに入った。

 吐いた。

 男の笑い声が楽しそうにしている。






 気が付くと、私はそのホテルの裏口で、ぼーっとしていた。

 服は着ていた。

 あの制服。赤のメイド服だ。

 すると、その扉から布にくるまれた、血だらけのものが運び出されていくのが見えた。

 あ、と思って見ていると、その男たちは目の前を流れる、幅は一間くらいの水路に、それを捨てた。

 布がほどけていく。

 やがて、それが何かわかると、今度こそ私はパニックに陥った。

 それは、私の死体だったのだ。

 いくら叫んでも、誰も気づかない。

 真っ暗な川から、血の匂いがした。

 自分の身体にとりすがって泣き崩れていると、川に流されて…やがて頭上に立ち並ぶあのホテルの中からこんな声が聞こえてきた。

「マリ。やっぱりあの子駄目だったって。」

「ふん。当然の結果さね。気持ちの悪い、あのトゥリスの女。ちんちくりんで学が無いくせに、あたしより床代が高いなんて何様さ。お似合いの最期、ってやつじゃないか。」

「違いない。」

 クスクスクスクス…と笑う声がする。

 目の前が怒りで真っ赤になった。

 私が。

 私が一体何をしたっていうのだ。

 この、この…


 人殺し。


 人殺し!


 人殺し!!



 人殺し!!!




『全くだよねえ』

(!!!)

 そこへ、不意に声をかけてきた者があった。

 もう無いはずの心臓が跳ね上がり、振り返ると…そこには化物がいた。

(ひっ)

 紫色をした肌。そこかしこから黒い血管が浮き出ていて真っ黒い真っ直ぐな黒い髪を垂らし、その頭には山羊のような角が二本、にょきりと生えている。瞳はまるで猫のような金色のそれであった。

(貴方は…)

『うん僕?この山に住んでるレギデウス、って者だけど。また向かいの町からヒトが流されてきた、ってうちの下僕が言ってきたものだから見に来たらキミがいた、ってワケ』

 そうやら、知らぬ間に対岸に流されてきたらしい。

 真っ暗闇であった。周りの様子は全然分からない。

『酷いことをするもんだよ。ヒトってのはさ。欲のために他人を蹴落として、貶めて。見てみ?コレ』

 言うやいなや、その化物は指をパチンと鳴らした。

 すると突然火の玉が現れ、あたりが明るくなった。

 そこは河原であった。そばには自分の死体が転がっている。そして…

(いやあ!!!)

 そこには累々と、辺り一面に白骨が転がっていたのだった。

 腐った臭いが、鼻を突いてきた。

 地獄絵図である。

『これ、キミみたいにあの町から流されてきたの。全部。それでね、これは火の玉なんかじゃないの。キミと同じ。』

 すると火の玉がふわりと私の周りを取り囲んだ。そして声が聞こえてきた。

『俺は友人と思ってた奴にだまされた』『私はお貴族さまに折檻をうけて…』『姑に毒を…』『知らない男に殴られて金を…』

 …とんだ町である。

『キミはもう自由だ。この町のことなんか忘れて、故郷で眠ることだって出来る…できれば、そうした方が良いと僕は思うけどね。でも帰りたくないんでしょう?どうしたい?』

 私は考えた。

 そして考えに考え抜いた末…出した結論を、その化物に伝えた。

 レギデウス、というその化物はちょっとびっくりしたようだったが、やがて目を細めた。

『…いいの?キミの選んだ選択は、魔獣として生まれ変わることと同意なんだよ。一度魔獣になったら、もう二度と人間としては生まれ変われない。それでもやるの?』

 思えばこの時、私はもうその、そばに居た何十体もの殺された人たちの魂にずいぶんと思いが引っ張られていたように思う。…しかし私自身もその思いは同じだった。



 …この人殺し。



 あの町にいる人間は人ではない。人殺しだ。身勝手に人の命を奪って、自分はのうのうと生きている。

 そんな事が許されてたまるものか。

(目にもの見せてやります)

 私はにこりと笑った。






 こうして数日後。


 私はあの事件を起こした。


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