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第十三章 事件の真相へ(上)

 さて……。

 時は数日前…の、ゾハスの街へとさかのぼる。

 この日。

 この街の騎士団長、レスター・コリンズの指示により、例の少女の人相書が街のいたるところに貼りだされた。

 そこには、『情報求ム!この女の子をさがしています』とだけ大きく書かれていて、あとはその下に絵姿、身長、髪の色、恰好などが記されている。

 すると……。

 その日のうちに、それを見た者からこんな声が聞こえてくるようになった。

「おい兄ちゃん、あの人相書の恰好はなんだ?まるであの事件のホテルの制服そっくりじゃねえか。知らねえのか。タウンゼントホテルだよ。」

「この子は知らないんだけど、この着ているお仕着せは気になるのよね…。あの事件のあったホテルの制服にそっくりなのよ。」

「……で、兄ちゃん。この制服の色、どんな色だったか分かるか?」

 聞かれてドウェインはなんとか戦闘の時の記憶をほじくり返し、「たしか紅色だった…と、聞いている。」

 その瞬間。

 どのドウェインのいたテーブルの辺りが急に静かになった。

 見ると、その酒場で話をしていた壮年のご夫婦と、その周りで何とはなしに酒を飲みながら話を聞いていた酔客が一斉にドウェインの方を見て、息を飲み、黙りこくってしまったのである。

「…それは本当か…。あのホテル、本当ろくなことしてやがらねえ」

 静かに怒りの口を開いたのは別の男である。

「こんな小さな子にまで夜の相手をさせていたなんて…」

 女性の方が頭を抱えてしまった。酔いがすっかり覚めてしまったようだ。

「…それは、どういうことだ」

 もう嫌な予感しかしないが、ドウェインは聞いた。

「…実はな。」

 と、その女性の夫らしき男が、「あそこの制服は二種類あってな。一つは紺色…こっちは配膳やら掃除やらやったりするやつだ。人気の職だったのはそっちでよ。問題は、紅色の方だ。そっちは、娼婦なんだよ。紅色のお仕着せってのはあのホテルお抱えの娼婦を意味すんだ。とはいえ相手はお貴族様だからよ。そうなると娼婦の方も、教養もダンスも身につけなきゃなんねぇ。それはそれで、厳しいところだったらしいぜ。だから…こう、俺たちの居る国は奴隷制も無いし、人の売買は犯罪だが外の国はそうでもねえ国もあるじゃねえか。あそこにいたのは、そこで買ってきた、没落した貴族の娘なんじゃねえか…ってもっぱらのウワサだったんだ。」

 ぬるいエールに目を落としながらぼつぼつと男が話すと、隣で聞いていた別の男も頷いて「地元の人間ならみんな知ってるぜ」と言ったものである。


(これは大きな手がかりかもしれない) 


 ドウェイン、早速レスターに報告を上げたのも無理からぬことであった。







 一方、レスター達騎士団の方でも動きがあった。

『アンデッドの少女、トゥリス族の成年女性である可能性高し。同封は町長に調査いただいたトゥリス族の女性の転出者リスト。ゾハスの役場に照会をお願いしたい アイザック』

 簡潔な文書とともに、例のトゥリス町長が調べ上げてくれたリストが送られてきていたのである。

 レスターは早速役場へ人を送り、照会を頼んだ。

(トゥリス族か……)

 レスターは一人思案していた。

 ……盲点だった。

 レスター達は現場で、あの少女と出くわしている。どこから見てもあれは、10代前半の女の子にしか見えなかった…が、たしかにトゥリス族の女性となると話は変わってくる。レスターは会ったことはないが、たしかあそこの女性は成人しても見た目が10代のままで、よく子どもと間違われると聞く。

 そこへ、役場から部下が戻ってきた。

 照会の結果、あのリストに載っていた10人のうち、ゾハス在住の者として記録が残っていたのは3人であった。

 うち2人は現在も、ここに住んでいることになっているという。

「この後、登録されている住所に赴いて安否確認を進めてまいります。よろしいでしょうか」

「そうしてくれ。念のため、二人で向かうんだ。」

 レスター、念の入ったことである。「…で、あとの1人は?」

「それが、すでに亡くなっておられるようなのですが……」

 言うなり、そのうら若い部下は急に言いよどんだ。

「どうした。遠慮はいらん。言ってみろ。」

「それが……。」

 ややあって、その部下はようやく口を開いた。「どうも、あのタウンゼントホテルの犠牲者だったようでして」

「…!!」

 これにはレスターも、何か変なものを飲み込んだような顔になった。

 そこへノックの音がした。「入れ」と言うと、あらわれたのはドウェインである。

「団長。一応、有効かどうか分かりませんが…あの人相書を見た者が次々と、『あの少女の着ているお仕着せがタウンゼントホテルのお抱えの娼婦のものとそっくりだ』と申しておりまして、お耳に入れて…って、お二人ともどうされました」

 レスター、その部下と思わず顔を見合わせている。

 これはもう、あの少女の姿をしたアンデッドがその、タウンゼントホテルの事件の犠牲者だ、と言っているようなものではないか……。

「ギルバート。」

 レスターはその部下の名を呼び、「そのタウンゼントホテルで亡くなったトゥリス族の女性の名は?」

「えっと…サラ・イェールダーと仰るそうです」

「サラ・イェールダー…か…。分かった。ではまずは、残る二人の安否を頼む。」

 ギルバートというその部下は頭を下げ、その巨体を揺らして部屋をあとにした。

 ドウェインは残って、考え込むレスターを見守っている。






 その話し合いは、数分で終わった。

 がしかし、実際はその前にレスターが一人眉間にしわを寄せて考察にふけっていたため、もう少し時間がかかっている。


『あのアンデッドの少女が実は成人したトゥリス族の女性で、タウンゼントホテルの事件の被害者、サラ・イェールダーという女性である』という可能性が急浮上している。

 ギルバートが調べてきてくれた情報、そしてあの人相書をみた市民の証言。いずれもが、この仮説を裏付けているようにしか思えない。

 勿論、断定は禁物である。しかし……。

「調べる価値はありそうだな…」

「同感です。」






 その後のレスターの行動は早かった。

 まずレスターは、10年前に起きたあの忌まわしい事件の調書を隅から隅まで読むことにした。

 あの事件当時、まだレスターは騎士養成の学校を出てイブライムで騎士になったばかりで、ゾハスにすらいなかった。そこからめきめき頭角をあらわし、団長相当のお墨付きを賜り…ここにやってきたのはわづか、2年前のことである。

 そして、このゾハスという街は、例のフレデリック・オーウェル伯爵の失脚、逮捕の一件がもとで領主もその下の町長も入れ替わり、かなり大規模な粛清が行われている…かなりの数の市民が捕えられたり刑に処せられたりしたが、それは騎士団とて例外ではなかった。つまり…大多数の団員が大麻や人身売買、その他事件のもみ消しに手を染めていて、連行され処分されていったものである。これによりおよそ9割のもの団員が連行されていったというから、その腐敗ぶり、処分の凄まじさも伺いしれようというものだ。

 その事件が、6年前。

 そしてタウンゼントホテルの事件はそれより前、10年前である。

(一応、聞いてみるか…)

 簡単なことである。明日の朝礼で、「これこれこういう可能性が出てきた。タウンゼントホテルの事件当時現場に居た者、ないし事件当夜のことを知っている者があれば話を聞きたい。」と素直に伝えれば良い話だ。不利益などが無ければ、名乗り出てくれるだろう。


 やがて、調書を読み進めていくうちに、レスターは妙なことに気が付いた。

 確かアイザックから聞いた話では、この事件は職場内で酷いいじめを受けていたイツァーク・ザッカーリという清掃員の男が、それに耐えかね、魔力増幅の魔道具を身に着け、支配人やその護衛の男をはじめとする従業員全員を殺害し火を放った、その際説得に当たった当時の団長と逃げ遅れた宿泊客数名もそれに巻き込まれた…とレスターは記憶していたが、それにしては…。

(書かれている内容が詳細過ぎる…)

 これであった。

 普通、事件の当事者がほぼ亡くなっているとなると、『○○と思われる』『遺留品の××がこの方向に落ちていたことから…』などという、現場の遺留品や遺体の状況に関する記述が多くなるはずである。

 しかし、それが一切無い。

 そこに書かれていたのは、『イツァークがどうやって従業員を殺害せしめていったか』という、しかもその経緯も時系列で、かつその方法が具体的に、まるで一部始終を現場で見ていた人間が書いたような書き方でまとめられていたのである。それもいやにリアルであった。もしこれが本当だったとすれば、現場はかなり凄惨なものであったことは容易に想像できた。

 おかしいではないか。

 生き残っていた人間はだれひとりとして、いないことになっているのに。

 しかし最後まで目を通してみて、レスターはさらに驚いた。

『あの事件にはただ一人、生き残りがいて、その者から調書を取った』とあるではないか。

 見るとそれは、ホテルの支配人が雇っていた護衛のうちの一人であった。

 確かに聞いた話でも、『イツァークは真夜中支配人に短剣を突きつけた。支配人は護衛を呼んで取り押さえんとしたが、するとイツァークは護衛を一撃で殺してしまった。それを見たもう一人の護衛は指にはめられた魔道具を見るや、その場で護衛の仕事を放り投げ逃げた』と聞き及んでいる。

 どうやらその男のことらしい。

(いや待て…)

 やっぱりおかしいではないか。

 調書は他にもあったためそれらにも目を通してみた。

 するとやはり、おかしいことが証明されるのだ。

 なぜなら、この生き残った護衛の男。『その場で護衛の仕事を放り投げ逃げた』とあるではないか。他の調書にも、『支配人の身から出たサビだと言うやいなや、この男は逃げ出しホテルの建物から外へ出た。』とある。

 それがなんで、最後までその現場に居たような供述が出来るのだ。

 レスターは首をひねりつつ、その詳細な記述があった方の調書の担当者名とその階級に目を走らせた。

"ロドニー・マクリーン"

(…当時の副団長か…)


 現在、ロドニー・マクリーンはこの団には居ない。少なくとも、レスターが赴任してきたときには別の副長であった…頼りになる男である。


 ともあれ…これは、この詰所に保存されている名簿を照会すれば何か分かるだろう。






 その晩。

 あのリストから調べを進めていたギルバートが無事戻ってきて、こう報告してきた。

「お二方の無事が確認されました。」

「アンデッドではなかったろうな。」

 レスターが笑いながら言うと、

「まさか…!ご本人にも会いました、どう見てもあの少女とは似ても似つきませんでしたよ。」

 たしかにお二人とも髪色と体格は似ておられましたが、とギルバートは言う。

 二人とも、結婚を機にゾハスに来たようだった。

 家族もいるようなら…まあ、大丈夫だろう。

「よし。今日はこの辺りにしよう。ダグラス。いつも苦労をかける…あとを頼んだぞ。」

「はっ」

 呼ばれて返事をしたのは、レスターより一回りはガタイの大きな、ごま塩頭を刈り上げたいかにも軍人然とした男であった。歳は50手前くらいだろうか。こちらの国の人間らしい深めの彫りの顔なのだが眉がほとんど無いので、それが余計に威圧感を助長させている。

 この男こそが、今の副団長であった。

「ゾハスの夜は、私めが守りおおせましょう」

 ダグラスは頼もしく、請け合ったものである。

「うむ。」





 この日も、魔獣による襲撃は一件も、確認されなかった。


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