第十一章 タウンゼントホテル従業員殺人事件
その後途切れ途切れにジョシュから聞き出した話…それは、衝撃的なものであった。
あの日。
ゾハスの隊服に身を包んだ騎士の男数人が、大きな黒い棺を担いでトゥリスの町の方にあらわれたという。
聞くと、ゾハスにある五つ星ホテル、タウンゼントホテルというところで事件があり、従業員全員が殺害されたと言うではないか。
サラが働いていたところである。つい数日前行ったばかりだ。
ジョシュとヨハンは今にも破れそうな心臓をかかえ、その町の安置所へと向かった。
するとそこにはすでにウォルターがいた。棺に手をやり膝からくず折れ、号泣している。
ヨハンの体が、瘧にかかったように震え出した。
「遺体の損傷は、激しくて…」
ジョシュはぽつりと言って、また目から涙を吹きこぼし、「顔は潰れて…分からないくらいになっていて…あの白髪交じりのくせっ毛と小さな体格と…それでかろうじて…本人と分かる状態で…」
「…それは…。お辛かったでしょう…」
アイザックは心から同情した顔になっていた。「よく、話して下さいました…。」
しかし言いながら、アイザックの心中では雷鳴とともに嵐が吹き荒れていた。
(タウンゼントホテルだと…!!)
何てことだ。何て、ことだ。
それはゼルグ公国史上最悪と謳われた凶悪事件…タウンゼントホテル従業員殺人事件の、正にそれだったのである。
タウンゼントホテルはその昔、ゾハスの南地区(高級住宅街や貴族が使うような洋服、アクセサリーの商店が軒を連ねている)にあった、ゼルグ公国内でも有数の高級ホテルであった。
北西大陸内で査定される、平民にはよく分からない格付けによると星が五つ付いていた、というからその高級度合も計り知れようというものである。
当然、泊まる客もそのほとんどが貴族…それも要人クラスのそれ…王族も普通に宿泊する。
生半可なレベルの人間ではまず、従業員として採用されることはないはずだ。ましてや、ここの女性従業員の制服は可愛いこともあって、さらに門戸を狭くしていたはずである。
そんなところが何故、わざわざ副支配人を現地に寄越してまでそんな片田舎の娘を採用するに至ったのか。そして事件に巻き込まれたのか……。
それに、腑に落ちない点はまだまだ山積していた。
「あの、改めてお伺いしますが…」
アイザックは目の前で目を赤くしたままのジョシュを見、「サラ殿はその、タウンゼントホテルで雇われていたというのは本当なのですか。」
「ええ…あの時サラを追いかけてホテルまで行ったのですが、確かに応対に出たのが副支配人のパラディール、という男でしたから…。『こちらで清掃員として働いている』と確かにあの男は言っていました。」
「その時サラ殿とは…」
「会えておりません。」
「…。」
アイザックは思案した後、また口を開いた。「サラ殿がその…無言で戻ってこられた後、こちらにおられた方々は何か、動かれましたか。その…ゾハスに向かわれたりなどは。」
「ええ、勿論行きましたとも。ウォルターさんも一緒に。」
その無言の対面を果たした後、ジョシュはウォルターに、これまでの経緯を話したのだという。
するとウォルターは、
『そうだったか……くそ、私がイブライムに行きさえしなければ…!!結局この子の顔も見ぬままこんな日を迎えてしもうた…』
なんと、この日遺体となって対面となるまでウォルターは一度も、サラに会えずじまいだったと言うではないか。
もし会えていれば、もっと調査は早く進んだはずである……。
「たしかに、生前サラは本当に、家の敷地から出たことがありませんでした。香油の取引も、あの事故で無くなった彼女の父がやっていて直接会ったことは無かったそうです。」
こうしてサラの遺体を荼毘に付し弔った後、ジョシュはウォルターと共にゾハスへと向かった。馬を借りたため一日で着くことができた。
着いてみると驚いた。
タウンゼントホテルはもう、更地になって見る影もなくなっていたのである。
あのきらびやかなシャンデリアも、赤いふかふかの絨毯も、堅牢な石造りの建物も、見当たらない。
中は石窯のように燃やし尽くされてしまったのだという。そして建物自体も、ガラガラに破壊しつくされてしまったのだというではないか。
その更地の前には、大量の花束や古びたコップに水や、ジュースが手向けられている。手を合わせている者、むせび泣く男女、子どももいる。
最悪な予感しかしなかった。
「従業員は全員、死亡したとそこで聞かされました。」
ジョシュはようやく落ち着いてきたようだった。「あの副支配人も含まれていましたし、その上の支配人、さらに上のオーナーも…とのことでした。説得に当たった騎士団の団長も…と聞いています。」
その通りである。
そこが、この事件の凶悪性の高さたる所以であった。
事件当夜、アイザックは依頼遂行中でゾハスには居なかったが、戻ってきて度肝を抜かれたのを今でも覚えている。
アイザックの記憶だと…たしか事件のあらましは、こうだ。
タウンゼントホテルは、それは一流と謳われるホテルであった。
しかし、その内情…特にその職場環境は、それは酷いものであった。
それは従業員同士のいじめ…こちらでいういわゆる、パワハラである。清掃に少しでも漏れがあると、叱責では終わらず殴る蹴るの暴行は当たり前で、それにとどまらずその性の尊厳を傷つける…というようなことまであったという。
この事件の犯人…イツァーク・ザッカーリ(当時48)も、その被害に遭っていた正に筆頭であった。
彼が清掃に入ると、決まって長い髪の毛が一本だけ落ちている、ということが度々あったらしい。
しかもその髪の毛も、イツァークがきっちりしっかり清掃した後、従業員がわざと髪の毛を一本落していたというのだ…悪質も良いところである。
イツァークはその数か月の酷すぎる仕打ちを耐えた。耐えに耐えた。
しかし限界を迎えた。
その寝静まった真夜中…。
イツァークは支配人に割り当てられた私室…寝室で、短剣を突きつけていた。
しかし支配人も馬鹿ではない。彼はサルを見るような顔でイツァークにせせら笑うと護衛に雇っていた、屈強な男二人をすぐ呼び寄せた。
男二人はイツァークを見るとすぐに取り押さえんとそちらに向かい突進した。
すると……。
イツァークがその、骨と皮と度重なる暴行で青あざだらけになった腕をひらりと振った。次の瞬間……。
『ぐちゃっ』
何かが潰れたような音がした。
その男の内の一人…左側の方の男の体が突然、潰れたのだ。
支配人とイツァークの顔に、もろに返り血と肉片が飛び散ってきた。
そして右側…生き残った方の護衛の男は見た。
イツァークの左中指に、大きな黒い石が載った指輪がはめられているのを。
「おいエイブラハムの旦那。」
男は顔面蒼白になりガタガタ震えるその支配人の名を呼び、「こんな魔力無理やり増幅させて暴走しかかってる男を相手にするなんざ聞いてねぇ、警護の話は無しだ。ここで失礼するぜ。どうせ身から出たサビだ、せいぜい生き残れるよう誠心誠意この男に謝るんだな。」
しかしエイブラハムというこの支配人の男は最期まで謝らなかった。
イツァークは従業員全員にこの部屋に来るよう要求すると、その黒い石で一気にこの部屋を自分ごと、吹っ飛ばした。
こうして…この当時働いていた従業員…全員が、犠牲となったのである。
「俺たちはなすすべもありませんでした…帰る他無かったのです。どうにもなりませんでした…死人に口なしですよ…。あの副支配人の男も含め、話を聞ける人が一人も居ないんですから…。他のご遺族の方からは羨ましがられました…『うちは遺体すら見つかっていないのよ』って…言われました。」
「……。」
「ですが……ちょっと俺も、疑問に思っていることがありまして…」
「仰ってみてください」
「サラは、妻は確かに、あの時俺たちが丁重に弔って、眠っているはずです。なのに、その今、ゾハスでアンデットとなっているサラそっくりの少女…これは一体どういう事なんでしょうか…。」
アイザックは、切り出しかねた。かなり言いにくいことである…しかし…言わぬわけには行かなかった。
「ジョシュ殿。…大変、申し上げにくいんだが…」
アイザックは数分も沈黙した後、重い口をこじ開けた。
「弔われたその、サラ殿の遺骨を…見せてもらうことは出来ませんでしょうか…。」
こう来ると分かっていたのだろう。ジョシュの下唇がギリ、と噛まれた。
3日後。
義父、ヨハンの許可が下りた。
現在のイェールダー家の当主は彼である。ジョシュではない。
「…どうか…。頼みます。」
ヨハンがそのしわがれた手でアイザックの手を握り言ったのは、たった、この一言だけだった。
その小さな素焼きの壺に入れられた遺骨を受け取る。
アイザックは一礼すると、くるりとヨハンに背を向けた。
そこには、緊張の面持ちのアヤコ。そして…その後ろには、やせ細った丸眼鏡姿の男性が一人…こちらは群青色に銀の刺繍の入ったフードを身にまとっている。
イブライムからやってきた、魔法研の研究員…遺体鑑定人であった。
鑑定は、数時間ほどかかって終了した。
結果は、以下の通りである。
『この骨から推定される者の性別は、男性。身長6尺(180cm)。年齢、40代後半と思われる』
流石に燃やされた上10年も経過していたため魔力の残滓も無く、顔の復元は出来なかったが…充分な手がかりである。
「アイザックさん…!!」
綾子が思わず、アイザックを見た。その顔は青ざめている。
「…あぁ。やっぱりな…。」
アイザックは応えた。そして息を吸い込み…こう続けた。
「この骨は…サラじゃない。」




